中学1年になって、入学式から早いもので一週間が経った。短い期間だったけれど、そこでグループがある程度出来るには十分すぎる程の時間で。早くも女子の間では何個かの大きなグループが出来上がっていた。私も例にも漏れず、この教室になることが決まって、自分の席の近くの女の子と何とか仲良くなる事に成功したので、その子達のグループに入れてもらっている。
慣れない制服も、一週間経てば馴染んでくるもので、初めは苦手だったリボンも、大分上手く結べるようになってきた。時間が掛かっていた着替えも手早くなってきたと思う。
そんな、一週間だった。
クラスの雰囲気はまあまあ上々で言うことは無い。
自分の通っていた小学校の時のクラスの感じに似ていたので、今では緊張も無い。
ただ、やっぱり中学生になったんだなぁ・・・って実感するのは、こんな時だ。
「私、実は不二君の事好きなんだぁ」
そう、カミングアウトをされて、私以外のグループの子達にどよめきが走った。色めいた話。所謂恋バナ。素直な気持ちを打ち明けてしまった友人は顔を真っ赤にさせて、一度、"不二君"をチラリと見てから、俯いた。内緒話でひそひそと交わされる談議。「まさかアンタも!」とか「彼、カッコイイもんね!」とか彼女達から紡がれるのは、彼の長所のみだ。私は一足遅れて、今彼女達の噂の種になっている"不二君"をチラリと見つめた。そうすれば、同じクラスの男子と他愛も無い話をしながらご飯を食べている不二君の姿が見えて、私は直ぐに視線を戻す。そうすればいまだ止まない"不二君素敵説"
人気者、だなぁ・・・。
そんな彼女達の声を聴いていると素直に感心してしまった。入学してから一週間。良く聞く名前だ。
"不二周助"
同じクラスの男の子。中性的な、けれどもやっぱりカッコイイと取れる顔立ちに、性格は優しく穏やか。しかもどうやらスポーツも万能で、お家はお金持ち。頭脳の方も、どうやらうちの受験のときの試験結果は上々だったらしい事をクラスメイトの一人に聞いたことがある。
まだ彼を見て一週間だけれども、彼の悪い噂や悪いトコロを聞いたことが無い。十人に不二周助と言う人物は?と聞けば、十人が十人中褒めちぎるだろう、と思った。
完璧な奴はいない、とそんなのは漫画とかドラマだけの話だ、とか思っていたけれど、実際こういうのを見聞きすると、そういう人もいるのかもしれないと思わざるを得ない。
「あたしもね、先生に押し付けられた膨大なプリントを運んでたら、ばったり廊下で会って、プリント運ぶの手伝ってくれたんだよ。『一人じゃ重いから』って」
「私もこの前ゴミ捨てるの手伝ってもらった!」
「しかも手伝ってくれた後、それを”手伝ってやった!”って態度に出さないところが素敵だよね」
「そうそう。スマート!『有難う』ってお礼言ったら『お礼を言われる程じゃないよ』って・・・他の男子達とは大違いだよぉ」
本当に、凄いな。不二周助・・・君。感嘆の息が漏れる。同い年とは思えないほどの大人っぽさだ。実は年齢詐欺っちゃってるんじゃないかと思わせる精神年齢の高さ。きゃいきゃい騒ぐ友人達から視線を外すと、もう一度私は皆に気づかれないように不二周助を見やった。見えるのは、彼の笑顔。
・・・笑顔の素敵な男の子。それが、私から不二周助に対する、第一印象だった。
そんな恋バナから、また数日が経った。ついに日直担当が私の番まで回ってきたのだ。二人一組男女一人ずつのペアなのだから、回ってくるのも案外早い。私は今朝日誌を学級の先生から渡された。そして、放課後。私は一人で日誌を書いていた。もう一人の日直は、部活に行ってしまった。何でも「日直の仕事してる場合じゃねえ!俺はレギュラーになる為に部活頑張らなきゃなんだ!とか「どうせお前帰宅部だから良いじゃん!」とかで私の返事も聞かずそそくさと、それはもう素早く風のように去ってしまったのである。ムカっとしたけれど、まあ彼の言うのも一利あるし、どうせ帰ったって暇なのでのんびりと日誌を書くのも良いかもしれない。と早々に諦めた。別のクラスみたいに、日直が一週間交代でなく、一日交代なのだから、今日我慢すれば済むわけだから、もうしょうがない。
私は一人になった教室で、静かにペンを走らせていた。外のグラウンドからは沢山の声。今頃部活動に励む生徒達が汗水たらして頑張っているんだろう事がわかる。
「他、することあったっけ」
一人ごちて前回の日誌を見比べる。そうすれば結構まだ雑用が残っている事に気づいた。しかも今日は花の水替えもしてなかった事も思い出す。どうやら帰れるのはまだまだ当分先のようだ。気が滅入る。明日たっぷり文句を言ってやろうか。何一つ今日の仕事をしてくれてなかったもう一人の日直の男子を思い出して、親指の爪をかんだ。
「さん?」
そんな時だ。カタン、と音が聞こえたと同時に、声が掛かったのは。声だけではおそらく男子、と言うことしかわからなかったので、親しい間柄ではない事には気づいた。え、と顔を向けると、其処に居たのは入学当初から一日一回は名前を聞いている人物――噂の不二君だった。そんな彼とは同じクラスであるけれどまだ一度も喋った事は無い。それなのに、もう名前を覚えてくれているんだと思うと、改めて彼の事が凄いと思う。私なんてまだ、クラスの子の名前全員覚えていないのに。
けども驚いていたのは一瞬で。直ぐに私の脳裏に過ぎるのは、なんで、教室に来るんだろうだった。それが一つの疑問。彼の姿は部活中なんだろう。体育で着る体操服姿。驚いた様子の不二君が不思議そうに「日直?」と教室に入りながら聞いてきたのでコクリと頷いてみせる。
「もう一人は?」
「え、何か・・・部活行くからって行っちゃった」
「・・・で、さん一人でやってるの?」
問いかけられて、コクリとまた頷く。だって、私までやらずに帰るわけには行かない。そうすれば、不二君はふう、とあからさまにため息をついて、私の席の隣(本当ならもう一人の日直の席)に座った。え、と思う間もなく、不二君の顔が私の机にある日誌に向けられて、覗き込まれる。チェック項目にまだ数個しかついてないレ点を見ると、いつも笑顔で満たされている彼の顔がしかめられた。初めて笑顔以外の顔を見た気がする。ぼんやりと考えていると、日誌に向けられた不二君の顔がパっと上げられて私を見る。結構な至近距離で目が合ってしまった事に、ドキっとしてしまった。
「これ、一人でやろうと思ってたの?」
「う、うん」
「もう一人って楠木?」
「う、ん」
そう言えば、不二君はまたまたため息をついて、「しょうがないなあ、楠木の奴」と独り言のように溢した後、よし。と何か納得したように言って、にこっと笑った。それから出る言葉は「ちょっと待ってて!」
私はうんともスンとも言えないまま、彼を見送る。教室から不二君の姿が消えるのは本当に数秒の後で、廊下を走っている音がほんの暫く聞こえたけれど、それも直ぐ止んでしまった。どうしたんだろう?と疑問が頭の中を駆け巡ったけれど、こうしていても仕方ない。更に帰るのが遅くなるだけだから、自分のやりかけの作業を再開した。
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あとがき>>好評だった抱きKissの番外編。中学1年バージョン。出逢いの部分です。何気に気になってくださるお客様がおられたので、ちょっと書いてみました。2話構成。楽しんでいただけたら幸いです。
2008/03/25