そして今日も私はあなたに恋をする
20050120 手塚国光
どうか、どうか、私を見てください。
その瞳に私を映してください。
「まーた今日も見てるの?」
呆れた声が、私の耳に届いた。私はそれに目をそこから逸らすことなく素っ気無く答える。そうすれば声の本人が大きくため息をついた。多分、私に聞こえるようにワザとだと、思う。それから、良く飽きないねー、と続ける。私はそれに返事を返すことなく、窓の外を、頬杖をついて見ていた。
「?」
ガタン、と音が聞こえる。多分、声の主が前の席に座ったんだろう。名前を呼ばれたけれど、私はそっちに目を映すことなくずっと外を見ていた。また、友人の息を吐く音が聞こえる。
「ってば」
また呼ばれた。私は今度は無視せずまた素っ気無く「何?」と尋ねる。勿論外を見たまま。そうすれば次に鈍い音と私の頭に小さな痛みが走った。
「いたっ」
思わず頭を押さえて窓から目を離した。小さな痛みだと思っていたけど、だんだんとそれは痛みを増して、友人を見れば何だか得意そうな顔。ふんっと息を荒くして、持っていた教科書を机に置いた。多分、かなり痛いから、教科書の角っこで叩かれたと思われる。
「痛いよ」
「人と話をするときは、相手の目を見ろって教わったでしょ?」
ニッコリ。と。それはそれは綺麗な笑顔で。さも自分が正しいと言うように(まあ、正しいんだけどさ)それから彼女は窓の外を見る。私も、また見た。
「本当に飽きないねえ」
「……煩い」
聞こえるのは、彼女の呆れた声。私はそれにまた素っ気無く返すと、外を見続ける。顔が緩んでる、って指摘を受けたけど、それは無視した。
「、また殴るよ?」
「それは勘弁願おう」
無視をされたのがむかついたのか、机からまた教科書を取った。私はそれを横目で一瞥して、返事を返す。すると、机にまた教科書を置く音が聞こえた。
「告白すれば良いのに」
ポツリと彼女が呟いた。私は彼女を怪訝そうに見る。信じられないって思った。呟きに反応が返ってくるなんて思ってなかったのか友人はあらと言葉を漏らして笑う。私はため息をついた。
「しない」
「どうして?」
「フラれるってわかってるのに、出来るほど、私は強くないから」
誰がどう見たって、フラれるってわかってるから。彼は、高嶺の花だから。表面はクールで、豪快に笑わない。テニス部の部長や生徒会長なんかを務める責任感の強い人。頭も良くてかなりの好成績で。何をやっても、一際目を引くその容姿。声変わりをした低い声は、聞くものが必ず黙ってしまう。反対に私は、何処にでも居る、一般女子。容姿も本当に普通の十人並み。成績も平均並で、不得意教科にいたっては、普通に口外できない成績だったりする。部活には所属してないから帰宅部で、ただ、一日一日を目標なしに過ごしてたりする。そんな私と彼は全く不釣合い。
前に何度か聞いたことがあった。告白した女の子の話。どんなに可愛い子でも。どんなに優秀な子でも。どんなに運動が出来る子でも。どんなに性格が良いって誉められてる子でも。彼は絶対イエスと言わない。首を縦に振ってはくれない。それは1年のときから変わらない。だから、わかってる。自分なんかが告白したって結果はその子達と同じ。それなら、この想いは伝えない。閉まっておく、自分の胸に。
「フラれるって、決め付けるの良くないよ」
「いいよ、そんなフォロー」
彼女の言葉は嬉しい反面残酷だと思った。それで、告白してフラれたらかなりキツイ。決め付けるのは良くないって言うけれど、今までのことがある限り、そう思ってしまうのは仕方ないと思った。私はまたため息を吐いて、窓を見つめる。彼は試合をすることなく、ただコート脇に立っている。試合を見ているその横顔は、とても端麗で。試合を見つめるその瞳はとても厳しく。でも、とても強い眼差しで。思わず釘付けになる。その瞳が私に向けられることはないんだと思うと、哀しくなるけれど。
「でもさ、こうやって見てるだけって」
「いいの、私はそれで。満足なんだから」
嘘。
本当は全然満足なんてしてない。本当はあの瞳に私を映して欲しいと思う。本当はあの声で私の名前を呼んで欲しいと思う。でも、そんなの不可能で。決してあの人の目に私が止まることはない。決してあの人の口から私の名前が紡がれることはない。だから、こうして嘘をつく。満足してるって、自分に言い聞かせるたび、気持ちが幾分か楽になる。溢れ出そうな想いにフタをすることが出来る。
「私は、見てるだけで、いいの」
そうすれば、傷つくこともないから。遠目で見てるだけで、十分。そう今日も自分に言い聞かせながら。私はここから彼を見る。決して気づかれることのないように。決して溢れることのないように。今日も私は嘘をつく。でも、願わくば、偶然でもいいから、私をあなたのその切れ長の瞳に映して欲しい。そう思うのは、罪だけれど。
それだけ、あなたのことが、好きです。
心の中で呟いて、私は自嘲気味に微笑んだ。
Let it rain
20050218 不二裕太
それでもあたしは。
ずっとずっと貴方が好きです。
「俺のこと好きだけど。でもごめん。俺テニスの方が」
「別れようってこと?」
言いにくそうにするのであたしはズバリと聞く。彼は驚いたように目を見開くのだ。そしてまた言いにくそうにあたしから目を逸らしてああと肯定する。呼び出されて、なんとなく予感はしてた。でも絶対当たって欲しくはなくて屋上に続く階段を一歩一歩踏みしめながらそうじゃないって思い込もうとしてた。でもやっぱりあたしの直感のほうが当たってて今目の前に居る彼氏である、否彼氏だったと言ったほうが正しいか。いやまだ別れてないから彼氏か。まあどっちでもいい。結局は別れてしまうんだから。――その彼氏である不二裕太は、あたしから目を逸らしたまま、地面を見ていた。
あたしは空を見上げる。いつも真っ白な雲が浮かぶ、真っ青な空は、今は曇っていて、今にも降りだしそうだった。雲行きが怪しいところはなんだかあたしと裕太の今後の関係についてみたいで、なんか嫌だった。
「テニスに、集中したいんだ?」
いつまで経っても黙り込んでいる裕太に、あたしは彼の代弁でもするかのように聞いた。少しだけ、裕太の体が強張る。その仕草に自分の問いかけについてイエスだと、答えを貰ったみたいだった。あたしはそっかと自己完結させて呟く。テニスをするだけなら、今までどおり付き合ったままでも出来るじゃないか。それなのにわざわざ別れたいと言うことは、自分はテニスをする上で"邪魔な存在"だということ。彼の目標とする兄"不二周助"
にいつまで経っても追いつけなくなるということ。あたしはどれだけ裕太が不二先輩のことを目標にしているのか。不二先輩に勝てる日が来るために毎日、頑張ってテニスをしているのか。良く解かってるつもり。だからここで反発しちゃいけないんだと思う。
「解かった。じゃあさよなら、だね」
だから本当は本当は嫌だけど絶対に絶対に別れたくないけど、でも重荷になりたくない。あたしがそういうと裕太が地面から視線をはずしてあたしを見た。それから、小さく口を開く。
「……、文句一つも言わねぇのな」
そう言って、また地面に目を落とす。文句、言っても無駄でしょう?言いたくなって、ぐっと我慢する。どうせ、ここで喚いたって、すがりついたって、裕太はあたしと別れることをやめない。ここで、別れないでって、言ったって、きっと裕太は首を縦に振ってはくれない。解かるもん。もう決意が固まってるってこと。この目を見たら、真っ直ぐすぎて、全く揺るぎの無いものだって。伝わってくるもん。天才と呼ばれる"不二周助"に勝ちたいって、追いつきたい。そして最後には兄である、"不二周助"を追い越したいって気持ち。大きな目標で、そして彼の最大の夢。それなのに、あたしなんかがその夢を潰すわけにはいかないから。誰も、裕太の夢を踏みにじることは許されないから。
「文句なんてないもん。裕太がテニス上手くなったらあたし嬉しいよ?」
それは本当のこと。とても嬉しい。本当に、泣きたくなるくらい。すごく、すごく、すごく。だから、その為の別れなら苦にならない。
「頑張って、テニスもっともっとうまくなるんだぞ。もし、」
一端区切って、ぎゅっと口を真一文字に結う。涙が出そうになったけれど、口をぎゅっと強く閉じたら、少しだけ、少しだけだけど治まったような気がした。そして、あたしは再度言葉を続ける。
「"もし"の話だけど。もしも、あたしと別れても一向にうまくならなかったら。そのときは、めいっぱい文句を言ってやる。だから、そのときは覚悟しといてよ?」
そして、絶対ないと思うけど、もしもあたしと別れたあと、弱くなっちゃったら、めいっぱい泣き叫んでやる。あたしと付き合ってても良かったじゃん!馬鹿!って言ってやる。あたしはそう心の中で呟いて、裕太を見る。でも、良く見えなかった。視界がぐらついた。涙で滲んでいる。それに気づいて、あたしは慌てて下を向く。泣きたくはなかった。弱いところなんて。見せたくなかった。……絶対に。何が何でも見られたくなかった。裕太にだけは。憎み合って別れるわけじゃない。嫌いで別れるんじゃないんだ。裕太はあたしを好きだって言ってくれた。……それだけで十分。ぎゅっとスカートを握って。そう思い込む。
「……こえーな。そんな日くんの。でも、ぜってー俺、強くなるから。そんで、兄貴を絶対倒すから」
ぎゅっと抱きしめられて、驚く間も与えないまま、裕太が喋りだす。少し高い、その声からは。凄い気迫が伝わってくる。この声が、好きだった。このあたしを抱きしめてくれる腕が好きだった。暖かな胸が好きだった。そして、聞こえてくる裕太の心臓の音が好きだった。暖かなこの体温が、裕太のぬくもりが、愛おしいくらい、好きだった。でも、一番好きだったのは、見上げたときに見える彼の照れた顔。火照った顔で、不器用な笑顔を浮かべてくれる彼がどうしようもないくらいに大好きだった。
ううん、今でも大好きだ。まだ過去形なんかにしたくない。これは紛れもなく、思い出なんかじゃないんだ。でもそれも今日で最後なんだなーって思う。そう考えると、せっかくこらえてたのに、また涙が出そうになる。それでもあたしは泣かなかった。
「そしたら、そんとき、まだが俺のこと好きだって、言ってくれるんだったら……」
「……裕、太……?」
そこまで言って、裕太があたしの身体を離した。一気にあたしを温めてくれた体温はなくなり。聞こえていた少し早めの心臓の音が、あたしから離れる。少し、名残惜しい。ううん、すっごく、名残惜しい。
「……じゃあな。俺、と付き合えて良かったよ」
そう言って、裕太は足早に去っていった。最後の最後に不意打ちみたいに言うものだから。言いたい言葉全部、言えなくてあたしは声をかける暇もなかった。あたしが我に返ったのは、ドアが閉まる音。裕太が出て行ったんだと、このときようやく気づいた。結局最後の言葉は聞けなかったな。あたしはふっと自嘲気味に笑う。次の瞬間ポタリ、とあたしの鼻に冷たい雫が落ちた。
「雨だ……」
上を見上げる。すると、さっきよりも空は暗くなっている事に気づいた。ポタポタと、ゆっくりと降ってきたそれを、両手を出して受け止める。指と指の間を滑って、雨が落ちる。そして、じわりとあたしの目から、雨とは違う雫が落ちた。
「良かった、裕太がいなくなってからで」
ふふっとまた笑って。流れる雫を拭うこともしないで。……かといって、そこから一歩も動くことなく。ただ、ひたすらあたしは雨に打たれていた。だんだんと雨足は早くなっていく。
雨よ降れ。たくさん、たくさん。そして、この地面を濡らして。あたしの身体全部をを濡らして。そしたら、きっと、この涙もきっと誤魔化すことができるから。そして、このどうしようもないほどの想いを雨と一緒に地面へと洗い流して。消して、もう二度と漏れることの無いように。―だから、どうか止むことがないくらいに。
………雨よ、降れ。
†† すき、だいすき、あいしてるっ ††
20050707 跡部景吾
これから何年経ったって。わたしがおばあちゃんになったって。こんなにドキドキするのは。こんなにワクワクするのは。きっとあなたにだけ
「おい……何、ニヤけた顔してんだ?」
目の前のカレの言葉に、わたしは目をパチクリさせた。
「ほえ?にや、けてた?!」
「自覚無かったのかよ」
恥ずかしさが湧き上がる。今更遅いと解かっているけど、手を頬にやって顔を覆い隠そうと試みた。そして聞こえるのはカレの呆れた溜息と口調。跡部景吾。わたしの最愛の恋人である。(そういうとカレはばっかじゃねえの、って怒るけど。)わたしはまたじっと景吾の顔を見つめた。今度は自分でもわかるほど、ニヤけ顔だ。直そうと頬の筋肉をフルに使ってみるものの、それは虚しくも無駄に終わった。
「…だって、幸せなんだもん」
「ああ?」
観念したように、わたしは抗議した。そうすれば、また呆れたような、人を子馬鹿にしたような景吾の声。ちょっとガラ悪く聞こえる低いその声すらも、幸せだって思ってしまえる。そんな自分はきっと本当のバカ。景吾バカってところだろう。でも、そう言われるの、実は嫌いじゃなくなってきてる。
「だって、景吾いつも忙しいでしょう?」
「当たり前なこと言うな」
バカにしたような仕種、言動。俺様度数を増やす発言。でも、知ってるんだよ。景吾がただの俺様じゃないってことくらい。決して弱さを見せないけど、本当は誰よりも傷つきやすくて、デリケートなんだってことくらい。何でもソツなくこなしてるように見えるけど、影では凄い努力をして、この地位を築いてるってことくらい、ちゃんとわたしにもわかってるんだよ?みんなもわかっているから、景吾についていくんだと思う。
「ウン、だからね、嬉しいの。たまの休みに、わたしに会ってくれることが」
無理してるんじゃないか、っていつも心配してるよ。だけど、そんなこと言ったところで、景吾は訊きはしないから。自分のやるべきことを見つけたら最後までそれを全うする人だから。だから、景吾のこと、すきなんだ。
「ああん?」
「いつも、ありがとう。だいすき、景吾」
改めての告白はやっぱりちょっと照れた。付き合い始めたのは、わたしから。ありきたりだったと思う。体育館裏に呼び出して「好きですっ!」って。その後極当たり前に言われた「良いぜ」って景吾の言葉にポカーンとした。かなり間抜け面だった。それから数日間は全然実感沸かなくって。本当に付き合ってるのかも謎だった。クラスの殆どにバレたときも別に変わった様子もなく景吾への告白は減ることも無く。だから付き合ってるっていうのは実はガセなんじゃないかって、陰で言われてたくらい。それでもわたしは気にしなかった。そりゃあみんなに認めてもらえたら嬉しいけれど別に良かった。景吾にだけ認めてもらえていたなら。それだけで幸せだった。それは今も。
「だから、ニヤけんなって」
また、無意識にニヤけてたらしい。ゴツっと景吾の大きな拳が軽くわたしのおでこを叩く。ぐらっと頭が後ろに移動して痛っ!って不意に漏れた。それから景吾を見ればやっぱり呆れ顔。
「だって、仕方ないじゃん」
仕方ない。だって、景吾のことを考えると笑顔がこぼれる。頬の筋肉が緩むのは仕方が無いこと。でもね、
「景吾のことだけだよ?」
こうやって笑っちゃうのは。
「それだけ幸せだってことだから」
これから何年経ったって。わたしがおばあちゃんになったって。きっとあなただけ。こうやってニヤけちゃうのは、景吾にだけ。だって、わたしの"笑顔"はあなただけのものだから―――――。
大好きだよ、いつまでも。覚悟しといてね、景吾。
※元フリー夢小説です。現在はフリーではありません。