産んでくれた母親に、感謝がいっぱいあってこんなこといえないけど、でも思うときがある。ちょっとだけ、ほんのちょっとで良いから、可愛く生まれたかったよ。
 
 
 

片道切符の終着点

 
 
 
突然バスから降りて、今一人、街を歩いていた。歩いていると、どこもかしこもバレンタイン一色で、本当なら気分が上昇するような歌とか、宣伝とかがされていた。でも、心なんか弾まない。どうせ、私なんかがチョコ上げても迷惑なだけ。ブサイクは大人しくしてろ、ってね。
ウィンドーに飾られたプレゼントが目に入った。色んな種類のチョコレート。本命チョコならと言うポップがつけられていて。“これでバッチリ鷲掴み”なんてベタな台詞が横並びしているのをみて…こんなの、私が上げても喜んでもらえるわけないじゃない。と心の中で毒づく。全く、可愛くない。
ふっと、ウィンドーに映った自身の顔を見る。…怪訝そうに見る自分の顔はいつも以上にブサイクだ。
 
「…ブサイク、ブス、キモイ」
 
ありったけの罵りを自身に吐き捨てて、目立つそばかすをマフラーで覆う。もう一度、ブス、と小さく呟くと、突然、声をかけられた。
 
「あら、そんなに自分を卑下しちゃダメよ?」
 
その声は、とても上品な声色で、思わずピクンと反応してしまう。まさか、こんな独り言を聞かれているなんて思わなかったのだ。慌てて顔をそっちに向けると、立っていたのは…とても、とても綺麗な女の人。女の人は「ごめんなさいね」と私に謝って「でも、何だか聞き捨てなら無くて…」と苦笑を溢した。その顔でさえとても綺麗だ。…私はカァと羞恥心で顔が赤くなるのが解った。俯いて、顔を隠す。こんな綺麗な人に自分の顔を見られたく無い。
 
「…ねえ、少し、お話しない?」
 
そう言われた瞬間に、ぽん、と肩に手が降ってきて、私はもう一度顔を上げると、お姉さんはね?と綺麗な微笑みを向けて、小さくウインクした。…そのとき、何故か不二君のことを思い出した。―――笑顔の似合う人。
だからなのかもしれない、次の瞬間、私は無意識のうちにコクン、と肯いていた。
 
 
 
入ってきたのは、小洒落たお店。とてもセンスの良い其処は一見シンプルだけれど綺麗で…飾られた花はどれも素敵だ。うわぁ…と思わず感嘆すると、女の人はくすっと笑って隅っこの陽の当たる席に腰掛けた。一つ一つの仕草に心奪われる。とても、綺麗なのだ。「どうぞ?」と薦められて、はっと我に返った私はお姉さんの向かいに腰掛けた。
…マフラー。と気づいたけれど、外せなくて…。そんな様子をお姉さんは「どうしたの?」と穏やかに問いかけてくる。寒い?なんて心配してくるお姉さんの瞳に罪悪感さえ押し寄せてきて、私はフルフルと顔を振った後、「ブサイク、だから…」外したくないのだと告げた。そうすれば、「さっきも言ったでしょ?」と小さく私のおでこをデコピンしたかと思うと、マフラーをとってしまった。
 
「全然ブサイクなんかじゃないわ、可愛いわよ」
 
お世辞だと、解ったけれど、久しく聞いていなかった「可愛い」の言葉になんていっていいかわからなかった。全然可愛くなんか無いのに。目の前の女性は大人びた笑顔で本当のように言うから、私はいえ、なんて言えなかった。…勘違いしたわけじゃない。…素直に喜んで馬鹿を見るのは嫌だ。そう自分に歯止めをかける。
 
「そう言えば、自己紹介がまだだったわね」
 
そう言ってふわりと微笑むお姉さんは自分の名前を教えてくれた。お姉さん…由美子さんは自分の名前を口に出すと、そう言えば貴方の名前は?と聞いてきて、私は緊張しながら名前を告げた。
 
、です」
 
震える声で言いやれば由美子さんはちゃんね、と私の名前を確認するように言った。私はそれにコクン、と肯くことしか出来なくて。…久しぶりのちゃん付けにちょっとだけ戸惑ってしまった。だって、ちゃん付けって可愛い子がされるものでしょう?思っていると、由美子さんが私を見ていることに気づいて、慌てる。女の人なのに、ドキドキする。それは綺麗だからなのか、それとも…どことなく不二君に似ているからなのか。由美子さんは綺麗なカールした髪の毛をふわりと躍らせて、「そう言えば、何かあったの?」と優しく問いかけてきた。
 
「…」
 
本当なら言うべきじゃないのかもしれない。いや、確実に言うべきではない。自己紹介したからって、数分前は他人でまだ全然仲良くなってないのに、こんなこと迷惑なのかもしれない。でも聞いて欲しかった。…今まで誰にも、家族にも言えなかった悩み。私の、小さな、小さな恋。でも、やっぱりまだ躊躇いがあって、ちらりと由美子さんを見れば、由美子さんは「気にしなくて良いのよ」と小さく笑った。
 
ちゃん、私はね、友達や家族にいえないことを良く知らない人だからこそ言えるってことがあると思うの」
「…由美子さん?」
「だから、話してほしいと思う。言って、楽になることだってあると思うのよ」
 
ずっと我慢してきたんじゃない?とまるで、何もかもわかった風に言うから、私は泣きそうになった。…この人なら大丈夫かもしれない。そう、思ったんだ。思ったのと行動一緒で私は、由美子さんの瞳を見つめたあと、ポツリポツリと話し始めた。ずっと、好きな人がいたこと、小学校のバレンタイン事件。今日好きな人と何日か振りに喋ってあまつ、一緒に帰れることになったこと、そのバスで聞こえてきた台詞に恥ずかしくなって彼を置き去りにしたこと。
 
 
 
「…私、自分を批難されるのはなれてるんです。ブサイク、なんて私のためにある言葉だから。…でも、でも…やっぱり、好きな人には聞かれたくなかった…」
 
…一丁前に好きな人には…なんて、ブサイクな私に言う資格無いけど。ぐず、と鼻を鳴らして涙を流す。泣くと余計ブサイクが強調されるから嫌いだ。お店のナプキンを一枚取り出すと、それで涙を乱暴に拭っていると、黙って聞いてくれていた由美子さんが、ようやくその口を開いた。「ダメよ」それはたった一言。え、と赤くなってるであろう目で由美子さんを見れば、少し、怒った風な顔で。
 
ちゃん、それはダメ。批難されてるのを慣れてるなんて言葉で片付けちゃダメよ。怒って良いのよ。…好きな人には聞かれたくないって当たり前のことだと思うわ、あまり、自分を卑下しないで。…ちゃんは可愛いと思うわよ?」
 
自信を持って、とぐしぐしになった私の顔を見て微笑った。その表情がとても綺麗で。すっと伸びた指がハンカチと一緒に差し出される。「ナプキンじゃ追いつかないでしょ?」と言われて、私は恥ずかしくなった。言葉に甘えて恐る恐る受け取って、涙を拭う。…良い匂いが、した。落ち着くような、安心するような香り。
 
「でも…」
「それに、その男の子はありのままのちゃんがすきなんじゃないかしら」
 
言われて、私は思わず立ち上がった。顔が赤くなる。「違います!」次の瞬間、大声を出していた。吃驚した様子の由美子さんの顔を見てようやく自分が怒鳴っていることに気づいて、恥ずかしくなって、また小さく同じ言葉を繰り返す。すると由美子さんが「落ち着いて?」と私を宥めるように言って、座るように促した。私はそれにコクン、と肯いて、ゆっくりと座る。
 
「…ごめんなさい、傷つけちゃったかしら?…好き、なんて無責任だったかもしれないわ」
 
そう言った由美子さんはごめんなさい、ともう一度謝って頭を下げた。下げられることなんてして無い。私は何だか凄く悪い気がして、頭を上げてください、と由美子さんに言った。栗色の髪の毛と一緒に由美子さんの顔が上がって、私はとても良心が痛む。
 
…話聞いてもらっといて、急に怒るなんて最低。
 
心の中で毒づいて、ぺこんと次は私が頭を下げる番。
 
「違うんです、彼は…優しいから…誰にでも優しいから、だから違うんです。…私だけじゃないんです。それなのに、そんなこと…彼に失礼です」
 
そう言ったら、由美子さんが、淋しげに笑った。…その笑みの理由を、私は知らない。ただ、傷つけたかもしれないとだけは思って、慌てて謝ろうとすると、由美子さんの携帯が鳴った。「あ、ヤバイ」と声が漏れて、何か用事があったのかもしれないと思う。そうすれば由美子さんは掌をパンと合わせると、同時に漏れるは謝罪。
 
「ごめんね、ちょっと用事が入っちゃったの。私はもう出るけど…あ、これはお金」
「あ、良いです」
「良いの。それと……」
 
言いながら、さらさらとスケジュール帳に何かを書き綴る由美子さん。それを一枚ビっと破ると、私に向けた。ハイ、と差し出されてえ、と戸惑う。見れば、数字とアルファベットが並んでいて…。
 
「これ、私の連絡先。…また、何かあったら連絡して?」
「え…でも…」
「…いえないこと、まだまだ沢山あるんじゃない?…二人だけの秘密で、ね?…彼とのこと、私に言えばいいわ」
 
…でも、と言えば由美子さんの手が私の肩をぽん、と叩いた。
 
「…今日、彼を見た、とか、こうだったああだった。なんでも良いのよ。嬉しかったこと悲しかったこと何でも話して頂戴。…普通に恋をすれば良いじゃない」
 
そう言ったあと、最後由美子さんの携帯が鳴って、ごめん、じゃあ行くねとお金とその紙を置いて出て行ってしまった。
…一人になった私は、悩む。だけど……。再度白い紙を見れば、番号とアドレス。もしかしたら、私を救ってくれるかもしれない。この、出口のない恋を終えることが出来るかもしれない。…そう思って、私は白い紙をポケットの中に入れ込んだ。
 
 
 
 
 
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2007/02/09