抱きしめてKissをしよう ―ファーストコンタクト―




どれほど時が経っただろう。そんなに長くは無かった。また、廊下の方が騒がしくなって(誰かが走っている足音だ)、それから閉められた教室のドアが乱暴に開かれた。驚いて顔を上げると、また其処には不二君の姿があって、え?え?と不思議に思っている間に、不二君が少し息切れをしながら私の席の隣に腰掛けた。それから驚いて声も出ない私をよそに「何が終わってない?」と笑顔。
数秒考えて、理解した。つまりは、手伝ってくれると言う意味合いだ。私はようやくの思いで声を上げた。

「わ、悪いよ!良いよ!確か不二君、部活入ってるんだよね!?」
「でも・・・一人でやらせるわけにはいかないよ」
「いやいやいや!だからって君にしてもらう事じゃないよ。日直でも無いのに」
「ん、じゃあ今日臨時日直って事で。僕の番はまだだから、僕の番のときに楠木がやれば問題なし。楠木には話しとくし。ね?だったら良いでしょ?」

良いでしょ?って疑問系で問いかけながらも、その言動は有無を言わせないものだった。チェック項目を勝手に見ると、チェックの付いてない項目を読み上げてガタリと席を立つ。

「じゃあ僕花の水替えしてくるから」
「え!いや、だから・・・あの!」

同じように立ち上がったのは他でもない、私だ。さすがにしてもらうのは悪い。全く喋った事も無い仲良くも無い男の子にイキナリ手伝ってもらうのは申し訳無さ過ぎる。ガタっと勢い良く音がして私は椅子を引いて立ち上がると、けれども不二君は私がそれを言う前に「ストップ!」と私の前に制止するように手を出した。

「一人でやるより二人でやるほうが効率良いよ。それに、困ってるときはお互い様だよ」

笑顔で言われては返す言葉も無くて、それでも私の中でまだ完璧に納得できてなくて、ごにょごにょと口の中で抗議の言葉を紡いだ。それは外に出るには小さすぎる声だったので不二君には見事スルーされてしまったけれど。思い悩んでいると、

「はい。さんは日誌を書いて。こっちは僕に任せて」

と不二君の両手が私の両肩を押さえたので、私はまた椅子に腰掛ける事になった。それから不二君を見上げればやっぱり代わらない笑顔。・・・のはずなのに、どうしてかもう断ることは出来ないような表情だった。渋々頷くと、不二君は花瓶を手にとって教室を出て行ってしまった。





結局、花瓶の水替え、黒板の日付変え、戸締りまで全部してもらって、今不二君は私の隣に腰掛けていた。あっという間のスピードで事を終わらせてしまった不二君に、まだ日誌が全然かけていない私は凄く焦っていた。申し訳なさが一番大きいと思う。早く書いて部活に行って貰わなくては。心だけが急いている。そんなに書くことは多くないのに、色んな箇所で手が止まってしまうのは、初めての日直だからだ、と思いたい。慣れない日誌の書き方と、まだ覚えていない教師の名前を書くのに、かなりてこずってしまっていた。
先ほど、もうすることないから戻って良いとの事を伝えたけれど、やっぱり私の想像どおり不二君は首を縦には振ってくれなかった。
こういうところがクラスの女の子をトリコにするんだろうか。日誌を書きながら、チラリと不二君を盗み見た。不二君は黒板を見ているようで、私が見えたのは不二君の横顔だった。横顔はやっぱり幼いながらも整っていて、美形に分類されるんだろうと予想される。綺麗な顔立ちに、こうして日直の仕事を手伝ってくれる優しさ。加えてスポーツも勉強も出来るとなれば、そりゃあ女の子は惚れちゃうだろう。改めて思った。

「ん?」
「っ」

そうすると、私の視線に気づいたのか、不二君が私の方を見た。突然交わる視線。驚いて、私は日誌に顔を向けなおす。見ていた事がバレてしまったことに羞恥心が募る。何故だか凄く恥ずかしくなって、私は一生懸命日誌を書いているフリをした。そんな私に「書けた?」と優しい声がかかって、私はそれにふるふると首を振る。「中々難しくって」と言えば、不二君が同じように日誌を覗き込んだ。

「・・・今日の連絡事項・・・・・・か。・・・特になしで良いんじゃない?」
「か、なあ?」
「うん。真面目に考えなくても良いよ。適当だって」

クスクスと笑い声が振ってきて、私はその台詞にポカンとしてしまった。今まで聞いていた不二周助の噂で想像していた人物とはちょっと意外な答えだったからだ。まさかそういう手抜きの言葉がかけられるとは思わなかったのだ。思わずジっと見つめてしまうと、不二君の笑い声が止んだ。それから、あ、と口許を押さえて。

「もしかして、今不真面目な人って思った?」
「え・・・お、思ってないよ」
「嘘。思ったでしょ?」
「思ってないったら」
「ほんとに?」
「うん、ほんと」

そんな会話を繰り返すと、不二君はまた笑って、「とりあえず先生には適当って言ったの内緒ね」と口許に人差し指をやった。それが可笑しくって、私は思わず笑って同じように口許に人差し指をやって。「うん内緒」と返した。



結局日誌を書き終えても出すまで付き合うよと言われて、二人で職員室に向かった。終わったときに時間を見ると部活が終わる十数分前で。申し訳無さそうに不二君を見ると何も言わずとも「気にしないで」と笑顔で返してくれた。それから私は家へ、不二君は部活に戻るためにテニスコートへと、お互い別々の方向を歩き出す。「気をつけてね!」の言葉に頷いてもう後姿しか見えなくなった彼を振り向いて、私は今日の出来事を思った。

笑顔が素敵な男の子。
そして大人っぽいけれどやっぱり何処か年相応な男の子らしさを持った親しみやすい人。
不二周助に対して、私の印象がほんのちょっと変わった・・・そんな一日。



その日の日誌の日直欄には、私の名前と不二君の名前が並べられた。
そんな、彼とのファーストコンタクト。






― Fin





あとがき>>このヒロインは好きになる前はある程度素直(若いからもあるかもしれないけれど)なのかもしれないと思った。そんな中学一年の初々しさを書いてみたくなった今日この頃。少しでも甘酸っぱさがあれば良い。と思います。日直になる予定だった男子の名前は勝手ながら管理人の苗字にさせてもらいました。
2008/03/25