どうやら僕は思った以上に君を好きらしい




「さーむーいーーっ」

二月の空に、のくぐもった声が届く。なぜくぐもっているのか、それは彼女の姿を見れば納得も行く。
耳には耳当て、鼻まで覆い隠すロングマフラー、暖かそうなダッフルコート、手には厚めの手袋。と大げさなくらいの防寒。
それでもさっきの言葉が出るのは、彼女が極度の寒がりで冷え性だからだろう。

長い付き合いだからわかる。
僕とは所謂『幼馴染』と言う関係で、物心つくころから一緒に居た。昔は姉さんや裕太と一緒になって四人で良く遊んだものだ。
時が経つに連れて、それはどんどん少なくなっていったが、それでも僕とは細々と長く付き合っている。
それは同い年だから、とかじゃなくて、僕が彼女を好きだから。勿論、この場合の好きって言う感情は英語で表すなら『LIKE』ではなく『LOVE』になるのだけれど。
勿論、僕のこの気持ちをは知らない。だから、もうずっと僕は彼女に片想いをしている。

「さーむーいーーっ」

同じ台詞をまた繰り返しては暖かそうな手袋同士を擦り合わせた。
普通それって素手でするもののような気がしないでもないけども、それ程寒いのだろう。
けれど、やっぱり効果の程は得られなかったのか、が渋い顔をして両手をダッフルコートのポケットに入れ込んだ。

「こら、両手を出しておかないとコケたとき顔面直撃だよ?」

僕がそう忠告すると、の顔が僕を向く。その顔はきょとんとしていて、ああ、今僕の台詞の意味を考えているんだなーとか思う。
暫く―でもそんな時間はかかってない―して、はにこっと笑って「平気だよぉ」と返答を返した。
へらり、と笑うその表情には危機感と言うものがない。何を根拠にそう自信たっぷりに言えるんだろう。

僕が此処まで心配するのは理由がある。今日は昨日雪が降って、夜気温が急激に下がった所為もあり、地面が良く滑っていた。
それなら慎重に歩けば問題ないだろうけれど、は良く何も無いところで転んだり、そういうことを平気でする…まあ所謂ちょっとドジな子で、だから、心配にもなる。
けれども、そう思っているのは周りの人間だけで、本人はやっぱり『大丈夫』だと思っているらしい。その行動が危なっかしくてヒヤヒヤするときがあった。
だから、今日も忠告したわけだ。

「ダメ。ほら、ちゃんと手出して」
「大丈夫だって、――」

ば、との口から紡がれた瞬間、とそれは同時だった。
つるり、とまるでそんな音が聞こえてきそうな図。ぐらり、との体が後ろに傾く。
これは、ヤバイ。と思い、僕は自分の右手での背中を支えた。そのままの体勢で、暫し固まる。
どうやら尻餅は免れたようだ。ほう、と安堵の息を吐き出してから、僕はに何処か得意げに言った。

「ほら、言わんこっちゃない」
「ほら、ね!」

けれども、僕の言葉よりも更に得意げなが帰ってきて、僕は思わず固まってしまった。
彼女の顔はやっぱり笑顔で、やっぱり何処か(と言うか凄く)自信に満ちている。何がほら、なのだろうか。と考えて、僕は疑問を口にした。

「だって、ほら、あたしがコケそうになっても周ちゃんが支えてくれるでしょ?だから平気!」

ね、とまるでグットアイディアとばかりに言われてしまい、僕はすぐには返せなかった。
呆れたわけじゃない。ただ、なんとなく嬉しかった。でもそんな事を言うと、は図に乗ってしまうから、僕は平然を装って、ふう、とため息を付いた。

「あのね、じゃあ僕が居ない場合はどうするの」
「えー、だって大丈夫だもん」
「だからなんでそう言い切れるの」
「だって、周ちゃんはずっとあたしの隣にいてくれるじゃない?だから、たとえ転びそうになっても周ちゃんが支えてくれるもん」

さも当たり前のように言ってのけるから、やっぱり僕は返事に困るわけで。
ああ、図に乗りそうなのは彼女じゃなくて僕のほうかも、なんて思う。
でもそんな考えを打ち消すように言葉を返す。

「今はまだ、ね。でも幼馴染だからってずっと一生と居られるわけじゃないんだよ?」

つきり、と胸が痛んで。そりゃあ、一緒に居られたらどんなに良い事か。けれどもそれにはの気持ちが最優先だ。
僕はにとってきっと『良い幼馴染』以外の認識は無いのだから。思って落胆しそうになる。けれどもそれを決して顔には出したくない。
僕が言った言葉を、今ゆっくりと考え込んでいるらしいを見た。そうすれば、少ししてそのキョトン顔がビックリ顔に変わる。それは一体どんな心情が込められているんだろう、と思っていると

「えっ!一生一緒に居てくれないの!?」
「…、それ本気で言ってる?」
「周ちゃんこそ、それ本気で言ってる?」
「僕はいつだって本気だよ」
「あたしだって本気だよ!」

だんだん会話がヒートアップしていく。僕はいたって冷静を装っていたけれど、今のの言葉は結構キツイ。『一生一緒』の意味を理解していないからなんだけど。「
だって、いずれはに好きな人が出来て、別の人と結婚してしまうかもしれないのに。それはさすがに先のことを考えすぎなのかもしれないけれど、でも、『一生一緒』と言えばそうなるだろう。
そんな相手が出来たとしたら、僕が一緒に居られる理由は無くなる。は気にしなくても僕が気にする。どうして、好きな子が別の好きな奴と一緒にいるところに居なくちゃいけないんだ。って。
彼女に彼氏が出来てしまった場合、見事僕のお役はゴメンになるわけだ。

「あのね、

どう彼女に伝えるべきか。あまりに突き放した言い方をすると傷つく恐れがある。
此処は慎重に行かなければならない。なんて考えながら口を開けば、でもそれを遮るようにが「だって!」と喋り始めた。

「だって周ちゃんはずっとあたしと一緒に居てくれるんでしょ?」
「え?」
「ちっちゃい頃言ってくれたじゃん。あたしがおばあちゃんになっても傍に居てくれるって。」

忘れちゃったの?と言われて、鮮明に蘇る。
勿論、忘れるはずなんて無い。初めて、本音を言った日。
その時、ああ、僕はこの子を守りたいって。この子をずっと笑顔してあげたいって強く、子どもながらに強く思ったのだ。

「あたしそれを馬鹿みたいに信じちゃってるわけですが…」

おずおずとの声が聞こえる。さっきまで笑顔だった顔はほんのちょっと不安げだ。
アノ頃の台詞を思い出す。でも、アノ頃とはニュアンスがまた変わってくるわけだ。

「…一生一緒にいてくれるの?」
「うん」
「大人になっても?」
「うん」
「僕がおじいさんになっても?」
「うん。だから、あたしがおばあちゃんになっても一緒にいてくれる?」

それは、前にと交わした会話。唯一違うのが僕と彼女の台詞が逆バージョン、って事。
の最後の台詞と彼女の顔を見て、でも此処で自惚れてたら…と思うと、昔ののように『勿論』とは簡単には言えなくて。

「一緒にいたいとは思ってるよ」

そう変化球で返す。傷つけたくないと思っていたけれど、違う。僕が、傷つきたくなかったのだ。今までに『好きだ』と本気で言えなかったのは、自分を守っていただけだ。
アノ時、の笑顔を守りたいと思っていたはずだったのに、いつしか僕自身の薄っぺらな笑顔を守っていたのだ。
今も、そうだ。試すような言い方をして、傷つくのを最小限にとどめようとしている。

「一緒にいようよ!これからもずーっと!」
「それ、意味わかって言ってる?」
「…周ちゃんそれ、失礼」
「だって、」

眉根を寄せるに反論を返そうとしたその時だった。忠告しても、転びそうになっても出さなかった手が、ポケットから出されて、僕の手に触れたのは。動揺を隠しつつ繋がれた掌を一瞥してもう一度を見つめると、得意げに笑う彼女の顔が映る。けれどもその顔はほんのりと赤みをさしていて。それは寒さのせい?それとも

「こういうことでしょ?」

言いながら、厚めのマフラーをぐいっと本来の位置(首元)まで下げたと思ったら、頬にちゅ、と触れるそれ。

どうやら、彼女のほうが一枚も二枚も上手だったらしい。
そして、どうやら僕は思っていた以上にの事を好きだった事に、今更ながら気づいた。

「うーーーやっぱ寒いねぇ!」

照れている彼女が、どうしようもなく愛しくて、僕は彼女の背中を抱きしめた。





― Fin





あとがき>>不二がヘタレでごめんなさい(笑)ヘタレのまま終わるのがなんか悔しかったので最後はちょっと男らしく!(そうか?)
お題:Alphareaさま