彼、不二周助を好きだと自覚したのは、もう随分前の事だ。
思えば、この中学三年間ずっと同じクラスだった。十何クラスもあると言うのに、三年間離れる事無く一緒だった。
多分、この学校でただ一人の人だと思う(二年間一緒、と言うのもかなり奇跡的なのだから)
好きだ、って自覚したのは、中学入学してから、少し経った頃、だ。強いよ、と聞かされていた男子テニス部の見学に行こうよと友達に誘われて面白半分で見に行ったのがきっかけ。
その時まで、『不二周助』について、何とも思っていなかった。同じクラスだという認識は、あった。何しろ不二は中学一年の頃からカッコイイとかなんとかで女子から人気があったからだ。
ほら、中学一年って、先日まで小学生だったわけじゃない?だから、なんていうか・・・その頃の男子って女子よりも幼稚な頭の奴が多いわけ。好きな子をわざと苛めたり。
そんなガキ臭さが残っている男子たちの中で『不二周助』と言う男は、きわめて異例だった。端正な顔立ちは幼さが残るものの、子どもながら整っていて。勉強は出来る。性格も、実は年上なんじゃないかと言うくらい落ち着いていて・・・はたから見て、ああ、性格が大人ってこういう人の事を言うんだろうか。と感心したものだ。そんな不二周助が、モテないはずは無かったのだ。
あっと言う間にクラスの女子をトリコにしてしまった。なんていうっけ。ハート泥棒?
まあその頃からとにかく不二は人気だったわけである。
男子テニス部を見に行こうよ、と誘ってくれた当時の友達も不二のことをいたく気に入っていた。多分、だからだろう。
瞬く間のうちに不二周助があの、強豪と呼ばれる男子テニス部に入部したという事を嗅ぎ付けたから、きっと男子テニス部を見に行ったに違いない(当時は考えもしなかったけれど)
言われるがまま私は彼女に連れられテニスコートにやってきた。
そこで、・・・見事、ひきつけられてしまったのだ。
不二周助の印象が笑顔で優しい人から、かっこいい人に代わったのは。
不二のテニスは、強いって言うよりも綺麗ってイメージだった。勿論、強いんだけど。なんていうか、華麗だ。余裕のあるテニス。とにかく、誰もを魅了するテニスだった。
その日から、何となく不二が気になって、何度か会話をするうちに、ああ、好きだって・・・思った。
でも、私は決してそれを周りに言わなかった。
恥ずかしい、というのもあったけれども、何より私の周りの彼に対しての『好き』は、テレビに出てるアイドルとかの『好き』のようで、私の彼に対する『好き』とは違っているように思ったから。
軽々しく言える『好き』では無かった。そんな、ちっぽけな感情ではないと、子どもながらに思ったからだ。
それからは、彼の事を目で追っては、話をした日はそれが嬉しくて、その日話した会話を家に帰っては繰り返し思い出していた。
不二は決して人懐っこい性格では無かったけれど、彼の優しさだろう。突っぱねたりはされなかったから、私は直ぐに仲良くなれた(多分、自惚れでは無い)
中学一年の三学期には、多分、一番の仲良しのクラスメイトとなっていたと思う。
こういう経緯で、私と不二の友好関係は始まった。
それから月日は流れ、私達は中学三年に進級した。
今もその友好関係は続いている。今では、同じクラスで意気投合したと不二と同じ部活であった菊丸と四人で過ごすことが多くなっていた。
中でも私は学園生活の中で殆どの時間をと共有している程仲良くなっている。・・・多分、親友。恥ずかしくて、本人には言った事は無いけれど、私はそう思っている。そして、彼女も多分、私の事を大切な友達だと思ってくれている。自惚れじゃなくて、本気で。彼女は私と違ってかなり素直な性格だ。思った事は何でも言ってくれる。私だったら恥ずかしくていえない事も、平気でいえてしまうのだ。臆面も無く。・・・そういう、素直で純真な彼女だからこそ、仲良くなりたいって思ったんだろう。・・・私には、無いものだから。
そんな、親友だと思っているだがそれでも彼女に伝えてない事があった。
それは、今までずっと秘密にしていた不二への恋心。きっと、この想いは誰にも言うことはないと思っているんだけれど。
「あっ、そういえば・・・私に聞きたかったんだけど・・・不二くんって好きなもの何かな?」
「は?」
問いかけられたのは、昼休憩の時間帯。いつもこの時間は不二と菊丸とと私と四人でご飯を食べるのが常となっていた。そして、この話が切り出されたのは、不二と菊丸が不在の時だ。なんでも二人は今日、昼食が購買のパンらしい。学園でNo1のパンを狙っている菊丸に引きずられるように忙しなく教室から出て行ってしまった。先にご飯を食べることになった私達だったが、突然のの台詞に呆気に取られたのは言うまでも無い。心臓が、止まりそうになった。『不二』と言う言葉を聞くだけで、馬鹿みたいに動揺してしまう自分が情けない。けれどもはそんな私の動揺には気づかないようだ。変わらない口調で「あ、ほら」と声が続く。
「そろそろ不二くん誕生日でしょ?何かプレゼントあげたいなーって思ってるんだけど、不二くんの好きなものとかわからなくて」
「・・・それをなんで私に聞くの?」
動揺を悟られないように平然を装いながら問いかけると、がキョトンと目を丸くさせた。それから極当たり前のようにそれを言ったのだ。
「だって、不二くんとすっごく仲良いじゃない?」
余りにも当たり前のように言われてしまったけれども、私の口はこういうときばかりは素直らしい。「は!?」さっきと同じ『は』なのに、今度はオーバーなほどリアクションを返してしまった。
同時に今にも椅子から立ち上がりそうになってしまったが、それは踏ん張って止めた。驚く私には何をそんなに驚いてるの?とでも言う様に不思議そうな目で私を見つめてくる。私ははっと我に返って、コホンと一つ咳払いをした。
「全然私仲良くないし!もうほんと全然!」
「そうかなー・・・すっごく仲良いって思うよ?別の友達も言ってるもん」
「はっ!めーわくだよ!そんな、勝手に仲良くされちゃあ!ただ、不二とは三年間偶然にも同じクラスだから何となく話するだけなんだもん」
何がめいわくだよ、だ!こういうときばかりは素直になれない口が恨めしい。本当は三年間同じクラスで、今隣の席を陣取る事が出来てすんごくすんごく嬉しいくせに!そう思っていてもにでさえカミングアウトできない自分は相当のひねくれ者だと思う。一体、前世で何かしちゃったんじゃないかってくらい、性格が悪い。
誤魔化すようにご飯をかっ込んで、何か言わなくちゃ!とパニくった頭で、殆どご飯を噛まないままそれを嚥下する。
「そういうのはほら、菊丸に聞きなよ、それこそあいつら仲良いんだから」
嚥下したご飯の固まりは、思いのほかちょっと苦しかったが、何とかゴックンと飲み込んで言いやった。そうすればの眉が明らかに下がるのがわかる。
「・・・それに菊丸くんには聞き辛いよ・・・できれば内密にしたいの。サプライズの方が嬉しいじゃない?でも菊丸くんって、ほら・・・黙ってるのとか、難しそうだし」
結構顔に出るタイプじゃない?と正論を返されてしまった。私はまあ顔に出るのはも一緒だと思うけど・・・と心の中で呟いて、「まあ確かに」と頷く。そうすれば「わかってくれた?」と表情を明るくする。
「本人に気づかれないようにさりげな〜く欲しいものとか聞こうと思ったんだけどね、勘が良いから気づかれちゃいそうだし・・・そう思ったらしか居なくって・・・」
言われて、う、っと言葉を詰まらせた。のこの視線は苦手だ。まるで捨てられた子犬のような、同情心を見事仰いでくれる瞳。
無下に断れなくなってしまう。「お願いお願い」と無言の圧力が掛かってくる。でもそんな姿を見れば不安が募る。・・・がそんなに真剣になるのは、不二の事を好きだからじゃないか、とか。・・・勿論この場合の『好き』は、私と同じの『好き』の意味で、だ。
「ねえ、ってもしかして不二の事、好きなの?」
ドクドクドク、心臓が騒ぎ出す。ついに、聞いてしまった。ずっと、不安に思っていた、疑問。Noであって欲しくて、Yesの答えが聞きたくなくて、ずっと逸らしてきた問題。でも、こんな反応示されたら・・・もう、気づかないふりは、辛い。ああ、緊張で口から心臓が出てきそうだ(実際そうなるなんて絶対ありえないけれど)そうすれば、きっかり3秒。は沈黙して、でも、その顔がどんどん朱色に変化していくのに気づいた。
もう、決定的かもしれない。
「、あの・・・私、ずっとに黙ってたけど・・・本当は―――」
頬を赤らめる親友に、なんて声を掛ければ良いの。そう思ったときだった。「お待たせ」の声が届いたのは。見上げれば、二人の姿があって。私たちの思考が、停止した。ポカン、とにいたっては今言おうとした台詞は勢い良くストップされたわけだ。それから、「何の話してたの?小声で」の問いかけに慌てふためく。まさか、不二、君の事です。なんていえるわけも無く。「な、ななななんでもないよ!」と、絶対何かあるだろ、って程動揺したの声が一際響いた。
「ねっ?何も無いよねっ?」
それから、無言の圧力。絶対言わないで。目が、物語っていた。私はこくりと頷いて、パンを持ったままの二人に視線をやって。「もち、ろん」と歯切れの悪い返事を返した。・・・もっと元気欲返したかったが、余りにも先ほどの事が私にはショックすぎた。
「ほんとかにゃ〜?なんかちゃんの態度怪しいにゃあ?」
「ほ、ほほほほほんとなんでもないよっ!」
「僕らの噂?」
「はっ、自惚れるのもいい加減にしなさいよ!だあれが不二たちの噂なんて」
「ふふ、ほんと厳しいお言葉で」
ズキリ、ズキリ、と胸が痛んだ。
いつまでも可愛くなれない自分に対して、と。いまだ顔を赤らめて不二を見つめるに気づいて。
だって、に勝てるわけないって、解ってるから。
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