抱きしめてKissをしよう ―3月3日はひな祭り―




それを聞かれは「は?」と素っ頓狂な声を上げて。不思議そうに自分の部屋を見つめる彼――不二を見やった。

「だから、雛人形は?」

彼はと言えば、そんな間の抜けた声を上げる彼女に向かいもう一度問いかける。はその台詞をゆっくりと考える。それからきっぱりと「無いよ」と素っ気無く返して見せた。「無い?」鸚鵡返しに返事が返って来る。驚いた様子の不二の顔を視界に写してはもう一度コクリと頷いた。そうすれば有り得ない、と言った風に不二が喋りだしたのだ。

「女の子は雛人形を出さないとお嫁に行き遅れるよ?」

その顔は真顔で、何処か脅しのようなモノに感じられた。確かに聞いたことがある。きっと女の子なら一度ならず聞かされたことがあるだろう。幼い頃は信じていた・・・と言うか今でも信じているで合ったが、この年になれば信じない子が多い中、今でも信じている素振りは見せられなかった。サンタクロースと一緒だ。だからは至極当たり前のように「だってアレ迷信じゃない」と素っ気無く返した。きっと不二の事だ。「あ、さすがに信じてないんだね」等と言って自分をからかうつもりだろう。はそう予測していたのだ。けれども不二からかけられた声は、そんな言葉ではなく。

「それが、そうでもないんだよ」

とても、真剣な顔。思わずはゴクリと生唾を飲み込んだ。そうすれば、不二が更に言葉を続ける。

「うちの姉さんがそうだもの」

それを聞いてははあ、とため息交じりで「まだ不二のお姉さん若いじゃん」と呆れ口調で返したが、やっぱり不二の表情は固い。

「それがね、実は姉さん中三のときまで雛人形を出していたんだ」

語りだされる声は、何処か緊張を帯びている。はこれは話が長くなると予感すると、きちんと不二の言葉に耳を傾ける仕草をした。何だかんだで気になるらしい。「うん」と不二の台詞に頷けば、不二もが聞いてくれていると気づいたのだろう。ふう、と一度息をついて、昔話のように淡々と喋り始めた。

「当時、姉さんには凄く仲の良い彼氏が居た。結構長かったんじゃないかな。高校に入ってもそれは代わらなくて・・・そして、高校一年の、三月三日。さすがに高校だし、って事で毎年出してた雛人形をその年は出さなかったんだ。・・・そしたらね、あれだけ仲が良かったのに、その彼氏と突然別れてしまったんだ。・・・―――それ以来、姉さんには彼氏が出来ない」
「・・・え、嘘・・・でしょ」

何とか冷静を装おうとしたが、知らず知らずのうちにの声が震えるのが解った。けれども不二の表情は変わらない。残念ながら、と言って首を静かに横に振ると、辛らつな表情を作って見せた。
――シィン、と沈黙が流れる。はどうすれば良いのか、黙って考える。
今から雛人形でも出しかねない程、心の中ではパニックに陥っていた。どうすれば良いのだろう、どうなの!?と心の中で自分の意見が大渋滞を繰り広げるが、それを表立って出すのは少々戸惑われて―――やっぱり必然的に沈黙が流れそうになったのだ。
けれどもそれを打破したのは不二だった。

「ま、結婚が全てじゃないなら良いと思うけどね。最近では仕事を糧に生きる女性も多々いるみたいだし。現に生涯ずっと仕事一筋って人もいるしね」
「そ、そうだ、よね」
「でもそういう人って、本当にそれが一番したいことだから良いんだろうけど・・・本当は結婚したいんだったら雛人形を毎年面倒くさがらず出した方が良いと思うけどね」

結局不二は自分を上げたいのか下げたいのか・・・には解らなかった。ズウン、と気持ちが沈んでくる。恥ずかしくて言えないが、実はの最終的な夢は「お嫁さん」なわけだ。それこそガキみたいな話なので誰にも話せずにいるのだが。
かなり気分がローテンションになってしまった彼女を一瞥すると、不二は心の中で小さく笑む。

さっきの不二の台詞は、半分正解で半分不正解だ。
実際高校一年のひな祭りの日、本当に姉である由美子は雛人形を出さず、長年付き合った彼氏と別れた。けれども、それ以来彼氏が出来ないなんて事は無く・・・それなりに恋愛をしてきているのだ。軽く脅かしてからかってやろうという魂胆だった。自身気づいてはいないが、随分彼女は素直な性格をしている。うまく自分の気持ちを表せないと悔いていたが、そんな事は無いと不二は気づいていた。

「・・・でも、たま、たまかもしれないよね!?」

ようやく間を置いてが喋りだしたので、不二は小さく笑んだ。彼女の表情は切羽詰っている。は、と気づいてしまった。きっと彼女は結婚やそういう類を夢見ていることに、不二は気づいたのだ。小さく笑んだままの手をぎゅっと握る。「でもねえ」と何か考える仕草をしてから

「僕は雛人形出して欲しいなあ」
「え」
「だって、折角と付き合えるようになったのに、駄目になったら厭じゃない?」

そう言えば、数秒。きっかり五秒程黙りこくる恋人。それから耳をも真っ赤にさせると「ば、ばっかじゃないの!」と慌てた様子で捲くし立てた。今にも噴出しそうになって不二は我慢する。此処で笑ったら彼女が本気で怒ってしまう事は容易に予測できたからだ。「なんで?」との手を優しくやんわりと握りながら更に言葉を紡ぐ。

「僕はずーっとと一緒にいたいなーと思うんだけど。は違うの?」

困ったように、でも返答を曖昧にはさせないという気迫のある目で見つめると、やっぱり彼女は不二の予想通り困ったように眉を潜めた。その顔はやっぱり朱色に染まっていて、―――沈黙が流れる。でも逃がす気はない。ぎゅう、と痛がらない程度に手を繋ぐと、「」と不二は彼女の名前を優しく紡ぐ。は何度か瞳を瞬かせた後、不二を見て、逸らして、また見て・・・を繰り返した後、覚悟を決めたのか、ぽそり、と答えを出した。

「ち、がわない・・・けど」

それを聞いて、不二はにいつも以上に優しい笑みを浮かべて、ぎゅっと彼女の身体を抱きしめた。抵抗がやってこない。それどころか恐る恐る自身の背中に回された腕に、愛おしさがこみ上げる。

ああ、僕はが好きだ。

本当はちょっとからかうだけの予定だったのに、結局最終的には狂わされる。それを彼女は気づいているだろうか。いつも自分ばかりが、と思っているがそれは断じて違うのだ、と不二は思った。優しく彼女の身体を抱いて、肩に顔を埋めると彼女の優しい香りが不二を安らぎへと導いた。

そんな、幸せなひな祭り。





― Fin





あとがき>>ひな祭りの話が書きたかっただけ。ちょっと黒い不二を目指したギャグにするつもりでした。無理でした(チーン)
2008/03/03