セピア色少女

20040731 越前リョーマ

”永遠”なんて言葉、ずっと信じてなかった。いつかは壊れてしまうって、頭の隅で思ってた。でも、アンタが一緒にいてくれるようになってから心の中であぁ…永遠ってあるのかもって思った時があるのも本当だったんだよ。

「ばい、ばい」
白い肌に涙が伝っていた。明るく笑顔が似合うその顔は、今も笑ってはいるけれど、哀しげで。繋がれていた手は離れていって。独りぼっちになった手は、だらりと垂れ下がったまま動かない。ひゅう、と風が吹いた。彼女の髪が風になびいて踊るように舞う。彼女は顔にかかった髪の毛を払うように耳にかけた。その姿は、俺が知ってる彼女の中で一番儚げで。まるで、この世からさえも消えて言ってしまいそうな予感がする。

名前を呼ぶ。は一度苦しそうに微笑むと何も言わず首を振った。その仕草を見てぐっと拳を握る。今にも泣きそうな顔をしているに、何も言うことが出来なかった。がゆっくりと俺に背を向けて歩き出す。それでも何もいえなくて。気が付けば走り出してを抱きしめていた。そして乱暴に口付ける。最後だから、と言う気持ちを込めて。は何か言いたげな表情を浮かべたけれど、俺はあえて気づかぬ素振りをして、ぎゅっと目を瞑った。何も見ないフリをして。何も気づいていないフリをしたくて。…莫迦な事だってのは、解っていたけども…。

長い長いキスの後、俺はゆっくりと瞳を開けてを見やる。は長いまつげを伏せていた。……そうして俺はそっと唇を離す。名残惜しそうに唇が離れ、の伏せていたまぶたがゆっくりと、開く。

ごめんと呟いて抱きしめていたの体をぐいっと引き離した。そのとき掴んだの細い肩に乗った俺の手が微かに震えているのがわかる。は何も言わずに俺を見ていた。殴るとか叩くとかの怒ることなんてせず、その代わり、笑うこともしなかった。
初めてキスを交わしたときのことを不意に思い出した。
は怯えた様子で堅く目を閉じ、口が離れた後、顔を真っ赤にしながら、はにかんだ笑いを浮かべていた。あの笑顔が好きだった。その後に俺の名前を呼ぶが愛しくてたまらなかった。そんなに昔のことではないはずなのに、なんだか遠い日のようで。涙が出た。頬にそれが伝う。
「リョーマ君」
の戸惑ったような声が耳に届く。名前を呼ばれることが嬉しかったはずなのに、今は辛い。
「早く、行けば?」
最後の強がり。ちっぽけなプライド。頼むからもう俺の名前を呼ばずに俺の前から姿を消して。今ここで「行くな」って……「好きだ」って言えたならどれほど楽になれるだろう。もう一度その髪に、頬に、唇に、触れることが出来たならどれほど嬉しいだろう。だけどそれはもう無理。きっとは困ったように苦笑いを浮かべて、首を振るってわかってるから。
「でも…リョーマ君」
「早く行けよ……!」
乱暴に声をあげた俺を大きな瞳が捉える。きっと、泣いてしまった俺に戸惑っているんだろう。そんなの優しさが辛かった。苦しかった。俺は、頼むから……、と掠れた声で呟いた。は躊躇いながら俺を見つめて、そうして何か決心したように背を向ける。
「もし、次に振り返ったら、嫌だって言っても、絶対別れないから」
最後の我侭。これ以上泣き顔を見られるのも、の辛そうな表情を見るのも嫌だった。俺が好きだったのは今でも好きなのは優しく包んでくれるような笑顔だったから。の足音が遠くなってゆく。俺は俯いていた顔を上げて、の後姿を見つめた。

「好きだよ……今も、まだ……」
呟かれた言葉が妙に空しい。は二度と振り返ることはなかった。最後に交わしたキスは、温かく優しかったけれど、どこか冷たかく、涙の味がした。

10/31のやさしさ

20041031 海堂薫

Trick or Treat!
お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!悪戯されるか、お菓子をくれるか?さあ、あなたはどっちがお望み?

「Trick or Treat!」
「あ?」
「へへっ、今日はハロウィンなんだよ!」
そう言って、は悪戯っぽく笑うと、人差し指を立てた。言われた本人、海堂は眉をひそめて怪訝そうにを見つめる。
「だから、どうしたんだよ?」
「もうっ、わかってないな〜、薫君は!知らないの?ハロウィンの話!Trick or Treat……お菓子くれなきゃ悪戯するぞ。だから、お菓子くれるか悪戯受けるか……」
「くだらねえ」
「ちょ、ちょっと待ってよーー!」
嬉しそうに喋るの言葉を、途中まで聞くと、海堂は呆れたように息を吐いた。それから、さっと歩き出す。はそれに気づくと、待って待って、と海堂を追いかける。
「ちょっと、薫君〜!」
「うっせ、ついてくんじゃねー」
「だ、だって私まだ薫君からお菓子もらってないし、悪戯もしてない!」
フシュ〜と威嚇してみせる。しかし、そんなのには全く動じないのが、このという少女だ。ケロンとした顔で海堂の言葉を返すと、必死に追いかける。だが、歩幅が違うため、どんどん距離が広がってゆく。はうぅ……と息を切らせながら、パタパタとせわしなく動いた。
「俺が菓子持ってるとでも思ったのか?」
「……じゃあ、悪戯させてっ?」
気の毒に思ったのか、海堂は眉をひそめたまま、立ち止まった。そして、遠く離れてしまったが来るのを待つ。ちょっとして、が海堂の前に姿をあらわした。はあはあと軽く息を弾ませている。海堂はもう一度ため息をつくと、そう問うた。は海堂の発言にうぅん、と形のいい眉を中央に寄せる。それから暫く考えて、上目遣いで見た。
「あ、阿呆か……!」
「な、何でアホなの〜?!」
の言動に思わず海堂は顔を赤くさせた。それを悟られぬように、顔を横に向けて、口を手で覆う。するとは海堂の言葉にショックを受けたらしく、目を大きくさせて、海堂の制服の裾をぐいぐい引っ張った。どうやら海堂の赤い顔は見つからなかったようだ。海堂は裾を引っ張っている手を振り払うことが出来ずに、引っ張られ放題だった。
「ねえ、薫君〜?」
「あー、もう、うるせえ!」
そして、ひときわ大きな声を出した。すると、はびくっと体を震わせて、海堂を見やる。驚きに満ちたその瞳がゆらゆらと動くのを、海堂は横目で一瞥すると、またふいっと顔を背けた瞬間引っ張られていた裾が開放される。突っ張った感がなくなった海堂はふと、のほうを見やった。
「お、おい」
「……ご、ごめん……そんな怒るなんて思ってなかった……」
海堂にとっては、照れ隠しのつもりだった。しかし、そんなことにわかるわけもない。純粋にショックを受けてしまった。今や、元気を無くして、しゅんと落ち込む。犬であったならば、きっと耳は後ろにいって、尻尾なんかだらりと垂れ下がっていることだろう。海堂はまさかこのまま泣くんじゃあ……と、よからぬことを考えて、冷や汗を流す。そして、そんな考えを拭い去るように、ブンブンと顔を横に振った。
……」
そうして、俯いたままのに声を掛ける。少しだけびくりと肩が動いたが、は俯いたままだった。海堂は困ったと、頭を掻いたあと、乱暴にポケットに手を突っ込んだ。それからごそごそとポケットを漁る。
「ほらよ」
「えっ?」
それから、ポケットのものを取り出すと、俯いているの頭の上に乗せた。は驚いて、顔を上げようとする。しかし、上げてはその頭に乗せられているものが落ちてしまう。はそのままの体制で海堂に声をかけた。
「あ、あの……薫君?何?」
「さあな」
「さ、さあなって……あの」
は海堂の言葉に至極困ったような声を上げた。それから言葉を続ける。
「何、したの?」
しかし、返答はなかった。はおかしいと思い、頭に乗っているものを右手で取ると、顔を上げた。すると、そこには今しがたまでいた海堂の姿がない。
「す、素早い……」
こんなことで感心していても仕方がないのだが、は思わず感嘆の声を漏らすと、右手の方に目を向けた。そして手を開いて手のひらにちょこんと握られているそれを確認する。
「きゃ、キャンディ?」
キャンディだった。黄色い包みのキャンディ。はそれをまじまじと見る。それからふっと笑い始めた。
「薫君がこんなの買ってる姿、想像できない」
きっと今ここに海堂がいたらうっせえ!と怒鳴られるだろう。はそんなことを思いながら、キャンディの包みをはがした。包みと同じ色の飴玉が出てくる。それを口の中に放り込んだ。レモン味だった。はちょっとすっぱいそれをコロコロと口の中で転がしながら、もう一度笑みを漏らした。
「悪戯できなくってちょっと残念だけど、でも、嬉しいからいいや」

もっと…

20050929 宍戸亮

相手に伝える愛の言葉。
まずは好き。それよりも上は大好き。そしてそのまた上は愛してる。でも、それ以上好きな場合はどう言えば良い?すっごい好き。大大大好き。めっちゃくっちゃ好き。本気で愛してる。なんだかどれも、安っぽい。

今日は好きな人の誕生日だ。私はいつもの如くその人の帰りを校門前で待つ。柱に寄りかかって、ふうとため息をついた。学校の外にかけてある大きな時計をちら、と見て時刻を確認すれば、そろそろ彼の部活の終わる時間。この時間が一番好きだ。そろそろ彼が来る。そう思うと心が弾む。そうして部活終了後誰よりもいち早く着替えてそれで私の元に足早にやってきて「わりぃ、待ったか?」私の顔色を伺うように、そう一言。その瞬間が凄く好き。彼のことが大好きだって実感できるから。私は彼のそのときの様子を思い浮かべて、うっすらと笑った。彼とこうして帰るようになって3ヶ月。それまで色々なことがあった。片思い暦は2年弱。片思い中、色々な面を知ったと思う。今どき珍しい硬派だと、女子から噂されていたこと。跡部くんや忍足くん向日くんそしてダブルスパートナーの長太郎くんのように決して騒がれる対象ではないけど。でもその所為か彼のことを本気で好きだと思いを寄せている女子が多いのが実際あったりする。私も実際その中の一人だった故、そういう情報は嫌でも入ってきては落ち込んだりもした。でも落ち込んでばかりはいられない。そう思い始め勇気を出して、告白しようか悶々と考え込んでいたら、反対に彼に呼び出されて告白された。まさか。とあのときは呆気にとられてしまったことを思い出す。
それから実際彼と付き合うようになってわかったのは彼が凄く、純粋だってこと。時々きついような口調になるときがあった。それにショックを受けて、泣きそうになったときも少ながらずあった。でも、そんなときは殆どが照れてるときだって、最近になってわかった。多分、付き合ってなかったら、知れなかったこと。呼び方も初めは苗字だった呼び方から名前へと変わっていった。それは私の我侭からだったけど…。
「…名前で、呼んでほしい、かなー…って、思うときは、あり、ます」
今思えば、凄く困らせたかもしれない。さんざん渋ってた彼の顔が今でも思い出される。でも、最終的にはしょうがないってため息吐きながらもって、呼んでくれた。そんな些細な優しさが、嬉しかった。好きだなーって思うんだ、彼のこと。いつもいつも何気ない優しさをくれて、何気ない温かさ・心地よさを与えてくれる。安心できる私が私でいられるようなそんな居場所を作ってくれる。だからこそ今日誕生日という彼が生まれてきてくれたこの日に想いを伝えたい。そう決心した。実は告白されたことが驚きで自分の気持ちを未だ彼に伝えていなかったりする。だからこの日に…と。彼の誕生日と言う大切な日なら勇気が出せそうな気がした。でもそんなときに思ったのは、どういえばいいのか。勿論「好き!」って言えばいい問題なのかもしれない。だけどそれじゃあ私が物足りない。満足できない。
好き。確かに彼のことは好き。大好きだし、これからも一緒にいたいし、居てほしいと願ってる。だけどそれは、"好き"や"大好き"の言葉じゃ括れない。もっと。それこそもっと、もっともっと大きな感情。じゃあ"愛してる"?それもなんか違う。確かに愛ではあるけれど、それよりももっと大きい。そうやって考えると、なんていえばいいのか当日になった今日でも悩んでいた。また、壁にかかっている時計に目をやる。あと数分もすれば彼が走ってくるだろう。心焦っていた。気持ちの整理はつけたはずなのにやっぱり緊張してしまう。未だに決まらない告白台詞。伝えたいことが山ほどありすぎて頭の中がハチャメチャになってきた。
「はあ、緊張してきた」
息を吸って吐いてを幾度か繰り返して、私は瞳を閉じた。3ヶ月。短い期間といえば短い。でもその短い間に色んなことを知った。もっともっと彼のことを好きになったし幸せだってすごく感じた。彼のテニスをするときの真剣な眼差し。でも私を見るときの彼はどこか優しい。
例えば一緒に帰っているとき、必ず自分が道路側を歩いてくれるところとか。例えば彼の姿を見つけて声をかけると今まで早かった足の速度が私に合わせて遅くなるところとか。例えば辛いとき何も言わず傍に居てくれて何も言わずに頭を撫でてくれたりとか。本当に、そんな些細な。気づきにくいような優しさをくれる。そんな優しさに触れると自分が大事にされてるんだって、気づく。
「しょうがねえな」
例えば、何か失敗したとき。凄く落ち込んで。泣いてしまいそうになったとき、呆れ口調で言われた台詞。それと同時に振ってきたのは白いタオル。それは頭・顔をすっぽり覆って、見られないように泣かせてくれた。そんな沢山の優しさを貰ってるのに大好きって言葉じゃ全然足りない。天秤になんかかけられない。だからちゃんともっとそれ相応の言葉を伝えたいと思った。上手く言葉に出来ないのがもどかしい。彼はこんなにも私に与えてくれるのに私はそれの半分も返せていない。……それが酷く胸を締め付ける。
「どうすればいいんだろう」
鞄の中には、今日の日のために買ったプレゼント。水色の、シンプルな包みに入ったリストバンドとTシャツ。ありきたりかなとも思ったけどテニスのときにつけてくれると嬉しい。そういう思いから買ってしまったそれ。どういう風に渡そう?どうすればいい?緊張しすぎて心臓が破裂しそうだ。呼吸の仕方さえも忘れてしまいそうになって。
!」
声が聞こえた。横を見なくても、それはわかる。ああ彼だ。そう思うと胸が熱くなる。緊張して手が強張る。それでも一生懸命横を向いて、ああ、やっぱり。って彼の姿を確認した。笑って手を振ると彼が私の前にやってきた。
「わりぃ、待ったか?」
そうして発せられるのはお決まりの台詞。思わず笑みがこぼれる。だから私はいつもと同じように首を振って、ううん、と返す。そうすれば彼は後ろ頭を掻いて、
「じゃあ、帰るか」
少し照れた風に私より先に歩き出す。それでもゆったりとした歩調だからすぐに追いつける。でも、今日はそれをしなかった。数歩歩いたところで、彼が私のほうを振り向いた。なかなか来ない私に気づいたらしい。どうした?なんて声がかかる。それでも私は足が踏み出せない。
伝えたい言葉がある。伝えたい想いがある。知ってほしい気持ちがある。沢山の好きを。沢山の有難うを。沢山の幸せを。沢山の沢山の。
「…?」
「あの、ね…聞いて、ほしいことがあるの!」
胸が張り裂けそうなほど、早くなってるのがわかる。緊張が最高にまで達して、冷静でなんかいられない。それでも、伝えたい。今。まだ、何を言えばいいのか上手く整理できてないけれど。それでも、聞いてほしいから。
「あのね、私…、亮くんのこと…!」
だから、少しでも届いてほしい。誕生日おめでとう。そして……