「バレンタイン過ぎちゃったねぇー」
コタツに入りみかんを頬張りながら腑抜けたようにあたしは言った。そうすれば向かいで読書をしていた精市の手が止まって、下を向いていた顔があたしの方を見る。
「そうだね」
それから、にこりと微笑むんだ。あたしはこの笑顔に惚れて、精市に告白をした。そして見事、現在”恋人”と言う名のお付き合いを開始するようになったんだけど。正直、騙された。って思ったんだよね。そりゃあ、精市は優しいと思うし、儚いイメージもあると思う。笑顔なんか本気で、そこらの女の子よりも綺麗だって思うけど。
でも、でも。
『チョコ、勿論くれるよね?』
にっこりと。精市は、今まで見せなかった表情を垣間見せた。一言でいうなれば、精市はアレだ。
”黒い”
勿論肌はスポーツをしてるのが信じられないほど、白くて綺麗だ。けども、腹の底は真っ黒だということを、あたしはあの日、気づかされた。チョコをあげる気がなかったわけじゃないけども、手作りは正直面倒だったし、下手くそが作るよりも市販を買ったほうが良いと思ってたから当然、買ったチョコを渡そうとしていたんだけど。
『勿論、手作りチョコ、だよね?市販なんて信じられないもんね。俺たち、付き合ってるんだしね』
にっこりと。笑顔で。そんな風に言われて、市販を買う馬鹿はいるだろうか?文面だけ見ればまあ、付き合ってるんだし、やっぱりつくろうかなって感じだけど。そんな、生易しいものじゃなかった。これは、経験したものしかわからない。いつも、ブン太君や桑原君がどうしてああも怯えた表情をするのか、疑問だった。でも、今ならわかる。精市は、怖い。
「ねえ、今、変なこと考えなかった?」
思考を巡らせていると、急に声をかけられた。勿論、目の前にいるのもこの部屋にいるのもあたしと精市だけなので、声の主はあたし以外の人物。つまりは精市となるわけで。はっと我に返って精市の顔を見ると、フフフ、と怪しい笑みを浮かべている精市の顔。
だから、怖いんだってば!
「め、滅相もありません」
世の中の女の子は騙されている。だとか、知らぬが仏。だとか色々思う点はあるけれど。
「そう、なら良いんだけどね」
ふわりと普通に笑う精市の姿を見ると、たとえ腹の中が真っ黒クロスケだったとしても。そうだったとしても、やっぱりあたしってば精市のことが好きだなと思ってしまうあたり、立派な腹黒依存症なのかもしれない。
「ねえ、壇君?」
「はい?」
私は今日、壇君のお部屋に入ったときから気になっていた疑問を、彼にぶつけることにした。名前を呼べば、きょとんとしたなんとも可愛らしい顔。そんな可愛い後輩に少々癒されつつ、気になっていた本題に入ることにした。
「アレ、何?」
いいながら指を指して目標物を示す。そうすれば壇君の顔は不思議顔から、慌て顔へと変化していった。そこから徐々に紅くなる頬。ダダダダーン!などという彼特有の口癖を言いながら、檀君は私からそれを隠すように目の前に立った。でも、そんなことしても、もう遅い。
「それって、私があげたチョコ…だよね?」
苦笑交じりに問いかけると、更に彼は顔を紅くした(どこの乙女だ!)それからしどろもどろに言葉を紡ぐが、結局答えに結びつかない言葉ばかり。私はまた、今度は檀君が答えやすいように言葉を選んで口に出した。
「食べて、ないの?」
どう見ても、あげたときのままの状態のチョコ。一回も封を開けていないとわかるそれ。そうすれば壇君は「はい…」と沈んだように声を出した。何でと聞けば、眉を中心に寄せる。そんな姿は子どもっぽくて可愛らしい。
「だって…先輩がくれた、チョコ…だから。食べるのが、勿体無かった、です」
ポツリポツリと呟かれる答えに、思わず呆けてしまった。なんとも可愛らしい答えに、笑うどころか固まることしか出来ない。
「だ、だからって。チョコは生ものなんだから。勿体無くても食べて?」
優しく、出来るだけ優しく言えば、檀君はうっと言葉に詰まったようだ。背中にやったチョコレートを一瞥してから、また私を見る。それから、「でも」と言う否定形の言葉。これじゃあ埒が明かない。そう判断した私は、小さく息を吐いた。
「また来年あげるから。ね?」
一歩壇君に近づいて、ふっと笑う。それから自分よりも数センチも小さい彼の頭を撫でた。そうすれば壇君は顔をあげて。
「また、来年もくれるですか?」
嬉しそうに笑うものだから、私もつられて笑って肯いた。わーいと小さな声をあげる檀君をまた一度撫でる。
「来年は、本命チョコもらえるように男らしくなるです!」
突然の宣言に、今度は私の顔が紅くなる番
「ねえ、リョーマ君」
「ん」
私は、テレビゲームに夢中のリョーマ君に声をかけた。そしたら、やっぱり。ゲーム中の所為か、いつもよりも素っ気無い一言。まあ、返事を返してくれただけマシなほうだから、気にせずに話を進めることにした。
「素朴な疑問、良いでしょうか?」
言えば、暫しの間。でもそれも数秒のことで、ちょっとするとはあ、とリョーマ君はため息を漏らした。
「ダメ、って言ってもするんでしょ?」
だったら聞かないでくれ。と、画面から決して顔を背けることなく、返された。さすがリョーマ君。付き合いも長いからか私の考えはお見通しのようだった。それも、そっかあ。なんて馬鹿みたいに納得して、また、話を進める。ピコ、ピコンと言うゲームの音を遮るように少し大きめな声で質問をした。
「チョコレート、見当たらないけど、何で?」
聞けば、リョーマ君は即答で「貰ってないから」と答えた。
「え、なんで!?朋ちゃんとか、くれなかったの!?」
私は友達であるリョーマ様ファンクラブ会長の朋ちゃんの顔を思い浮かべた。あの彼女が。年中「リョーマ様!」って言ってる朋ちゃんが。こんな乙女の日であるバレンタインと言う行事を黙って見過ごすだろうか?答えはノーだ。絶対ありえない。彼女なら等身大くらいのチョコくらいは用意しそうなのに。ぐるぐると脳内を駆け巡る疑問。
「だから、貰わなかったんだよ」
また、おんなじ答え。その解答に、もしかしてリョーマ君って見かけによらずモテないの?と彼女の私としては安心するような悲しいような、複雑な気持ちに陥る。
「誰もくれなかったんだね…」
ポツリと呟けば、リョーマ君のコントローラーを持つ手が、ピクリと震えた。それから、少し不機嫌そうな声。
「くれなかったんじゃなくて、貰わなかったって言ってるだろ」
顔を見れば、ご立腹らしいリョーマ君。リョーマ君のぼやいた言葉の意味を、また考えてみる。彼はくれなかったんじゃなくて貰わなかったって言った。色々考えて、ある一個の答えにたどり着く。リョーマ君は受け取らなかったんだ。
「…なんで、受け取らなかったの?」
また、ピクっと身体が動く。
「受け取ったら、受け取ったで、それにヤキモチ妬くヤツがいるから」
私はその言葉を聞いたときに、愛を感じました。私の彼氏は、世界一素敵な王子様です。