きっとこれだけ素敵な方なんだから、きっと素敵なお家に住んでるんだろう、とか、お嬢様?とか思わなかったわけじゃない。
―――色々、想像はしてた。してた、けど…
 
「はい、着いた。此処が私の家よ?」
 
……やっぱり、由美子さんは凄い。―――生粋のお嬢様?と改めて由美子さんに対して強い憧れを抱いた。だってさ、立ち居振る舞いとか、普通あんなに優雅じゃないもんなあ…。
 
 
 

片道切符の終着点

 
 
 
私は今、由美子さんの部屋で一人きり。それは何故かと言えば、ちょっと前にさかのぼる。
 
 
「さ、どうぞ」―――そう言われて家にお邪魔したのはほんの数分前のことだ。なんて言うか、うん。ウチとは全然違う雰囲気のそこは、「緊張しなくていいのよ?」と言われても正直それは無理な話で。部屋に通されたとき、何処に座ればいいのか一瞬迷ってしまった。何だか、場違いな気がしたのだ。そうすれば、由美子さんがくすくすと笑ってどうぞと招き入れてくれるから、私はゴキュ、なんてノドを鳴らして、促された場所へストンと座った。そうすれば、由美子さんがそうそうと言いながら手を鳴らして、にっこりと嬉しそうに笑う。「昨日ラズベリーパイを焼いたの。良かったらちゃん食べてくれないかしら?」なんて言って、私の返事を待たずして部屋から出て行ってしまったのだ。…な、んか本当に此処に居ていいのだろう。
 
下手にウロウロ出来ないけど、やっぱりキョロキョロしてしまう。由美子さんのお部屋は、想像していたよりもシンプルだった。必要最低限以外のものはおかない主義なのか。あ、でも壁のコルクボードに貼ってある風景の写真はとてもセンスが良い。写真を撮るのが好きなんだろうか?そういう、ものが伝わってくる気がした。でも、部屋を見渡してみたけれどデスクにも何処にもカメラの気配は無くて。?と首を傾げていたときに、カチャ、と音がして、―――振り向いたら由美子さんが美味しそうなパイと紅茶(だろうか)の入ったトレイを持って入ってきた。ふふっと何が面白いのか笑いながらトレイを机の上に置くと、私を見上げた。
 
「何も無いでしょ?」
「…あ、ごめんなさい。勝手に物色して…!」
 
そう言って私は頭を勢い良く下げると、慌ててペタンと床に座り込んだ。人のモノをジロジロ見るなんて好い気はしないだろう。申し訳無くなって、縮こまっていた。けど、由美子さんは然程気にしていないのか、「良いのよ」と手をひらひら振った。カチャ、カチャとティーの用意をしている由美子さんにあ、何か手伝った方がいいのかな?と思い、おもむろに手を伸ばしたけれど、「お客さんなんだから」と静止されてしまった。ではどうしよう。そう考えた後、私が取った行動と言えば、さっきまで見ていた写真に目を向けることだった。ぼーっと見ていると、用意し終わったのかカチャカチャっと言う音が止む。そっと視線を戻せば、同じように写真を見ている由美子さんがいた。
 
「…写真、撮るんですか?」
 
その問いかけにふわっと笑った由美子さん。それから大人びた口紅をつけた唇が、ゆっくりと動く。
 
「弟がね」
 
その回答に、ああ弟がいるんだと初めて由美子さんに姉弟がいることを知った。そうなんですか、と言いながら思う。きっとこれだけ美しい女性なんだ。弟さんだって凄い美形に決まってる。そう一人想像を膨らませていると、「冷めないうちにどうぞ」と由美子さんから声がかかった。薦められた紅茶とラズベリーパイを一度見やって、ぺこっと頭を下げた後一口。
 
「あ、美味しい」
 
殆ど、無意識だ。パクっと食べた後、自然と出た本音。敬語にするのを忘れるくらい、美味しかった。ラズベリーパイなんて食べたことなかったけど、凄く美味しい。感動にも似たそれを抱きながら由美子さんを見やれば嬉しそうにお礼を言う。…寧ろお礼を言うのはこっちだ。凄く、凄く美味しい。性格も良くて顔も綺麗で料理も出来て…。完璧な人ってこういう人のことを言うんだろうか。
「凄いな…」――言った言葉は独り言。けども由美子さんはそれをスルーしようとせずに、「なら作り方教えてあげるわ」とふわりと微笑んだ。私は変に興奮してしまって。凄く嬉しくて子どものようにはしゃいでしまった。…いや、まあ…由美子さんから見たら“中学生”なんて全然子どもなんだろうけれど。くすくすと笑った由美子さんに我に返って恥ずかしくなる。しゅん、と小さくなれば由美子さんが笑いながら言葉を続けた。
 
「ごめん、違うのよ。馬鹿にしたんじゃないの」
「でも…」
「可愛いなと思って」
 
また言われた「可愛い」の言葉。バっと顔を上げて由美子さんを見やれば、由美子さんは穏やかな笑顔のまま。私は正座した腿の上に置いていた手でスカートをぎゅっと握るとぼそぼそと話した。
 
「どうして、そんなに良くしてくれるんですか?」
 
言えば、由美子さんから笑みが消えて、きょとんとした顔。あ、この顔は綺麗と言うより可愛いかもしれない。そう感じた。まあ思っただけに終わったけれど。カチャ、と持っていたカップをカップ皿に置いた由美子さんの動向をジっと見ていると、気づく。今、明らかに雰囲気が変わってしまったこと。ちょっとだけ、負に近い空気。居心地が一気に悪くなるのが解った。私、またいけないことを言ってしまった!?と不安になって、今の言葉を訂正しようとすると、由美子さんがそれよりも先に口を開いた。
 
「…だって、私はちゃんが好きだもの。それに、可愛いと思ったのは本心」
「……」
ちゃん」
 
名前を呼ばれて、ビクっとした。初めて、由美子さんに対して怯えた。いつもいつも笑顔のイメージだった由美子さんの更に落ち着いた、声。ノドがカラカラに乾いてしまう。由美子さんの名前を呼ぶと、由美子さんがふう、と息をついたのがわかった。
 
「…私ねちゃんに謝らなければならないことがあるの」
 
そう切り出されたのは息を吐いた数秒後。由美子さんを見れば、由美子さんは真剣な瞳でこちらを見ている。…謝らなければならないこと?そう言われても思い当たる節は無い。だって、まだ2週間しか交流がないけれど、本当にいつもいつも良くしてくれているのだ。それなのに何故謝る必要があるというのだろう。私の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになって、考えて考えた末、出た結論。
 
「もしかしてバレンタインの話のことですか?…それだったら、私…謝られることなんてないです。…勇気、貰ったのは事実ですし。応援してくれるって言う由美子さんの気持ち、とっても嬉しかったんですから」
 
そう言って、ぎこちない笑みを浮かべてみせる。絶対由美子さんの笑顔には叶わないって思ったけど、でも、そんなこと言ってられない。今、目の前にいる人は何故かわからないけど酷く落ち込んで…悩んでいるように見えたんだ。いつも助けてもらってた、支えてもらってたからこそ安心して欲しい…と思う。
 
「…ちゃん…違うの」
 
だけど、反対に返って来た言葉は、否定の一言。え?と声を漏らせば、由美子さんは悩ましく眉を寄せていた。整った顔立ちはほんの少しだけ崩れるものの、それさえも綺麗だ。私はもういよいよもって由美子さんの『謝らなければならないこと』の意味がわからなくて、首を傾げてしまう。そうすれば、由美子さんが私の手を握った。
 
「きっと、言ったら嫌われてしまうと思う」
「…由美子、さん?」
「私、ちゃんの気持ちも考えず酷いことをしたわ」
 
本格的に、事態が読み込めない。酷いこと?一体それって、と口を開こうとしたときに、ドアの向こうで、声。聞き覚えのある、声…。もしかして。
 
 
 
 
 
―Next
 
 
 
 
 
2007/02/16