夕陽に向かって「バカヤローーーーーー!!」と叫んでしまいたかった。
でも、この場合の馬鹿は、キラキラ輝く夕陽では無く、私自身の事だと、思う。
本当に、私は世界で一番馬鹿なんじゃないかと、本気で思った。
『・・・さすがにそう全否定されると、傷つくなあ』
明らかに、傷ついてたのに、気づいてしまったから。どうして私は不二のことがすきなのに、大好きな彼を傷つける言葉しか吐けないのだろう。そんな声しかでないのなら、こんな声、出なくなれば良いのに。一生喋れなくなれば良いのに。世の中の声が出ない人にあげれたらどんなに良いか。
はたまたそれが出来ないのであればいっその事、何も『言葉』と言うものを知らなかったら良かったのに。そうしたら、きっとあんなに不二を悲しませること、無かったに違いない。
あれから、数日が経った。時は十三日。ついにバレンタインデーは前日に迫っていた。・・・アレ以来不二は何も変わった様子は見せなかった。まるであの事件は無かったかのように、私と不二の関係が無くなるなんてことは起きなかった。それは一重に、不二のお陰だ。あの日私はめちゃくちゃ自己嫌悪に陥った後、明日どうすれば良いだろう、とそればかり頭を悩ませていた。明日こそはごめんなさいと謝ろう。そう意気込んで登校した。けれども、ドアを開けて待っていたのはいつもと変わらない笑みで迎えてくれる不二だった。あまりに自然に「ああ、おはよう」なんて挨拶されてしまうから、私は見事に謝るタイミングを逃してしまった。
ただ、前みたいに必要以上に構われなく、なった。前に、菊丸に聞いたことがある。「不二は気に入った子からかうの趣味だから」と。それを聞いて、少なからず嫌われては無いんだと安堵したのを覚えている。そりゃあ不二のからかいのネタは毎回きわどいのとかあったりして、心臓に悪かった。私の気持ち知ってて言ってるんじゃない?って思ってしまう程の事も言われた事がある。前回のチョコレート事件の台詞だって、結構きわどい。正直、マジで心臓持たないからヤメテと思った事はある。
けど、だけど。
本当に無くなってしまうと、辛い、って言うのが、本音だ。無くしてから気づくってこういうことを言うのだろうか。感傷に浸ってみたりして。
そんな、十三日の放課後。私は挨拶をそこそこに、足早に学校を後にした。目指すべき場所は、チョコレート売り場。今更、手遅れかもしれない。けど、でも。悪あがきだと言うことはわかっているけれど。それでも。
不安が、大きくなるのだ。これからどんどん不二との関係が薄くなっちゃうんじゃないかって。いつか「飽きちゃったな」って友達としての資格もなくなっちゃうんじゃないかって。そう思ったら、何かしなくちゃって。その何かが、チョコレートを渡すことって言うのがもうちょっと何か無いのかと言う感じがしないでもないけれど、今の私に出来る最大の勇気で。
案の定、チョコレートコーナーは、本当に凄い人だった。人がごった返している。まるで、うごめくその物体(この場合女子)が飴玉に群がっているアリの集団のように思えてくる。遠くの方で見て、思った。怖い。正直、この中に入りたくない、と思ったけれど、目当てのものはそこが一番だ。―――ゴクリ、喉が鳴る。意を決して、足を踏み入れた。その時だ。
「あれ??」
誰かが、私の名前を呼んだ。振り返ると、そこにいたのはだった。きょとん?と首を傾げる仕草は、女の私から見ても可愛い。思わぬ人物に見られてしまったことに、一気に羞恥心が募っていった。「もチョコ買うの?」女の子らしい声が、耳に届く。「ち、ちが!これ、美味しそうだなって思って!誰かにあげるとかじゃなくって!」大げさに否定している自分が凄く阿呆みたいだけれど、そこまで言って、私はの言葉を思い返した。今、は『もチョコ買うの?』と言った。『も』って事は、は誰かに上げると言うことになる。そしてその人物に心当たりがあって、私の胸がズキリ、と痛んだ。
「あ、の・・・、は・・・誰に?」
声が、震える。私が問いかけると、の顔が見る見るうちに真っ赤になった。ビンゴ、だ。ズキズキズキ、胸が痛む。「あ、えっと」目を泳がせながせた後、または私に視線をやって、えへへ、とはにかみ笑いを浮かべた。次の瞬間「本命、でしょ?」と茶化すように言っている自分に気づく。あ、また慌てている。本当に、反応が素直だ。・・・私もこれくらい素直になれたら。どんなに思ったか。もじもじと恥ずかしそうに手を弄んでいただったけれど、何か決心したように思い切り顔を上げて私を見つめて、口を開いた。
「あの、ね。私、この前からに言おうって思ってたんだけど実は好きな人が、居て・・・あの・・・えっと、その相手って言うのがね!」
「あ、うん。解ってる」
「えっ!?なんで!?」
その言葉を聞きたくなくて思わず遮るとは心底驚いているようだった。ズキズキズキン。胸が締め付けられる。それに気づかないフリをして、「見てたら気づくってー」とおどけたようにまたは呆れたように言った自分は、我ながらとんだ役者だ。きっとハリウッド女優も顔負け(それは言いすぎかもしれないけど。でも今ならアカデミー賞くらい貰いたい、本当に)
今やまるで林檎のように顔全体を真っ赤にさせたは「あーうー」等と恥ずかしそうに両手で顔を隠している。
「やっぱりって鋭いよね。あは」
キリキリ、と胃まで痛くなってきた気がする。照れたように、また己の熱を隠すようにパタパタと自分の手を団扇代わりにして風を送る動作をした後、「折角だし、一緒に行こうよ!」と手を引っ張られた。本当は、行きたくなかった。けれど、断る権利は今の私には無い。促されるままに売り場に辿り着いた。
「コレが良いかなー。あーでも、これも・・・うー迷う」
売り場には色とりどりの、チョコレート。年々バリエーションが増えている。可愛いものからシックなものまでそれは様々だ。そんな中、は何度か気に入ったチョコレートを手にしては、あーでもないこーでもないと悶々と考えている。恋する乙女、彼女にぴったりな言葉だ。思わず「真剣だね」と言う台詞がぽろりと口から零れ出ると、は一旦チョコレートの山から視線を外し私を見た。
「えっ!だ、だって・・・やっぱり、好きな人に喜んでもらいたいもん。あー・・・緊張するっ」
「きっと、アイツなら喜んでくれるよ」
ぎゅうーっと胸に組んだ手を押しやって、うーうーっと唸っているに、そんな一言を送る。アイツ、とは不二の事だ。どうしても、『不二なら』とは言えなかった。それでも『アイツ』で誰を表しているのかは気づいたようだ。
「そう、かな?」
「だって、そういう奴じゃん。・・・人の好意を無下に断る奴じゃないじゃん」
「うん、それはわかる。・・・だって、私彼のそういうところ好きになったんだもん」
私が好きになった一つである不二の長所の一つを、も好き。
そう思うと、涙が出そうになったけど、何とか押しとどめて「もう、ほんと妬けるなー!」と軽口で言いやって私より背の低いの頭をぐし、っと撫でた。
「あれ?買わないの?」
ようやく明日渡すチョコレートを決めたは急いで会計を済ませると、先に売り場から離れていた私の姿を探して、そう問うた。もっともな疑問だろう。出会う前にチョコレートコーナーに入ろうとしていた人間が、一つもお目当てのブツを買っていないのだから。私は「あーうん」と曖昧に笑んだ。どう切り返せば良いのか、困ってしまう。けれども私の当惑をよそに、は言葉を続けた。
「も買おうよ!・・・後悔しないためにも!」
は私の気持ちを知らないから言えるんだろう。不二を好きだってカミングアウトしてなかった過去の自分を褒め称えてやりたい。だって、もし言ってしまっていたら絶対辛かったの決まってるから。辛いのは自分だけで良いなんて悲劇のヒロインぶるつもりはないけれど、でも親友だからこそ、傷ついて欲しくなかった。私に遠慮なんてしてほしくなかった。
ねえ、だけど。
ごめん。私、には幸せになってほしいって強く思ってる。それは嘘じゃない。けど、でも・・・それでものこの恋が上手くいって欲しいとは、どうしても願えそうにない。・・・こんなの、親友失格なのかもしれないね。
結局押し切られる形で買ってしまったチョコレートの入ったビニール袋のもち手を強く握り締めて、私は心の中で何度も何度もに謝罪の言葉を送った。・・・このときばかりは、の笑顔を真っ直ぐに見られなかった。
嬉しそうに明日のことを話すに本当は、今、この場で「私も不二が好きだ!」って叫んでしまいたかった。
でもそんな事は言えなくて。心とは裏腹に「頑張ってね」と笑っている自分と、明日が来なければ良いのに。そう思っている自分が酷く、醜い人間だ、って心の底から思った。
偽善者な自分に吐き気が、した。
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