「あっついぜ」
練習もひと段落着いたとき。ラケットを片手に持って、ウエアの襟をパタパタと扇ぐ神尾君の姿が視界に映った。ふっと笑みがこぼれる。隠れて笑ってたら、不意に神尾君と目があった。
「あ?何笑ってんだよ」
私の視線に気づいて、扇ぐのを止めてそれから一言。ぶつかる視線にどきどきして。でも、それを隠すように笑ってみせる。
「ううん、なんでもないよ」
ただ、こんな瞬間が幸せだと感じるだけ。そう言ったら、神尾君の顔がちょっと赤くなった気がした。
「な、変なこと言うなよなっ」
そう言ってそっぽを向いた神尾君の耳が、ちょっぴり赤くなったのは、きっと私の見間違いじゃないよね?
「もう、バテバテ〜」
試合終了後、対戦相手だった大石先輩と握手をすると、先輩はそのままコートの端っこのほうにへたれ込んだ。それから大石には勝てないよ〜…って言いながら、だらりと仰向けに寝転ぶ。そんな姿を見て、不謹慎にも笑ってしまった。
「もう、菊丸先輩ってば。ダメですよ?こんなところで寝ちゃ」
くすくす笑いながら先輩に近寄る。先輩は目を伏せて、荒い呼吸を繰り返していた。額に光る汗が、暑さを物語っているように見えて、またくす、と笑う。そしたら、先輩は私に気づいて、私の名前を呼んでにこっと笑いかけてくれた。そんな小さなことで、胸が跳ね上がるくらい、嬉しくなって。
「はい、お疲れ様です」
タオルとドリンクを手渡すと、先輩はありがとねん、って言ってまずドリンクを飲んだ。それからタオルで汗をふき取って。
「ふい〜、充電完了!」
それからまた、元気の良い先輩に戻るんだ。
「今日は、まるで真夏日だな」
ただ今休憩時間中の立海大付属男子テニス部。マネージャーの仕事もひと段落着いて、彼の隣にやってくると、ポツリと呟くように言った。暑い…って言いながら、テニス部お揃いのリストバンドで額の汗を拭う。
「ほんと、確か、今日の気温最高28度だって言ってたよ」
そう言ったら、彼はうげ、と顔をしかめた。そんな他愛も無い時間が、私にとってはとってもとっても幸せな時間。
「でも、ジャッカル君が一番暑そう」
そう言ってくすくす笑ったら、そうか、って返事を返してくれた。願わくば、この時間がもうちょっと続きますように。彼の隣で、そんなことを思った。休憩終了まで、あと三分。