抱きしめてKissをしよう




楽しいだけの恋愛なんて、そんなのあるわけない。それは今までの片想いから学んだ事だ。
だけど、だからってこういう展開は、余りにも辛すぎる。
友達と好きな人がダブる、なんて・・・。

でもそれを打破する術を私は持っていない。
今日は、十四日。バレンタインデー。
毎年、投げつけるのが常になっていたチョコレートを、今年ばかりは、渡せそうに無い。
だけどそう思うのに、結局毎年のように鞄の中に入れ込むのはもはや習慣のようなモノ。





次の日、当日はえらいことになるんだろうなーと予想していたが、登校していた私達を待っていたのは、至極平穏なそれだった。
毎年、一人はお目当ての彼を玄関で待ち伏せしている子を発見するのに、今年はそれがない。その現状を目の当たりにして、私は昨日の担任のHRでの話を思い出していた。
そういえば、毎年毎年バレンタインデーは凄い騒ぎになるから、チョコレート持ってくるの禁止って言ってたっけ。その余りにも酷い言い草に『モテないからひがむなよ〜!』とか『ちゃんと先生にもあげるから〜』と茶化す生徒がいたけれど、先生は断固として拒否していた。

『とにかく、明日、もしチョコレートを持って来て、それを誰かに渡すのを見つけた際には没収な!』

冗談半分かと思っていたが、どうやら本気のようだ。今のこの状態が証拠だろう。いつもと変わらない日常にほんのちょっぴり戸惑いながら、私は教室に向かった。その先でも、やっぱりチョコレートを見かけなかった。
ガラリ――、ドアを開けると、一斉に視線がコチラに向けられた。集団からの視線は怖い。ビクっと身を固くすると、その視線は直ぐに外された。「なんだ」と、明らかに安心した様子の声が聞こえてくる。不思議に思って一グループの輪を覗いてみると、机に散らばっているのは、チョコレートだった。ああ、成る程。何となくそれだけで事態が読める。きっと、ドアが開いたことから教師だと思ったに違いない。

「さっきやばかったんだよ。先生ってば抜き打ちで教室覗き込んできたの!」

私の表情に気づいたのか、一人のクラスメートが私に教えてくれた。後ちょっとでチョコレート没収されるところだった。と、広げたチョコレートを食べている。多分これは自分用チョコだろうなと容易に予想がついた。それを見ていると気づいた友人が「あ、も食べる?」と勧めてくれたので、私も一つだけ頂くことにする。口に頬張れば甘いミルクチョコレート。まろやかな風味が何とも言えず、美味である。「うわ、おいし!」思わず口を押さえて感動を伝えると「だよね!!」とちょっと興奮した声が帰ってきた。

「先生はアレなのよ、多分去年チョコレートもらえなかったんだよ。だから生徒のチョコ没収して後で自分が食べるって戦法よ。何て大人って汚いんだろうか。職権乱用だよ」

言いながらバクバクとチョコレートを食べ続ける友人を見て、いやでもまさかそこまでは。と思ったが、とりあえず「そうだね」と相槌を打っておくことにする。それから軽く二言三言会話して、私は自分の席を見やった。・・・どうやら、今日は木曜日(部活の練習日)だと言うのに、私の方が遅かったようだ。もう自分の椅子に着席している彼の姿を発見してドクっと心臓が脈打つ。それから私は平然を装って、自席に近づいた。

「おはよう」

声が掛かる。誰か、なんて愚問。勿論不二の声だ。途端激しくなる鼓動。「はよ」私は素っ気無く返事を返すと席に腰掛けた。
・・・どうせなら、この口の方も素直になれば良いのに。「はあ・・・」小さなため息が零れる。こんなときばっかり素直なんだ、この口は。





放課後に、なった。
何ら変わった事は無し。昼休憩に菊丸がソワソワしていたが、それでもいつ教師が来るかわからない状況ゆえ、そのアクションを起こす勇敢なチャレンジャーは居なかった。それでも、他クラスからは遊びに来たという名目で、こっそり手渡しする生徒もいたが。明らかに今年のチョコレートは少ないらしく、菊丸の表情は少し納得がいってないようだった。そんな時だった。放課後、部活の練習日だった菊丸と不二が持ってきたテニスラケットを肩に掛け、さあ部活。って時。「菊丸くん」その声が掛かったのは。菊丸が振り返ればそこには顔を真っ赤に染めたクラスメート。これはアレだ。他人の事ながら、ピンと来てしまった。「ちょっと話したいことがあるの。良いかな?」そこまで大きな声ではないはずなのに、私の耳には十分届いた。どうやらビンゴのようである。菊丸は「OK」と二つ返事で頷くと、クラスメートと何処かへ行ってしまった。不二に「先に部室行っといて」と付け加えて。
此処で、願っても居ないチャンス到来だ。今なら、不二が一人。義理チョコを装ってついでにこの前のお詫びと言う名目で鞄の中に潜んでいるそれをどうにか渡せないものか。心臓がバックンバックンと破裂しそうなくらい膨れ上がっているような感覚がする。去年や一昨年はどういう風に渡していただろうか。思い出せばろくな渡し方をしていないことに気づいた。去年のことである。

はチョコくれないの?』
『は?なんでよ』
『だって僕の事スキでしょ?』

多分、不二の冗談だっただろう。でも触発されて、つい、渡してしまった。いや、渡す、なんてしおらしさはカケラも無く、頭が真っ白になった私はそれを不二に向かって投げつけた・・・気がする。そして

『間違えないでよ、それ完璧な義理チョコだから!義理チョコ!本命なんかじゃないからね!』

とかなんとか、念を押していってしまったような気もする。とにかく、バレンタインとしては成功半分失敗半分と言ったところだった。(認めたくはないけれど、きっと不二がああ言ってくれなかったら渡すことすら出来てなかっただろう)
だから、どうすれば良いのか。今年の不二は先日の事もあってか、わざとチョコレートの話題に触れない。と言うことは、だ。他力本願は望めないわけだ。自分の力量が試されている。冷や汗が流れた。でも、此処で勇気を出さなければ・・・、

「不二くん」

けれども、やっぱり上手くはいかないらしい。私が呼ぶよりも先に、その声が不二を呼んだ。「ん?」と不二が私の方を見る。正確には私の後ろにいる人物を、だ。ズキン、ズキン。胸が痛みだす。声の主は私にとってとっても身近な人物のものだった。そこで私は重要な事を忘れていたのに気づく。

「ちょっと、良いかな?」

緊張した様子の声が私の耳に否応ナシに入り込んでくる。不二の応えはYesだ。私の隣からするりと離れていく。その時に響いた椅子の音がとてもリアルだ。私は二人の背中を見送ることしか出来なかった。の手にはいつも見慣れた学生鞄。その中に不二へのチョコレートが入っているんだろう。ツクツク、と胸が刺激されて、涙が出そうになった。それでも私は「待って!」と声をかけることは出来なかった。結局こんな状況になってもただ、黙っているしか出来ない自分が、弱くて、何よりさっきまでの考えを思い返すと滑稽だった。何が勇気、だ。には勝てっこないと言うのに。こうまではっきりとした勝負、見たことない。

だって、決定的じゃないか。

素直で可愛い女の子と、ひねくれもので可愛くない女の子。
主役にふさわしい子に適任だと思うのは前者だ。それは昔からのセオリー。誰だって、素直で優しい子が好きに決まってる。不二だって例外じゃない筈だ。

あっと言う間に人目をかいくぐって、不二たちの姿はドアの向こう側へと消えていった。
もう、数分後には失恋決定だ。「・・・ばっかみたい」自分自身に毒づいて、それでも私はその場から動くことが出来なかった。
周りの動きが全て、止まったかのように感じられた。

「ほんと、世界一馬鹿だ」

ぽつりと吐き出した台詞は、騒がしい室内に届く事無く消えていった。





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