神様は、きっと平等なんかじゃなかったんだと、思う。
だって、もし平等だったと言うのなら、どうしてこんなに貧富の差が激しいの。
どうして、綺麗な子やそうでない子を分けたの。
・・・みんな一緒だったらよかったのに。
そして、神様はきっととても意地悪だ。
だって、よりにも寄って、私の大好きな友達と私の好きな人を一緒にしてしまうんだから。
・・・天から見下ろしている神様は、きっと慈悲の心があるんじゃなくて、世界で一番のサディストに違いない。
そんな神様、大嫌いだ。
カレンダーを見つめて、私はため息を付いた。
それは、先日のとの会話。
『そろそろ不二くん誕生日でしょ?何かプレゼントあげたいなーって思ってるんだけど、不二くんの好きなものとかわからなくて』
不二の誕生日が、今月ある。毎年より一つ多くなった日付。二月二十九日。閏年。それが、不二の誕生日だった。四年に一度となれば、不二を好きな子は気合が入るだろう。
二月に入ってから、表面的には何も変わっていないが、同じ女だからわかる、と言うものがある。最近、女の子は浮き足立っている事。きっと不二の誕生日も含まれている、が、今間近に迫っている目下の悩みは―――二月十四日。セイント・バレンタイン・デーだ。
女にとっては勝負の日と言っても過言では無い。だって、もしかしたらそのプレゼントによっては意中の彼のハートをキャッチしちゃう可能性だって有り得ちゃうのだから。
雑誌の特集ではでかでかと手作りチョコレートの作り方とか、素敵なバレンタインデーの過ごし方とかが紹介されている。
このバレンタインデーは、かーなーり重要だ。だって、上手くすれば不二と付き合えちゃうんじゃないって考える女の子だって沢山居るはず。そうなれば、四年に一度の彼の誕生日を二人っきりで過ごせちゃうのも夢では無いのだから。不二に恋しちゃってる女の子は、そりゃあもう力の入れどころだ。
・・・きっと、も頑張るに違いない。
アノ子は女の子らしいから、きっと可愛くラッピングして不二のハートを射止めちゃうかもしれない。そう思うと気が気じゃない。は私と不二がすっごく仲良いと言っていたけれど、それは正解であって間違いだ。・・・だって、自分の事だからわかる。・・・自分は不二にとって、女じゃない。異性ではないのだ。の好きな人がイコール不二だと気づいてから、二人を改めて観察していると、気づいた事がある。いや、前々から思っていた事だったけれども・・・改めて、思い知らされた事があった。それは、に対する不二の態度、だ。・・・明らかに、目が優しい。
きっと、不二もの事を好きに違いないのだと。
は不二にとって特別な位置にいる女の子、なのだ。
そう気づかされたら、私のすっごく仲良いなんて、ちっぽけなものだ。だって、到底及ばない。は、私の欲しくて溜まらないポジションにいるのだ。
ぎゅ、っと唇を噛み締める。カレンダーの14と29の数字を見るだけで、涙が出そうだ。
改めて見なくても、二人が付き合ったらお似合いだろう。もし、付き合うことになった、って聞いてしまった場合、私はどうなるんだろう。「おめでとう」って笑顔で言えるだろうか。大好きな親友と、大好きな人。どっちも大切で、どっちも手放したくない。祝福すべきだって思ってるけど、きっと出来そうにない。そう思うなら、自分も素直になる努力をしなくちゃならないって思うけど―――。
「・・・ダメ、だあ」
コツン、とカレンダーに頭をぶつけて、私は瞳を閉じた。ジーン、とこみ上げてくるものがあったけれど、無理やりに止めた。
「バレンタインデーだねん」
今、触れられたくない話題を口にしたのは、36のKY、菊丸英二なる男だ。
談笑が絶えない教室内で、けれどもしっかり私達四人に聞こえる声でぽつり。と呟いた。それに固まったのは菊丸以外の私達三人だ。あえて誰もそのネタには突っ込まなかったのに、見事突っ込んでくれちゃったこの男はさすが大物。「え、何さ。みんなぽかーんってしちゃって」と自分の爆弾発言(だと私は思っている)に気づいてない様子で、パチパチと大きな目を瞬かせ、持っていたお箸で私達三人を順番に指差した。そこで不二が「行儀悪いよ」と突っ込んだので菊丸は直ぐにその行動をやめたが。
その代わりに「だあってさ〜!」と言いながら口を尖らせる。・・・そういうことしても可愛い!で済んでしまうのがこの菊丸と言う男だ。全く、羨ましい容姿と性格だと思う。(実際は170以上も身長があって図体はでかい筈なのに)ぶーぶーとブーイングとばかりに不二を見やる。
「な〜んか俺、こういう雰囲気苦手っ。ドキドキすんだけど、めっちゃ不安って言うオーラが教室中びっちりって感じぃ」
「えっ、でも菊丸くん達は普通に貰えちゃうでしょ?」
それにいち早く突っ込んだのは、だ。菊丸はその問いかけに「んー」と曖昧な声を漏らした後
「そんな事無いよっ、結構不安だもん!・・・不二はそうでもないだろうけどー」
「そこでなんで僕の名前出すの?英二の方が沢山貰ってる癖に」
「えっでも確かに、不二くん沢山貰いそうだよね」
三人の会話がやけに馬鹿みたいに自分の脳内に木霊する。その会話の中でやっぱり不二は沢山貰ってることに落ち込んでしまう。
いや、三年も一緒になるとそういう場面見たことあるから知らなかったわけじゃないけれど。でも、こういう話は何度聞いたって平気になんてなれない。しかも内容が内容なだけに私は入るタイミングを思いっきり逃してしまった。去年は何個貰っただとか、テニス部で一番チョコレートを貰ったのは誰だったとか。盛り上がっていくバレンタインの話に、私は一人疎外感を感じ始めていた。その時だった。
「まあ、確かに貰えないんじゃないかって言う不安は無いよ」
にこにこ、と余裕タップリの台詞に、私はエビフライを掴んだ手が一時止まってしまった。一緒に思考回路もストップしかけたが、「ええ!」と言う菊丸の驚き声で我に返る。私の耳はどうやら正常に働いているようだ。聞き間違いじゃない。確実に貰えますよって言う意味の言葉だ。もしかして、それは・・・。私には心当たりがあって、思わずの顔を見つめてしまった。も驚いたような表情をしているので、私の勘は外れているのか?と思ったが、でも勘の良い不二の事だ。もうの気持ち(恋心)には気づいているのかもしれない。
「そう、なの?」
何処か緊張している風なのは、不安に思っているからかな、と私は思った。だって、下手したら『本命から貰えちゃうよ』的な発言と取られても可笑しくないからだ。不二を見れば「うん」と何処までも爽やかだ。ざわざわと胸が騒ぐ。ああ、聞きたくない。もうそういう話は厭だ。気分が沈んでいくような気がして。いや、これは気じゃなくて確実に沈んでる。私は止めたままであった箸を無理やりに動かして、エビフライにガブリとかぶりついた。
「ね、ねえそれって、誰、なの?」
が無理にテンションを上げている事は明白だ。それでも素直に聞けてしまうのは彼女の長所だ。ある意味、強い。私なら無理だ。こうして現実逃避するように目先の事から逃げることしか出来ない。私は聞きたいようなでも聞きたくないような複雑な気持ちで不二の答えを待っていた(結局、聞きたいんだ、って思う)そうすれば、ふふっと上品な笑い声が聞こえてきて。
「だって、間違いなくがくれるからね」
「ぶっ!・・・ごほっ」
思わず、飲み込んだエビフライがまた戻りそうになった。へんな風に器官に入ったようだ。何度か思い切りむせこむと、隣に座っていた私のむせこみの原因である不二が「大丈夫?」なんて言いながら涼しい顔で私の背中をトントンと叩く。苦しさの余り涙目になってしまっていて、その目のままを見やれば、「そ、うなん、だ」とショックを受けている。あああ、結構これって辛いかもしれない。私としては嬉しい発言だ。けれども、の事を考えれば、素直に喜べない。いや、まあひねくれた性格の私だからの気持ちを知らなくても素直に喜んではないと思うけれど。そうじゃなくて・・・心の中で、さえも喜べないって意味だ。
何度かゲホゲホと咳き込んで、ようやく落ち着いた頃、私はキっと不二をにらみつけた。「?」と何故睨まれているのか解っていないといった風な表情が私の視界に映る。そんな姿さえ、ときめいてしまう自分が癪だ。恋愛はいつだって惚れたもの負けなのだと思う。それでも私は「もう、不二ってば・・・恥ずかしいじゃない」なんて照れちゃうキャラじゃないので(寧ろそれを実践したら周りからお前どうしたんだよと突っ込まれる事間違いない)私はビシッと言ってやったのだ。
「自惚れんのもいい加減にしてよね!だああれがアンタなんかに!他の子からもいっぱい貰ってる不二にあげるチョコレートなんて生憎持ち合わせてないのよ!チョコ代が勿体ないわ!!」
・・・でも、だからって。此処まで言うつもりは無かったのに。
でも、言ってしまったのはもう取り消せない。私の声に、教室内がシン、と静まり返った。さっきまでの騒がしかったお昼の風景何処行った?ってくらい、周りは静かだ。思いのほか私の声は室内に響いたらしかった。いつも毒を吐いている私だけれど、きっと此処まで酷く言ったのは、初めて。(じゃないかもしれない。多分以前にも言ってる気もする)
「・・・ぁ」
さすがに、いつも言った後自己嫌悪に陥るが、今回は重症になることは間違いナシだろう。だって、いつだってどんな事言ったって、どんな酷いこと言ったって、不二の笑顔は崩れる事が無かったのに。なのに、ナノニ、な の に。
「・・・さすがにそう全否定されると、傷つくなあ」
言葉は、いつもと変わらず軽口なのに。笑っている筈なのに。(どうして哀しそうなの)
何処かその笑顔は、いつもと違っている風に見えて。(本当に、傷つかせてしまったようで)
私は、言葉を失ってしまった。(でも、そんな中でも「ごめんね」といえない自分が、酷く厭だった)
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