抱きしめてKissをしよう ―私の中で彼が大きくなった瞬間―




「ねえ!も見に行こうよ!」

それを誘われたのは、当日の・・・しかも直前だった。いつもと同じように帰路しようとしていた私は、突然の友人の台詞に、思わず帰り支度をしていた手を止めて、・・・きょとん。え、と見上げれば、にこにこ顔の友達が数人、私の席を囲むようにして立っていて、そんな中、『私は良いよ』だとか言う選択肢は残されていなかった。仲良くなって、まだ2ヶ月。協調性と言う物が必要なこのご時世。下手なことしてグループから孤立化するのは得策じゃない。世渡り上手なわけじゃないけど、平坦な道が見えているのに、自ら進んで茨の道を進みたいとは思わない。必然的に、「うん、じゃあ行く」と当たり障りの無い返答をすれば、誘ってくれた友達が更ににっこりと笑みを深くして

「そーうこなくっちゃ!」

右手の親指と中指を擦り合わせてぱちん!と音を鳴らした。その音は意外にも大きく鳴り響いて、私は苦笑するのだった。





うげ・・・!


咄嗟にでかかった言葉を、何とかの思いで踏ん張った私を、誰か褒めてくれ。本気でそう思った。あの後、半ば強制的に引っ張り連れ出されたのは、学校の中でも強豪と言われているテニス部だった。結局、「行こうよ」と誘われはしたけれど、実際何処に行くのかは聞かされていなかったので、私は少し、・・・気後れしていた。だって、何か、色々凄い。テニスコートを囲むのは、見学者。しかもその見物客はきっと私の気のせいではないが、女の子で占めている気がする。応援の声も半端ない。そりゃあTVとかでワールドカップが開幕したり、世界バレーがどうちゃあと騒がれた日には、こんな声援も無くはないだろう。だけど、たかが、練習で・・・この声は非情に耳に痛い。脳がやられそうな音量は一種の公害とも呼べるのではないかと、私は切に思った。
初めてカラオケデビューした日を思い出す。(あの日も、初めてだからあまりの音量にビビったものだ)きゃーきゃー聞こえる黄色い声は、もはや声援と呼べるものなのか。これはもう被害届が出ても可笑しくは無いんじゃないかと思ったり、思わなかったり。
そう、これは声援ではなくて、まるで・・・

「アイドルのコンサート会場って感じだね・・・」

一緒についてきた友達の一人も、どうやら私と同感だったようだ。思わず耳を覆いたくなるような熱い声援に苦笑交じりの声がかかり、私も彼女を振り返って苦笑いを一つ。彼女の言った言葉は、本当にピッタリだと思う。部員の名前だろうか、ひっきりなしに聞こえる色々な名前に、私は軽く眩暈がした。とゆうか、こんな状態なのに此処の部長は怒ったりしないのだろうか。生活していく中で、あまり煩いのを好む性格では無い所為で、思わず眉が寄りそうになって、・・・でもそれを見せたくは無くて平然を装ってコート内を眺めた。と言っても、余りにも人が凄すぎて、人のわけ目からチラリ・・・と言う感じなのだけれど。(これじゃあ誰が何処に居るのか、なんてわかるものなの?)当たり前の考えが浮かんできたけれど、多分そんなのもうどうでも良いんだと思う。テニスコートの中が見えようが見えまいが、きっと今の彼女達には取るに足らない出来事なのだろう。そりゃあ見えるに越した事はないだろうけれども・・・きっと『テニスコートで練習に励んでいる!』と言う事実だけ有れば彼女達は満足なのだ。
と、言うよりもこの群れる彼女達を見ていると押し合いへし合い。弱肉強食。と言う言葉がしっくり来る。弱いものはでしゃばるんじゃねえ。強い者が天下なんだよコノヤロウ。とでも言うような振る舞いをしているのは、勝者(テニスコートに近い付近の者)だ。負けじとはいっていく子は何人かいたけれど、中には諦めている人も居た。そんな中、私の友達はと言えば前者だ。諦めるもんかとぐいぐい人の縫い目を通って進入を試みている彼女を見ていると、大変涙ぐましい努力といえよう(こんな所で発揮してもと言う気持ちが無いわけじゃないが)
私はと言えばそんな熱心な方じゃないし、それに別段テニス部にお目当ての相手がいるだとか、誰々のファンだとか言うわけじゃないので、論外だ。こんな事に入らぬ体力を使いたくは無い。私は普通なら見学用に使われるであろう近くのベンチに腰掛ける(生憎こんなありんこの行列を前にしたら見えないため誰も座ってなかった)人付き合いは大切だとは思うが、此処まで付き合う義理はない。ふう、と息をついて、彼女たちの声援に掻き消されそうなボールの音を聞いた。ああ、こんな騒音の中でも彼らは集中して頑張っているんだろうか。顔も見えない男子テニス部の皆さんに何故か同情なんてものをする。
そんな時だった。

「あれ?さん?」
「え、・・・不二君」

突如名前を呼ばれた私が振り返ると、其処には不思議そうにこっちも見つめる不二君と目が会った。きょとん、としてしまったがそう言えば不二君が強豪の男子テニス部に入部したんだと言う話を友達がしていたのを思い返した。服装を見れば、体操服姿に片手にはラケット。練習していた事が予想されて、「練習中?」と尋ねた。

「うん、一年は素振り。でも今日は練習試合をさせてもらえるみたいなんだ」

嬉しそうにふわりと笑んだ顔に、此方まで笑顔になってしまう。不二周助の笑顔にはそんな魔力・・・みたいなものがあると思った。そっか、と不二君に相打ちを打つと、丁度彼の番らしい。コート内から彼の名前が呼ばれて、不二君が走っていく。「見てて」と本人から言われてしまって、コクリと頷く。
試合が開始された。そう言えば、噂では色々聞く不二君だけど、実際テニスをしているところを見るのは初めてだ。まるで身内の事のように心配になってくる。だって、相手は上級生だ。ボロボロに負けちゃったりしないだろうか。本人に失礼な心配して。
・・・・・・でもそれが、私の杞憂だという事を、数分後には思い知らされる。

「わ、あ・・・」

思わず、圧倒された。不二君のプレイは迫力があるわけじゃない。決して力強さがあるわけじゃないのだけれど。・・・華麗、なのだ。強いと言うより、上手い。綺麗。優雅。そんな言葉が頭の中を支配する。誰もを魅了するような、そんなプレイ。スマートなのだ。テニスまでもが。けれど、それだけじゃない。初めて、彼の笑顔以外のところを見た。
いつも笑って、見えないアクアブルーの瞳が、相手を見つめている。真剣な瞳に、胸がドクリ、と脈打つのが解った。その瞳に、その表情に、自分の顔が上気するのがわかる。



暑い暑い夏が、目前に迫った、6月の半ば。
私は、初めて人を好きになると言う経験をした。
『不二周助』その名前が、その存在が、私の中でいつの間にか大きく変化していたのだった。
気が付けば、いつも、どこかしら不二周助の事を考えている自分に気づく。そして、目が合ったりしたら、心臓が一瞬とまったような気がして、かと思ったら、その後物凄い勢いで脈打ち始める。まるで、さっき休んだツケとでも言うかのようにドクドクバクバクと煩い鼓動。と、同様に鳴り響く鼓動と同調するように急に赤みを帯びる頬。いや、全身が熱くなる。まだ、初夏にもなってない、わりかし涼しい季節の出来事。

その後、不二君は見事一勝をした。

「おめでとう、不二君」
「ありがとう、さん」

彼の笑顔が眩しかった。





― Fin





あとがき>>一年の頃の不二君はどれくらい強かったんだろうか?レギュラーにはなれてないよね、確か?でも裕太が入学したときもう既に「天才」って呼ばれてたんだよね?ううん、謎。
2008/06/21