橘桔平

「わあ……積もったね〜」
そう言って真っ白い雪の真ん中まで走っていく彼女を見ていると、本当に少女のようだと思う。だから思わず笑みがもれるのかもしれない。杏とは違う、存在。
「おい、走るとこけるぞ」
そんな心配を言えば一度彼女は俺の方を向いて、心配無用と舌を出した。俺はため息をつく。それから彼女の後を追いかけた。
「つめた〜っ!」
嬉しそうに雪を持って、嬉しそうに笑う。そんな光景が微笑ましい。俺は自分がしていた手袋をはずすと彼女に向けた。すると彼女はきょとんと手袋を見る。
「手が冷えるだろ」
「あ、ありがとうございますっ」
俺が言ってやると、納得したように礼を述べて手袋を手にした。それを手にはめて、ブカブカですねーと笑う。それから、別の方向を見て、あっ!と大声を上げた。そしてそっちに向けて走る。
「見て!橘さん!雪ウサギですよ!」
そう言って、それを指差す。俺は彼女の後ろから覗き込むように見た。確かに雪ウサギだった。きっと近所の子が作ったんだろう。そんなことを思っていると、彼女の顔が変化していく。嬉しそうな顔から、何か考えるような表情。
「どうした?」
そう問えば、彼女はまた笑顔を作った。それからズバっと言い放つ。
「コンビニに行きましょう!」
「は?」
何故、急にコンビニなんだ?思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。そうすれば彼女は得意げな顔をする。
「だって、雪ウサギ見てたら、肉まん食べたくなっちゃったんですもん!」
へへへと笑ってレッツゴーって言いながら俺の手を握る。
花より団子。
色気より食い気。
やっぱり彼女は少女だな。と思った。

幸村精市

「やっほー」
「あ、来てくれたんだ」
自室のドアが、カチャリと開いた。それと同時に、ドアの外から彼女が顔をひょっこりと覗かせる。俺は一言声をかけると、彼女は安心したように微笑んで。ドアをもう少し開けて、中に入ってくる。それからきちんと閉めた。
「風邪、大丈夫?」
「うん、全然大丈夫だよ」
不安そうに、彼女は俺を見る。だから俺はベッドに横たわっていた体を起こした。それから笑って見せる。
「無理しないでね?あ、横になってて!」
「大丈夫だから」
心配してくれるのは凄く嬉しい。だけどそれと同様に心配になってるってこと、気づいてるのかな?だって、俺は今風邪をこじらせて、ベッドで休んでいるわけだから。そんなところに来られると、嬉しい反面、不安になる。彼女のことが、大事だからうつしたくない。
「来なくてよかったのに」
「だって、幸君の声聞いてたら辛そうで、心配だったんだもん!」
ぷうって、子どものように、頬を大きく膨らませて。床に正座する彼女が、何とも愛しく思える。俺は嬉しいけどね?と言葉を続けた。
「俺だって、うつしたくないんだ」
「大丈夫!私風邪引かないから!それに、ね?」
そう言って、立ち上がって、俺のベッドの横で床に膝をついて。俺の手を握る。彼女の手は冷たかった。こんな真冬の中、来てくれたんだと、実感する。
「私、うつされて辛い思いするよりも、幸君が苦しんでるのに、傍にいられないほうが、もっと辛い」
そうして、辛そうに眉尻を下げて。俺の手を更に強く握る。
「……早く、元気になってね?」
そう言って、彼女はふわりと微笑む。俺はコクンと頷くと、彼女と同じように微笑み返した。外は雪がちらほらと降っていた。

仁王雅治

「ハル君ー!」
こっちこっちと、俺を呼ぶ彼女。いつもはこう寒いと外に出ようとせんくせに。今日はいつもよりも寒いっちゅーのに、彼女は嬉しそうに外に飛び出した。
「そう慌てなさんな」
来い来いと手招きをしている彼女にそう一言言えば。彼女はだってー!と声を大きくする。そんで空を見上げた。ポツポツと落ちてくるのは、雨ではない。雪。
「だって、こんなに雪が降ってるんだよっ!」
そうすれば、彼女は嬉しそうに両手を広げた。一面、真っ白な雪。雪景色とはまさにこのことだ、と俺は頭の片隅で思う。俺ははいはい、と彼女を落ち着かせるように同意しながら、ゆっくりとまっさらな雪の上を歩いた。
「あ、ハル君も新しい雪好きだね?」
「?」
「だって、ハル君さっきから、誰も踏んでない新雪ばっかり踏んでる!」
そう言われて、俺は足元を見た。別に気にしてなかったんじゃが。しかしそれを今彼女に言うのは可哀想かと思い飲み込む。すると私もね、好きなんだ、と言いながら彼女は嬉しそうに白い雪を掬った。鼻のてっぺんを真っ赤にさせながら、嬉しそうにはにかむ彼女に更に近づく。
「……ハル君?」
「冷たいのう」
彼女の頬に手を添えると、氷を触ったような感覚がした。俺は自分のしていたマフラーを首からはずす。それを彼女の首に巻いてやった。
「い、いいよ!ハル君寒いもん!」
「俺は大丈夫じゃ。俺はお前のほうが心配」
大体、何でこんなに寒いのに、マフラーも何もかんも持ってこんのか。いつもの重装備はどうなったんじゃ?と疑問に思う。すると、彼女はぶつぶつ文句を言いながらも、マフラーをはずすことなく見る。
「いいから、俺の言うとおりにしときんしゃい」
「……ハル君って、過保護だね」
そうして、悪戯っぽく笑った。俺はなんだか癪で。ふっと不敵に笑うと彼女の鼻にキスを落とした。
「っ!?」
「そうじゃ。でも、お前さん限定だけどな」
真っ赤に頬を染めて、マフラーで口を隠して、キザと呟く。そんな純真無垢な彼女を見て、まるで彼女はこの白雪のようだと思った。

忍足侑士

「あ、忍足さん!雪ですよ!」
「ほんまやなぁ…」
俺は彼女に言われて、初めて雪が降ってることを知った。彼女が嬉しそうに顔を緩めるんを見て、同じように上を見た。ゆっくりを落ちてくる雪が俺の鼻の先に落ちて、溶ける。
「寒いと思ったら……ふふっ」
「何が可笑しいん?」
はーって、息を吐いて。笑い出す。くすくすと俺の耳に届いた。俺は首を傾げて見せるとまだ顔を緩めたままで、俺の方を向く。
「だって、私達、あんまり会えないじゃないですかー」
「せやな」
彼女は、青学。俺は氷帝。そして、俺は氷帝テニス部レギュラーで、彼女は青学男テニマネージャー。必然的試合のとき逢うことはあるものの。こうやって一緒に帰ることは少ない。しかも、学年も違うもんやから、受験生をやってる俺はなかなか会えへんかった。今日は二人ともオフで会おうっちゅーことになったわけや。
「それで、なかなか雪降らないのに、降ってるんですよ?なんかロマンチックだなーって」
そう言うと、彼女はなんか嬉しくなっちゃったんです。とはにかむ。ちょっと頬が赤うなったんを、俺は気づいた。
「可愛いやっちゃな」
「か、可愛くないですよ!」
ほんまのことやのに、そう言うと必ず本気で否定する。そんなとこもかわええなーと言うたら、怒りますよ、てそっぽを向いた。その仕草一つ一つが好きやと思う。俺は後ろから彼女を抱き寄せる。耳が真っ赤に染まった。
「お、忍足さん!?」
「かわええよ、ほんまに」
そう言って、俺は真っ赤に染まった彼女の耳に囁いて、耳にちゅっと口づけた。
新雪のような白い肌が、どんどんと赤うなるんを見て、俺は思わず笑みがこぼれた。

菊丸英二

「んしょ、んっ、と」
さっきから彼女は大変そうに掛け声みたく声を出してそれを押していた。それって言うのは、雪のカタマリ。俺は彼女の行動を暫く黙ってみていた。けどそろそろ退屈になって声を掛ける。
「にゃにやってんの?」
「あっ、英二先輩」
問えば、彼女は振り返って、にこりと笑う。鼻のてっぺんを真っ赤にして、寒いだろうなって思う。それでも彼女は気にしてないみたいだった。それから、また雪のカタマリを転がす。
「今、雪だるまを作ろうかと思いまして」
そう言って、へへへ、とはにかみ笑いを浮かべちゃって。嬉しそうにその丸っこい雪のカタマリを見た。確かに、雪だるまと言われれば、見えなくもにゃい。まだ、頭と体がくっついてないだけで、くっつけば確かに、見えなくもない。
でも。
「……そっか。でもさ?こんな大きいの作っちゃって、大丈夫にゃの?」
「何がですか?」
そう言えばきょとんって顔して。大きな瞳が俺を映す。それだけのことにドキドキして。
「だって、こっちが多分頭なわけでしょ?」
「はい」
「こんな大きな頭、この胴体の上に持ち上げられる?」
そうするとようやく伝わったらしく、彼女はあ!と大きな声を出した。それから考えてなかった、と落ち込みだす。悪いこと言っちゃったかなーとも思ったけど、早めに分かってよかったとも思う。
「私、とりあえず大きな雪だるま作りたいって思ってまして……」
しゅんって落ち込む姿は、叱られた子どもみたいに見えた。それからまた雪だるま(頭)を見る。すると、彼女もそれを見て、
「しょうがないですね、ちょっと削って小さくします」
「わわっ!!ま、待って待って!!」
「はい?」
そう言って削ろうとするもんだから俺は慌ててストップをかけた。別に壊せなんて言って無いじゃん。俺は彼女の手をぎゅって握って、にかっと笑った。
「一緒に持ち上げればいいっしょ?」
そうしたら、彼女は嬉しそうに笑ってくれたんだ。