ギター片手に




少し、前の出来事だった。降りしきる雨の中、ギターの音が、響いていた。
この大雨の中、誰も聞いちゃいないのに、そんなのどうでも良いように、彼女はただ、音楽を演奏している。
僕はそんな彼女を見て、こんな大雨の中、ご苦労だな、とただそれだけ思って、家に帰った。降りしきる雨の匂いと、暫く途切れず続くギターの音が忘れられなかった。





「あ」

そして、今日も彼女は居た。今日の天気は雪。マイナスとまではいかなかったけれどとても寒い日だ。
けれどもそんな中でも、発見してしまった彼女の姿。…誰に聞かせるでもなく、弾き続けるギター。
道行く人はそんなのどうでも良いように駆け足でその場を通り過ぎてゆく。中には一度彼女に視線を向ける人も居たが、それでも立ち止まることはせず歩き去っていった。
それでもやっぱり彼女は顔を上げずただ、曲を弾き続ける。…聞いた事の無いメロディーだった。
哀しいような、でも光のある曲調。僕は深々と降り続ける雪から身を守るかさだけを差して、ぼんやりと彼女を見つめていた。
何処か、懐かしくなるような音。切ないような、苦しいような、でも嬉しいような、楽しいような。
気づけば、少し離れた場所に腰を下ろしてそのメロディーに聞き知れていた。

「……冷えるよ」

その声が僕に振ってきたのは、メロディーが終わって、少ししてからだった。
曲の余韻に浸っていた僕は声をかけられるまで気づかなかったみたいだ。は、と顔を上げると、いつも見ていた顔があって…。

「え、あ…」

初めて聞いた声は、想像していたよりもずっと細い。でも、すっと通る声色。
途端恥ずかしくなって僕は勢い良く立ち上がった。そういえばずっと差しっぱなしの傘には随分雪が積もっている。それだけ時が経ったということがわかった。
何故か彼女を見ることが出来なくて、ただまだまっさらな雪を見つめていると

「…聞いて、くれてたんでしょ?」

彼女の方が、口を開いた。突然の事だったけれども、持ち前のポーカーフェイスで「うん」と頷いて、ようやく彼女を見つめた。
そうすれば、傘を持っていないのか、彼女の頭には薄ら雪が積もっている。立ち上がってみれば、結構小柄な彼女の姿。
肯定してみると、彼女の表情が、無から笑顔に変わったのがわかった。

「ありがと」

付け加えられた台詞にドキっと心臓が高鳴るのがわかる。ああ、気づいてしまった。
どうして、いつも気になっていたのか。変な人だって思ってたからだと思ってたのに。
でも、本当は違った。
声をかけられて、彼女の声を初めて聞いて、嬉しく、思った。

「凄く素敵だったよ」

あの日から、僕は君に心を、奪われた―――。



それが、彼女、との出会い。





― Fin





お題:Alphareaさま