バレンタインまであと少し。浮き足立つ季節だと言うのに、私の心は2月の冬と同じで寒いまま。…そして私の恋も片道切符のまま…もう何年も。
 
 
 

片道切符の終着点

 
 
 
ハッキリ言って私は可愛くなかった。それは今に始まったことじゃなく、ずっと小さい頃から決まっていて。いつも私は可愛い子の引き立て役。飾り立てるタイプの人間。でもそれを止めたいとは思わなかった。ブスはブスなりに、それがお似合いなんだよ。…そう自分に言い聞かせれば、やってこれた。…嫌だし、悲しかったけど、仕方ない。全ては綺麗に生まれてこなかった自分の所為なのだから。
 
今の季節は2月。近頃の可愛い女の子は更に可愛くなった。原因は半ばに迫るバレンタインと言うイベントの所為だろう。好きになった人に告白するんだ、と色めいた噂が飛び交ってくる。この時期は男子も忙しない。良い男アピールしようと必死なのだ。(特に好きな子の前では)中には義理チョコでも良いと懇願している人もいたりして。…とにかく、浮き足立っている。ほわほわとした甘い空気。きっとバレンタインは一波乱ありそうな、そんな予感。
そんな私は、傍観者だ。ブサイクはチョコなんてあげられない。また、誰もブスからのチョコなんか欲しがらない。そう私に確信を持たせたのは、小学校低学年のときのことだった。その頃のクラスは凄く仲が良くて、女の子達がバレンタインの日、皆にチョコあげようよ!と計画を立てていた。それに私も参加をしたのだ。もやるんだよ?とリーダーの女の子に促されて、バレンタイン前日、クラスの女子みんなで買いに言ったチョコレート。これを誰々に配る。それはあみだくじで決められた。その頃、私は好きな人がいたんだけれど、告白する勇気もなく、ただ、ひたすらに願った。彼に渡す役になれたら…。そう淡い期待を胸に引いた番号は、残念ながら本命の彼ではなく、ちょっと苦手だった男の子。う、苦手、と思ったけど、それでも決まったものは文句は言えない。わがままなんて言ったらダメだ。
それでも苦手+初めてのチョコ渡しは緊張だった。当日になって女子全員で一人、一人ずつ配るチョコレート。私も同じように「はい」と渡したチョコレート。感情も何も篭っていないチョコ、だったけれど。
 
「うえー俺いらね!ブサイクから貰っても嬉しくねえし」
 
そう言って捨てられてしまったチョコ。…アレ以来、私はバレンタイン恐怖症になってしまった。友達みんなは慰めてくれた。リーダーの女の子も真剣に怒ってくれた。けれど、気づいてしまったの。ブサイクは所詮何をしたって喜ばれないんだって。…でもね、唯一感謝されるのが、引き立て役だった。綺麗に着飾った女の子の横でちょこんといるだけで、その子を何倍も可愛くみせることが出来る。…私にしか出来ない、役。
 
それ以来私は、バレンタインとかクリスマスとか、そういう行事に一切参加しなかった。そして、同様にずっと好きだった人への想いも一生蓋をしようと決め込んだのだ。…もう、辛い思いをしたくないからだ。
 
 
 
今日も一仕事終えた私は、一人身支度を整えると、教室を出た。騒がしい廊下を足早に通り過ぎて、昇降口で靴を履き変えて、校門を右に曲がる。そこで、声をかけられた。
 
さん」
 
その声にビクっと反応してしまうのは、それが男の声であったから、そして、私の、小学校からの片想いの相手だったから、だ。振り向けずに思わず無視したままゆっくり歩いていた足の速度を上げる。私に声かけないで。彼にこんなブサイクな顔見られなくない。長めのマフラーで顔半分以上を覆った姿は酷く不審だったけれども素顔を見られるより全然良い。小さく縮こまってタッタッタと歩いていると、「さんってば」と、腕を掴まれた。突然の事態に吃驚して「ひあ!」なんて声を上げたと同時に、振り切る。
見上げれば、吃驚したって顔の不二君が居て。…あ、私…なんてことしてしまったんだろうって思うけど、上手く言葉が話せない。不二君に見られていると思うと、どうしても何も言えない。だって、彼は私とは正反対で、とてもかっこよくて、目立つ。天才なんて呼ばれて回りから期待されている人だ。
 
「何回も呼んだのに」
 
聞こえなかった?といつもと同じ笑顔を作ってくれる不二君は、とても良い人だと思う。誰に対しても優しい。こんなブサイクな私に嫌な顔一つせずに話しかけてくれるのは、昔からちっとも変わってない。だから、誤解してしまう。自分ももしかしたら…って。でもその度に自分の馬鹿な妄想に首を振って誰にでも優しいから、私にだけじゃないんだと思い直すことでこの陳腐な考えを押しとどめる。
不二君はさも当然の様に私の横に来ると私に合わせて歩き出した。本当はもっと早いはずなのに、こんな私のことをちゃんと女の子扱いしてくれる。そう思うとドキドキした。…こんな、乙女みたいなこと。自分には似合わないのに。
目立つそばかすを隠すようにマフラーに顔を埋めていると、「そんなに寒い?」と聞いてきた。まさか顔を見られたく無いからともいえない。差し出されたホッカイロ。「良かったら使う?」と言われて、私は慌てて首を振った。…不二君の物を貰うなんて、図々しすぎる。何度も何度も無言で首を振って、慌てて周りを見渡す。みんなの視線が気になる。ちらちらと見る女の子、笑ってる男の子。みんなの思ってること、言ってることが凄く気になってしまう。「ブサイクなのに」とか言われてるんじゃないかとか「似合わない」と言われてるとか。…でもそれは当たり前の反応なのかもしれない。こんなに素敵な不二君の横にいるのは私じゃ勿体無い。付き合ってもないけれど、隣を歩く資格さえ無いのだ。
 
「…ところで、何?」
 
つい素っ気無く話してしまうのは、緊張を紛らわすため。気づかれたくない。そうすれば、不二君が苦笑するのがわかった。「特に用事は無いんだけど」と言われて、じゃあなんで私なんかに話しかけるんだろう、と思う。だって、たかが数分一緒にいるだけでもう注目の的だ。美女と野獣ならぬ、美男と雌豚。そんなところだろう。
 
さんの後姿見えたから、一緒に帰りたいなと思って」
 
殆ど話さないよね、僕たち。と笑って言われて、ビクッとしてしまった。帰りたいと言われてしまったことが嫌だったわけじゃない。寧ろ…凄く、凄く嬉しい。こんな私なんかと一緒に帰りたいって言ってくれた…気を遣ってくれた言葉だったとしても今死んでも後悔しないってくらい嬉しかった。顔が熱を帯びるのがわかる。ダメと言う前にもう不二君の位置は定着したらしく私の隣を離れない。凄く凄く気になる。周りが。そして不二君が。良いの?良いの?と思ってしまう。もしかしたら不二君変な噂立てられちゃうかもしれないのに。…そう思うけど、隣に居てくれることが凄く嬉しくて、幸せだから結局何も言えない。
 
会話なんて成立しない。ただ、不二君が気を利かせて話しかけてくれるだけ。私はそれに適当な相槌を打つことしか出来ない。気を悪くしてないかな?不二君優しいから、疲れちゃわないかな?色々考えるけど、不二君の声が心地よくて、結局そのまま近くのバス停までを一緒に歩いた。…そういえば、いつも朝練があって忘れそうになるけど、同じバスなんだよね。と思い出したのは、同じように不二君がベンチに座ったからだ。少し出来た空間。それが私と不二君の今の距離。私は気づかれないようにちょっと横にずれると、不二君との間が少しだけ広がる。一緒に居ると思われちゃダメ。悪評立ったらどうするの。自分に言い聞かせるのだ。そしたら不二君の人気が半減してしまう。そんなの嫌だ。そう思っていたのに、上手く物事は進まない。「すいませーん」なんて可愛らしい女の子が言ったかと思うと、不二君の隣に座ったのだ。そのときに、不二君が席をつめて、私のほうに近づく。…開いていた微かな距離は一気に近づいて、腕が当たるくらいまで近づいてしまった。
そんな何気ないことすら、馬鹿正直にドキドキしてしまう自分。早くバス来て!と願うと、時間より早めにバスが来てくれた。「あ、来たみたいだね」と微笑まれて、そんな笑顔私には勿体ないと思う反面嬉しくて、こくんと肯いて不二君の後ろに続いた。
それから不二君は空いている二つの席を見つけると自分が奥側に座り、私にその横を勧める。…一緒に帰ろうって言われたのだから隣に座るのはゴク当たり前なのかもしれない。けど、明らかに近い。でも突っ立っているわけにはいかなくて。私はドキドキしながら出来るだけ端に寄って座った。鞄を抱きしめて、出来るだけ顔を見られないように自然に隠す。動き出したのは数分もかからなかった。ブロロ、と音を立てながら景色がゆっくりと変わっていく。
 
…今、不二君の隣に座っている。
 
そう思うだけで心臓が飛び出てしまいそうだった。思えば、それが一番幸せなときだったのかもしれない。ブサイクな私には分不相応過ぎる恋なのだ。そんな彼と、帰る、なんてきっとバチが当たったに違いない。
暫くして聞こえてきたのは黄色い声。アノ子カッコイイね。と高校生の女の人がこちらを見ていた。不二君のことを言ってるのはすぐわかって、やっぱり何処にいても目を惹いてしまう彼に改めて自分とは違う人だと感じる。そして、次に聞こえてきたのは、怪訝そうな声。「なんでアノ子が彼みたいなかっこいい人の隣?」と、小声だけれどしっかりと聞こえた声にツキン、と胸が痛くなった。そんなの、言われなくてもわかってる。似合わない距離だって、自分でちゃんと気づいているのに、言われるとどうしても気にしてしまう。
 
「私だったら恥ずかしくて歩けないー、とんだ勘違い女だよね」
 
くすくすと聞こえる甲高い声。止めて、私のこと罵るのは構わないけど、彼の前でだけは止めて!そう思うと、羞恥心で耐えられなかった。次はーM 短大前ーと次の停止場のアナウンスが流れて、バス停に止まったことを確認すると、抱きしめていた鞄を更にぎゅっと抱きしめて、立ち上がった。不二君が「さん!」と私のことを呼んだけれど、もう耐えられなかった。嫌だった。…好きなのに、隣にいるのが苦しかったのだ。定期券をちらりと見せて、慌てて降りる。ガシャンとドアが閉まって再び走り出すバス。私はぎゅっと唇を噛み締めて、まだ自分の家には程遠い場所から、歩いて帰ることを決めた。
 
 
 
 
 
―Next
 
 
 
 
 
2007/02/08