例えば、少女漫画とか。
例えば、人気のドラマとか。
例えば、感動の映画だとか。
そういうので、良く使われるヒロインの性格は、『素直』で『可愛い子』
そんな子が、好きな男の子に「好きです」って告白して、断られるわけ無いと思う。
世の中そんな子ばっかりだったら、この世の中カップルだらけになっていて、片想いなんてなくなっていると思う。
実際、素直な子に聞いたら、『思ってる事言えば良いんだよ。簡単じゃない』と至極当たり前のような切り替しをされてしまった。
そりゃあ、素直な子から見たら簡単かもしれないよ。だけど、・・・理屈じゃないんだ。こればっかりは。
と言うか、思ってる事素直に言える性格だったら、こんなに悩んでない。
「あ、不二くんと菊丸くんだ」
友人の言葉に、びくり、と肩を震わせたのは私だ。心臓がバクバクと騒ぎ出す。けれど、此処で動揺をしてはいけない。私は友人に気づかれないようにふう、と小さく息を吐き出して、何気なさを装って、その人物に視線を移した。・・・まあ実際、不二がそこに居ることに気づいては居たのだけれどそれは隣にいる友人には内緒だ。「あ、本当だね」と今気づきましたと言った風な表現をすると、友人は指して疑問に思わなかったんだろう。「今日も朝練のお手伝いだったのかなー?」とのほほんとした雰囲気を纏いながら言った。
「あー・・・そっか、今日って木曜日?練習日じゃん」
勿論、今日が木曜日で、週1度の後輩との練習日って事には気づいていた。けれどもやっぱり今気づきました風を装う。本来なら、中学三年という受験シーズンに部活、なんてと思うけれども、竜崎先生(彼の所属する男子テニス部顧問だ)と後輩達の計らいで、週に1度だけ練習日と言うのを設けた。引退した先輩(この場合は不二たちを表す)達が稽古をつける日。三年達にも良い運動にもなると言うことだった。引退してからもう随分なるが、今でもそれは変わらない。そろそろ受験日だけれども、息抜きは必要だと言うことで惜しげもなく顔を出しているみたいだ。
さて、此処、青春学園はエスカレータ式の私立だけれども、受験制度があった。外部から来る子の受験は勿論、そのまま上がる生徒達も然り。いくらエスカレータ式でも余りにも成績が落ちると受験不合格になるらしい(まあ私立だしね)最近、菊丸が「なんで小学校のときにも受験勉強したのに今もしなきゃなんないんだよ!」とわめいていたのを思い出す。全く同感だけれど、まあ他の受験を受ける子に比べれば難易度は低く、そこまで悲惨じゃなければ簡単に合格出来るらしいので仕方がないといえば仕方が無いとも思う。
程なくして、ガラリ、と勢い良く教室のドアが開けられた。ぼんやりと視線を移せば、現れた姿は先ほど窓から見た二人組。ドキドキと胸が高鳴るけれども、やっぱり平然を装うと、隣で「不二くん!菊丸くん!おはようっ」と可愛らしい声が紡がれた。その声に気づいたのは、まだドア付近に居る二人。菊丸は「おー!」って言いながら手をぶんぶんと振りかざし朝練したにも関わらず元気に駆け寄ってきた。器用なもので上手い具合に机と言う障害物を避けて。菊丸に促されるように続くのは不二、だ。
「さん、、おはよう」
にこり。と文字に表すとするならそういう言葉のような笑みを浮かべて不二が言った。自分の名前も含まれてる事に嬉しさを感じるけれど、目の前の不二のように笑顔で挨拶できなくて、私の口から出たのは「おはよ」と言う素っ気無い声。「おっはよーん!」と、男にしては高い声が続いて聞こえてきた。
「今日、朝練だったんだね!寒いのにお疲れ様!大丈夫?」
「有難う、大丈夫だよ」
「だいじょうぶいぶい!ちゃんは優しいにゃ〜」
、不二、菊丸・・・と言う風に声が次々に変わり行く会話を聞きながら、話に入り遅れた自分に気づく。本当は、自分が言いたかった言葉なのに。と心の中で落胆しつつ、けれども絶対実行出来ないんだろうなーと諦め心での言葉を思い返していた。とにかく何か言わなきゃ、と意気込んで不二と菊丸を交互に見やって
「その割には鼻の頭真っ赤だけどね」
菊丸に向けて、言う。・・・なんていうか、自分でも思うがかなり挑戦的だ。可愛げの無い台詞に飽き飽きしながら、でも言ってしまった発言は取り消せるわけも無い。「はなんでそう言う言い方かな!」反論したのは勿論、菊丸だ。言い返された言葉が私の耳に響く。・・・そんなの、私が聞きたい。でもコレが私なのだ。今更それは変えられない。ぶー垂れた表情の菊丸に「ははっだってほんとの事でしょ?」と茶化すように言うと、菊丸が自身の鼻頭を押さえる動作をした。
そして、聞こえてくる、チャイム。「ヤバ!」と菊丸の声に続き、も立ち上がる。二人とも各自の席に戻るようだった。・・・今のチャイムは予鈴だ。そろそろ朝のHRが始まるだろう事が予想されているからだ。「じゃあね!」「またね!」と軽い挨拶を交わして、二人は少し離れた席に腰掛けた。そして、残されたのは私と・・・不二だ。私はもともとこの窓側の席で、今座っているから動くことも無い。不二は、二人を見送った後、ようやく自分の席に腰掛けた。・・・不二の席は、私の隣だった。
「で?」
聞こえてきたのは、不二の声。びくっと条件反射のように全身が反応するのがわかった。「え、」と隣を見やれば、笑顔の彼。何が「で?」なのだろうか。「で?」に続く前の会話をしていたわけじゃないのでわからない。「何?」とやっぱり素っ気無く言いやってしまうけれど、不二はそれでも笑顔を絶やさずにこにこにこと笑いながら「で?」の続きを唇に乗せた。
「は言ってくれないの?」
「だから、何を」
「労いの言葉」
ぽかん、と。固まってしまったのは言うまでもない。不二の言葉がゆっくりと私の脳内でリピートされる。
・・・・・・・・・。
黙ってリフレインされる台詞を思い返していると、私の目から映る不二の笑顔が更に深くなったような気がした。面白がっている。それが悔しくて、でも構ってくれるのが嬉しくて、だけど素直になれなくて。でも、言わなくちゃ。「お疲れ様」たった四文字じゃないか。ごくり、と唾を飲み込んで。口を開いた。
「ば、ばっかじゃないの!」
数秒後、結局出た言葉はさっき言おうと思った台詞とは全然別のモノ。「馬鹿とは酷いなあ」不二の声が直ぐ返って来る。バクバクバクバク、と自分の心臓の音が煩く鳴り響いていても不二の声なら良く聞こえた。それから直ぐして、がらり、と教室の扉が開かれた。外から入ってきたのは、ここの担任だ。それを引き金に、学級委員長の声をスタートで、朝のHRが始まった。
あああ。
また、言ってしまった。ちらりと不二を盗み見れば、もうその視線は私に向けられてはいなく、前を見据えている。今度こそ、呆れられてしまったかもしれない。頭の中で不安が増えていく。こうして言った後後悔するのは私の悪いクセだとわかっているのに。どうしても、不二を目の前にすると、素直になれない。
差して楽しくも無い朝のHRでの先生の話を右から左に聞き流しながら、私は小さくため息を吐き出した。
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