抱きしめてKissをしよう ―2月29日―




『キスして安心させてあげる』

あの告白から、私と不二が正式に、付き合うことになった。そして、数日が経ち、ついにこの日がやってきてしまった。
毎年きちんと渡せなかったプレゼント。私のめいっぱい込めた気持ち。今年こそは・・・と思ったら意気込んで無意識のうちにペンをぎゅうっと握っていた。
明日は2月29日。四年に一度だけ現れる、たった一日だけ増える、日。はたから見たらただの閏年。でも、私にとってはかけがえの無い、記念日。




予想はしていたけれど、この日は凄かった。朝来たときにはもうすでに始まっていたそれ。毎年恒例となっているイベント。だけど、今年は例年と違う。更に気合の入った、それ。私はついて早々「おはよう」の前にため息をついてしまった。隣に座る彼氏――不二はにこやかな笑顔で、何でも無い風に「おはよう」と言ってくれたが、私は笑顔になる気にはなれなかった。
気が、滅入る。・・・覚悟していた事だったけれども、こんなに辛いとは思わず、期せずして、私はまたため息を吐き出した。

不二の目の前にあるのは、綺麗に包装されたプレゼントだ。一つ一つから、想いが伝わってくる気がして。私の気持ちは沈んでいく。でも、それを「早く隠して」とも「なんで貰っちゃうの?」ともいえる訳が無い。そんな心の狭い人間だと不二に思われたくは無かったし、何より、そのプレゼントからは彼女たちの想いが凄く詰まっているに決まっているから、何も言えなかったのだ。彼女たちの想いは自分と同じなのだから。そうすれば無下にさせることなど出来るわけが無い。それでも、やっぱり自分の好きな人に、頬を染めてプレゼントを渡している彼女等を見ると、どうしても早く今日が終われば良いのに。としか思えなかった。

・・・自分で、言ったクセに。

バレンタインの日、不二は言った。私からのチョコが貰いたいから誰からのチョコも貰わなかったと。それについてからかわれているのかと勘違いしていたけれど、不二は本気だったことを知った。愛されている、と感じたのは嘘じゃない。嬉しいとも思った。けれども、誕生日もそういう風に断ってしまったら、なんか・・・ちょっと罪悪感で(それは不二に対してなのか、女の子に対してなのか、はたまた自分自身に対してなのかはわからない)とにかく、そういう事で私自身が不二に「普通に受け取って!」と言ったのだ。でも、実際見ると・・・やっぱりキツイ。でも今更「やっぱり貰わないで!」とはいえる筈もなく・・・。



昼休憩になった。今日は不二と菊丸は何でも今日テニス部のミーティングに参加しなくちゃなんとかで(勿論彼らは引退しているんだけれども・・・大切な事らしい)、お昼をそそくさと食べた後、部室へと行ってしまった。ゆえに、今居るのは。私が小さくため息を付くと「元気ないね?」と声が掛かって、私は顔を上げた。・・・どうしようか、そう考える。でも不二との想いが通じたあの後「今度からは何でも話して!・・・後で知る、なんて辛いもの。が一人で苦しんでるなんて、厭だよ」とは言ってくれたのだ。そして私達は言える事なら何でも話すと言う協定?を結んで―――更に仲良くなったように思う。
そんな事を思い出しながら、私はふっと今日ずっと考えていた事を密かに打ち明ける事にした。

「今日、不二の誕生日じゃない?」

そういえば、彼女がコクリ、と頷く。そんなの解りきってる事だ。先ほどは菊丸と一緒で、と言って不二にプレゼントを渡したばかりだったのだから。私ははあ、とため息をついて、更に話を続けた。もっと、ちゃんと彼女に伝わるように、だ。

「今日、不二沢山プレゼント貰ってたんだ」
「・・・まあ、・・・不二君って人気だし・・・それに誕生日が誕生日だから、ね・・・気合入るかもしれないね」
「・・・私、凄く心が狭い。・・・不二がプレゼント貰ってるところ見ると、凄く厭な気持ちになるんだ」

恋する女の子の気持ちは、痛いほどに解っていた筈なのに。密かに思い続けるだけは自由だって、思ってた筈なのに。不二と付き合い始めてから、独占欲が強くなったように思う。・・・不二は私の事を好きだと言ってくれた。私を特別だとしてくれた。でも、それが永遠なのか、保障は無くて・・・。ネガティブに考えても仕方が無いって解っているけれど、一度考え出すと不安がふつふつと湧き上がって、どうしようも無くなるのだ。
不二が、他の子からの告白に『Yes』と傾くはず無いって思ってる。信じてるのに、不安。怖くて、他の人のトコロに行っちゃうんじゃないかと思うと、今日この日が来るのが凄く憂鬱だった。現に今、かなり凹んでるかもしれない。

〜・・・」
「・・・最低だね。こんなんじゃ、いつか愛想つかされちゃうよ」

ズキリと胸が痛むけれど、それを冗談っぽく返してしまうのは私の悪いクセだ。でももう十何年も付き合ってきた性格。中々変わるに変われないのだ。苦笑交じりで言い放つと、何故だかの方が泣きそうな顔をしていた。それから「解るよ」と一言。その言葉にじっと見入ってしまうと、の声が続く。

「人気者の彼氏を持つと、不安だよね。うん、解るよ。私だってそうだもん。・・・ムードメーカーな英二くんと付き合うことになって、すっごく幸せ何だけど・・・でも、同じようにすっごく不安なの。でもそれって普通のことだと思う。それだけ本気で好きって事なんだ!って私思ったよ?だからが自己嫌悪に陥る事なんて無い」
・・・」
「ネガティブなんてフッ飛ばしちゃえ!良いじゃん。人気者の彼氏。自分の好きな人を『ええ!あんな人と付き合ってるの!?』って卑下されるより、『彼、かっこいいもんね。私も好き』って言われたほうが絶対得だよ!・・・私はそう思うことにしてる。だから、も前向きに、だよ!周りがどうだって関係ないじゃん。だって、不二君が好きなのは他の誰でもない、本人なんだから」

ねっ?とウインクされて、私は固まってしまった。なんて、綺麗に笑うんだろう。なんて、澄んだ心を持っているんだろう。なんて、強いんだろう。なんて、なんて―――ああ、羨ましいんだろう。目の前の彼女は自分と同い年の少女の筈なのに、私より全然大人だ。そんな風に自分もなりたいと思う。「ほら、スマイル、スマイル!」にこっと笑った彼女の笑顔は、本当に、本当に素敵で、綺麗で、穢れが無いな、と感じた。自分もそんな風に笑いたいと思った。・・・笑えていると良いな、と感じた。



結局、私は不二にプレゼントを渡せないでいた。結局本日の授業は全て終わってしまった今でも、どうすることも出来ないで、渡そう渡そうと思って買っていたプレゼントは鞄の中に眠ったままだ。
ドクドクと、心臓が騒いでいる。厭な汗が背中を伝っている気がする。そんな心情に気づいてない不二は帰りのHRが終わると、いつものように(付き合い始めてからはもう日課となっている)私に微笑みかけると「じゃあ帰ろう」と促した。コクリ、と頷いて、一緒に教室を出た。それが、さっきの出来事だ。
29日は、寒かった最近とは打って変わって、快晴と呼ばれる程の清々しい天気だった。小春日和、と言うんだろうか。日の光が暖かい。今日ばかりはマフラーをとっても平気そうだ。
私は不二と二人歩きながら、帰路していた。さり気無く不二が歩調を合わして歩いてくれているんだと気づいたのは、付き合い始めて暫く経ってからだった。今も、私のペースに合わせてくれている。それがわざとらしくなくて・・・なんていうか、スマートだ。何でもこなせるんじゃないかと改めて思った。
いつも話す内容は決まったことは無く、ただ、その日一日の楽しかった事などだ。同じクラスだからわかる内容だったり、体育だからわからない事だったり、様々。
今日の話の内容はどうしようか・・・そんなの愚問だった。不二を見れば、いつもと明らかに違う、それ。両手から吊るされている紙袋からは、色とりどりのプレゼントが顔を覗かせている。
ツクン、と胸が痛んだけれども、私はなんでもない風に話を進めなくてはならなかった。本当なら、話題に出したくないけれど、勘の良い不二の事だ。避けて通ったら気にしていると思われてしまう。私はいつもどおりなんらとりめのない事のように不二の誕生日について話を振った。「大収穫だねえ」と茶化しながら言うと、不二は一瞬きょとんとして、それから苦笑。「ちょっと持って帰るのが大変だけどね」と軽く紙袋を持ち上げて見せた。でもその顔はやっぱり何処か嬉しそうだ。
・・・私の誕生日は普通に毎年やってくるから、今日この日の誕生日の彼の心情なんて、ちゃんとは解らない。だけど、四年に一度しかやってこないのだ。そんなに少なかったら、ようやく訪れた誕生日が嬉しいのは当たり前。勿論、29日が無い年でも祝っては貰っていただろうけれど(勿論プレゼントも貰っていた)けれど、実際本当の誕生日に貰えるのとは訳が違うに違いない、と私は予想した。私がもし、閏年生まれだったなら、絶対嬉しいに決まっているからだ。

『良かったね』そう笑って言いたい。けれども、結局私の口から出たのは「ふうん」と言う余りにも素っ気無い、簡素な言葉だった。相変わらずな私の態度に、不二が更に苦笑する。けれども、不二はぽん、と私の頭に自身の掌を乗せると、くしゃり、と頭を撫でて

はくれないの?」

そう、言った。
触れずに、避けてきた問題。ごくり、唾を嚥下する音が、耳裏でやけに響いて伝わった。じっと不二を見れば、にこっと優雅な微笑がそこにあって。胸がときめく。あげなくちゃ。そう思う。毎年上手く渡せなかったプレゼント。今年こそは可愛らしく・・・そう意気込んだ。すう、と息を吸い込んで。

「そんだけあるならもういらなくない?」

―――なんでさ。心の中で自分を叱咤するしかない。言おうと思った台詞は口をついてはくれなかった。ひにくげな台詞に嫌気が差す。不二を見れば、ポカン、としていた。ああ、やってしまった。そう後悔しても遅い。そろそろ本気で愛想付かされるかもしれない。不安が過ぎる。でも変われない。もどかしくて、不器用な自分が厭だ。でも、やっぱり可愛らしく、それこそ乙女のように言うことなんて、恥ずかしくて出来なかったのだ。なんていうか、キャラじゃないんだよ、私の。心の中で否定して。
歩き出す。もうこの話は終わり、とばかりに。
ああ、もう馬鹿だ。馬鹿馬鹿。こんなことじゃ、今年は変な渡し方どころか、プレゼント事態を渡せないような気がした。それでも振り返って「なあんて嘘!ハイコレっ」とはいえなかった。
すると、ふわ、っと。私の首にそれが優しく降りてきて。交差する。それ、とは不二の腕だ。そして同時に背中に感じる、不二の熱。後ろから抱きしめられている。そう認識するのに、暫しの時間を要した。

「っ、ふ、不二!?」

慌てふためいたのは、この事態を把握した後。冷静でなんて居られなくて、私は振り向くことも出来ず、ただ間抜けな声を上げた。そうすれば、こつん、と不二の額が私の後頭部に触れる。そこから、聞こえる不二の声。きゅ、とほんの少し込められる不二の腕の力。熱が、上がる。

「頂戴よ。・・・一番のが欲しい。からもらえないなら、誕生日が来たって意味がないんだから」

囁きにも似た声に、眩暈がしそうだ。ああ、ああ、ああ。私は完璧にこの人に堕ちている。そう認識せざる得なかった。こく、と唾を飲み込んだ。ドクドクドク、と血液が活発に動いているのを直に感じる。こんなにぴったりとくっついていたら心臓の音が不二にはバレているかもしれないなんて事を考えていた。
不二は、気づいているだろうか。・・・そんな事いわれたら、上げないわけには行かない。たとえそれが冗談だったとしても、信じてしまう。

「ねえ、?・・・聞いてる?」

なかなか反応を示さない私に、更に降りかかってきた台詞は―――。私の名前、だ。初めて、苗字ではなく名前で呼ばれた。小説とかで「好きな人から名前を呼ばれる事がこんなに特別だとは思わなかった」とかそういう事を書いてあったのを読んだとき、「大げさだな」と自嘲していた自分が恥ずかしい。・・・本当に、特別だと、思ったのだ。「」と不二が私を呼ぶだけで、私の名前が本当に特別になる。まるで「」って名前は不二に呼んでもらうために造られたみたいに。ああ、ああ。凄く、この不二周助と言う男が愛おしい。
緩んだ腕から、少し身じろいでゆっくりと不二のほうを振り返る。「聞こえてる」ぽつり、とそれは多分凄く小さな声だったけれど不二には聞こえたに違いない。ふわり、と優しい笑みを浮かべられて、私は困惑してしまった。それから、恐る恐る鞄からそれを取り出して見せる。

それは、紛れもない不二への誕生日プレゼント。不二のことだけを考えて決めたプレゼントだ。私の気持ちが全部詰まったそれ。持つ手が震えた。近い位置にいる不二。
言え、言うならいまだ。折角のチャンスなんだ。そう心の中で叱咤激励を繰り広げていたけれど、でも結局私の口から何か言葉が出てくることは無く。ああ、このまま行けば憎まれ口を叩いてしまいそうだ、と感じた、とき。

静かに、唇にそれが振ってきた。

「!?っふ、ふっじ!」
「ふふ、プレゼント、有難う」

キスされて、私の顔が真っ赤に染まるのがわかった。そうすれば不二はたおやかに笑って、私の手の内にあるプレゼントを受け取る。(このときには不二の腕が私の体から離れていた)

「だ、誰も!誰もキ・・・ス、していいなんて言ってないでしょう!?」

興奮したように言えば、不二がだって。と笑いながら言葉を続けた。

「だって、の顔に、自分が一番僕に喜ぶモノを上げたいのに、って書いてあったんだもの」

「だから僕の一番喜ぶものを貰ったんだよ」とそう言った不二の顔は、いつもの大人びた笑顔ではなく、何処か少年を思わせる表情だった。

「お、思ってないわよ!そんなこと!」

そうは言ったけれど、不二の言ったことは本当だったのは秘密。
・・・きっと不二にはバレているだろうけれど・・・。

そんなこんなな最愛の人の誕生日。
シミュレーションどうり、にはいかなかったけれど、なんとか良い感じにまとまったかも、と心の中でほくそ笑んだ。

誕生日、おめでとう。不二。その声は不二に届いたかはわからない。





― Fin





あとがき
てことで、1日遅れましたが、不二BD夢up なんかもう本編でツンデレを頑張りすぎて、今回ツンデレになれているか非情に不安です。
2008/03/01