*milk06
楽しい時間って言うのはあっという間だ。
母校の探検を終え、その後も色々な思い出の地巡りをして、あっという間に時間は過ぎ、気がつけば夕方だった。まだ、早い時間ではあるものの、中学生デートとしてはそろそろ切り上げなければならない。「そろそろバスに乗らなきゃね」思っていた事が周助の口から紡がれて―――きゅ、と胸がせつなくなった。それでも、うん、以外の言葉をあたしは言う勇気など無く。
とことこと、静かにバス停へと向かう。あんなにうきうきしてたのに、今はそれが嘘のように静かになってしまったあたしの横では、朝と変わらない周助の横顔が映って、更に、せつない。
やっぱり、こんなに楽しみにしてたのは自分だけなのかな、とか思ってしまったからだ。けれど、デートする?と提案したのもまた会える?と言ってきたのもあちらから。デートの日程を決めたのも不二だ。と言う事は論外と言うほどではない筈。むしろ少しは脈あり…だよね?少しだけポジティブに考える。
バス停について時刻を確認すると、先ほど出た後のようだった。…ほっとする。本当は、そんな風に思っちゃいけないのかもしれないけれど、だって、バスに乗り遅れたと言う事はその分だけ周助と長くいられるってことだから。
完璧に恋する乙女じゃないかと、心の中で呆れもしたけれど、でも心地いい久々の感覚。繋がれた手のひらからこの想いが周助に届けば良いのに。なんて、本当に中学生に戻ったかのように、思う。
周助と他愛もない話をしながら、バスが来る数分の時間を過ごす。
周助と会話を続けながらも考えるのは、別の事だった。周助の気持ちが知りたいとか本音はどう思ってるの?そんなこと。
バスが到着したのはすぐの事で、乗りこんで終着点の駅に向かう。椅子に座り変わりゆく景色をぼんやりと見つめながら、また会えるのかな。とか、考えていたら「あれ?不二さん?」声がかかって、ぴくりと周助の手が動き、繋いだ手からあたしにも振動が伝わった。見上げると、目に映るのは可愛らしい女の人。お疲れ様。周助の口からもれて、ふわりと女性が微笑う。周助の横顔を見つめると、今日一日独占していた笑顔が今やその子に集中していて―――子供じみた、嫉妬心が顔を出す。鈴のような声がそう広くない車内に小さく渡る。
大石君とあたしが話をしたら、すぐに話を打ち切ったくせに、なんで今普通に二人で会話してるの。
あたし一人疎外感。それが面白くなくて…ううん、周助の笑顔が別の人に向けられたのが哀しくて、繋いだ手をぎゅって握ったら、一度周助がこちらを見た。それから、また彼女の方を見上げると、「ごめんね」と言いながら、浮く、右手。え、っと思った時には彼女の驚いた顔が映った。
「今、デート中だから」
決して大きくはない声で。けれどもしっかりと言い終わると、にこりと人の良い笑顔を彼女に向けた。だからこれで話は終わりと言った風な台詞に、先ほどまで笑顔を浮かべていた彼女からは笑みが消え、あ、えっと…すみません。って苦笑。丁度バスが次の停止場についたらしく、彼女が「あ、私此処なので、失礼します」と頭を下げて消えて行った。
………沈黙が、流れる。
確かに面白くないって思ったけれど、今更ながら気まずくなって顔を伏せると、って、柔らかい声が降ってきた。顔を上げると、そこには嬉しそうに笑ってる周助の表情があって、まるであたしの心の中を覗かれたような、そんな表情。でも気付かれると恥ずかしくてあたしは至極冷静を装い
「…あたしと大石君が話してる時邪魔したお返しだよ」
とだけ言って顔をそむけた。窓を見つめている間もドキドキが鳴りやまない。けれども周助はあたしの言葉に納得したのか、はいはい、ってそれ以上追及してこなかった。いや、違う。きっとわかって何も言わなかったのかもしれない。(そういう人だ)
終点である駅につくとあたしたちはバスを降りた。此処で、今日のデートは終わり。ついに現実に直面してしまう。
さよならの声が聞きたくなくて、あたしは「ねえ、喉乾いちゃった」と嘘をついた。「じゃあちょっと公園まで行こうか」周助の提案にこくりと頷いて、岐路とは別の道へと歩き出す。近くの公園に辿りつくと自販機で対して喉が渇いてないのにジュースを買って、二人でベンチに腰かけた。暖かなカフェオレのプルタブを開け、コクリ。呑みこんだのと「それで?」周助の声は同時だった。え?と顔を見つめれば、微笑む顔が視界をいっぱいにして、「何か話したいことあるんでしょう?」と解った風に言った。
「…って昔何か言いたい事とかあると、喉乾いたーって言ってたじゃない?」
思い出すのは、やっぱり昔の記憶。十年以上もの記憶を呼び起こせば、…確かにそうだったかもしれない。この公園は周助とあたしの下校デートとして幾度となく過ごした場所だ。あの頃も周助が好きすぎるが故に離れがたくて少しでも一緒にいたくて、あからさまな嘘をついては此処で寄り道をした。やっぱりあの頃の周助も気付いていたんだ。気付いてくれてた気持ちが嬉しいやら恥ずかしいやら色んな気持ちがない交ぜになる。
黙ってしまったあたしに更に周助は言葉を重ねた。
「…昔と同じ嘘つくくらい、そんなに僕と離れがたかった?」
「…!」
ドクン!と胸が高鳴った。意表を突かれた台詞に、あたしは何も言う事はなかったけれど、今の反応で、バレバレだ。けれども、
20も後半になれば、そう素直でもいられない。すぐに平静を装うと
「自意識過剰だなあ。ただ、感傷に浸りたかっただけ」
べえ、と舌を出すと周助が笑ったので、あたしもつられて笑った。黙しながら飲み物を一口、二口と飲む。隣に座る周助も同じ仕草をしていたから間に流れるのは沈黙だった。
沈黙の中、思い出すのは此処での記憶。そう言えば、此処での思い出が一番深いかもしれない。確か、告白したのも、初キスをしたのも、此処だった。夏祭りに誘われて待ち合わせたのも、突然会いたくなって短い逢瀬をしたのも、ほとんどが、此処。
そして、同時に気付いてしまった。今日が、周助に告白をして両想いになった日だと言う事。
『告白して振られるのと言わずに無い事にするのって、やっぱり心に残る想いは違うよ』
不意に、の言葉が脳裏をよぎった。心に残る想い…。きっとこれは何かの縁、なんだろう。未だに怖い気持ちはある。一度は告白して
OK貰えたからと言って今回も同じとは限らない。むしろあんな振り方をしたのだ。
OKの確率は限りなく低いと思う。
でも、もう止められないから。
止まらないところまで来てしまったから。
だって、気づいてしまった。周助が別の女の子に笑いかけるだけで、こんなにも嫌な気持ちになって、こんなにも哀しくて辛い気持ちになる。それほどまでにもまた彼に恋をしてしまった。この気持ち、多分一生風化なんか出来ないって。
意を決して、あたしは周助の名を呼んだ。振り向いた顔にドキドキは最高潮。…丁度今はまだ中学恋愛デートの最中だ。告白してもし振られたら、冗談交じりに「最後まで甘酸っぱいのに付き合ってよね。ノリ悪いなーとか笑い飛ばせばいい。切ないけど、でもそれくらいなら何とか演技出来る筈だ。ぎゅっと、アルミ缶をにぎる手に力がこもる。
「……周助が、好き」
ぽつり、呟いた言葉は冬の空気に溶けて消えた。周助の瞳が開眼するのが解った。綺麗なコバルトブルーの双眸があたしを映す。
「……それって、本気?」
その声は、真剣。先ほどの冗談は一切ない、本気の言葉。一瞬、冗談だよと言いそうになって、それって逃げじゃん。と思いなおした。ごく、固唾をのみ込み、こくり、頷く。本気。その声は小さすぎて口の中でもごもご動くだけだったかもしれない。けれど、雰囲気的に伝わったのだと理解した。
沈黙が流れ、ああ、やっぱり失敗だったかなあ、とか、言うんじゃなかったかなあ、とか嫌な方ばかりが頭を占めたけれど、やっぱなし。とは言えなかった。言いたいことは言った。あとは周助の反応次第であたしは冗談にすれば良い。
周助の顔は見れなくて、地面に着いた自身の靴をじっと見つめていると、かつん、と小さな音がして、ふわ、と気付いた時には周助の腕の中に居た。え、と周助の方を見ると、意外な程近くにあり、目も瞑る暇もないまま口づけが落とされる。ちゅ、とリップ音とともに、少し唇が離れ、
「僕も好き」
落とされた、台詞。え、とも何も言えないまままたキス。二度目のキスは長く、あたしはそうすることが当たり前のように瞳を閉じた。優しく包む腕から、身じろぎをして、体勢を整え、周助の首に腕をまわし、きつく抱きしめあうと、周助の手があたしの背に回った。
長いキスの後、そっと顔を見つめ合う。なんだかこの感じが懐かしくもあり、恥ずかしくもあり、けれども思うのは幸せ。
本気?あたしで良いの?と問いかければ、あたしの耳にキスを落とした周助がこくりと頷いて
「が良いんだよ。も本当に僕で良いの?」
「あたしも周助が良い。周助じゃなきゃやだ」
また見つめ合って、周助の長い指がそっとあたしの顔を撫でた。好き。紡がれた言葉と同様、また周助の顔が近づくのがわかってそっと瞼を閉じる。そっと触れた唇がついては離れ、ついては離れを繰り返し、
「愛してる」
沢山のキスの雨と共に、囁かれた声が、何より愛しかった。きっと、こんなに好きになれるのは、周助だけなのだと再認識して、あたしも同じように愛の言葉を贈るのだった。