ウサギ的幸福論




ただ、何となくだった。三年前、この学校を受験した理由。
自分の家から一番近い学校だった、って言うのが一番の理由。
私立ってちょっとカッコ良さそうだし、小学校の頃、ほかの子と比べると結構頭が良かったのも理由だと思う。
「私立行きたいんだけど」と言った時、「そう」と簡単に言われたからじゃあやっぱり此処で良いやって思った。
ほんのちょこっと、多分普通の学期末テスト前に勉強するくらいの復習をして挑んだ受験。
落ちてもまあちょっと遠くなるが普通の公立行けばいっか、的な軽いノリ。
見事合格した私は、その年の春にこの学校―――青春学園の生徒になった。

特に感動があったわけでもない。ああ、合格したんだ。ってそれだけ。
合格した事を当時の友達に話すと『凄い!凄い!』と興奮してたけど、私はどう凄いのかわからなかった。
寂しくなるね、と公立に行く友達が言ってたけど、そんな寂しさなんて一時の感情でしょ?とも思った。

私の小学校から青学に行く子は誰一人とおらず、私は本当の意味で一からのスタートを切った。
「いっぱい友達をつくってくださいね」とその時の担任に言われたけれど、別にいらないとも思ってた。
だって、どうせ中学に入って友達を作ったって、また今日みたいにさよならが来るなら、別にその場限りの友達なら必要ないって思ってた。

それが、三年前の私。





「冷めてたよなーほんと」

それを言ったのは、私ではなく私の友達である英二だ。思わず言葉に詰まってしまう。
「だって」とそれ以上に続かない言葉をそこで止めると、邪気の無い顔が私を覗いている。
男にしては『可愛い』と言う名詞を持つ英二は、大きな瞳をくりくりとさせて私を見ていた。でも、実際本当に十二の頃の私は冷めていたと自分でも思う。
入学当初、その冷めた考えは変わる事無く、入学式を終えた教室で早くも友達作りを開始していたクラスメイトたちを誰も寄せ付けなかった私。
馴れ合いはごめんだとばかりのオーラに、日に日に話しかける人は少なくなり、一週間も経ったころには孤立していた。俗に言う『一匹狼』と化していたのだ。
でもそれを自分自身厭だとは思わなかったし、寧ろ馴れ合いを求めているクラスメイトを何て低俗な奴らなんだと心の中で罵っていたくらいだ。
今思えば、本当に十二かコイツ。と思う性格をしている。

その頃、同じクラスだったのが菊丸英二、目の前の男である。
私の冷たかった時期を知っているうちの一人だからこそいえることだ。
今でもその話題を出されると恐縮してしまう。
自分ひとりで生きている気でいた滑稽な自分。今思えばかなり馬鹿だ。

「まあまあ、英二も、あんまりを虐めないで」

そこで、これぞ助け舟!と言った風に、隣で聞こえた声。見上げれば私の彼氏の顔。
英二を宥めるように言った後、自販機で買った温かな紅茶を飲んでいる。安い紙パックなのに、何故か周助が飲むと優雅に見える。紙コップが普通のティーカップに見えるよ…。

「別に虐めてないじゃんか。ただ、今でもふっと思うんだよ。そうしてと不二がいちゃついてるとこ見ると」
「い、いいじゃない別に!」
「いやだから別に悪いなんて言ってないじゃん。ただ、人間って変わるもんだなーって」

しみじみ、と言われてしまった。私と周助は互いに顔を見合わせて苦笑をするしかない。





周助との出会いは、それから一年後の事だった。二年に進級し、同じクラスになったのがきっかけ。
もうその頃には『一匹狼』と言う名称がついていた私は勿論クラス替えになったからと言って友達が出来るわけもなく、誰も私に声を掛けなかった。
こんなもんだ。また一年経てば変わるメンバーを視界に入れて、そう思った。

そんな時だ。クラス変わって初めての席替え。隣になったのが周助だった。
人付き合いの無い私でも、不二周助と言う人間は知っていた。周りの女の子が騒いでいた事も。同時に「あ、厄介な奴と隣になった」と思った。けれどその時には「席変わるよ」といえる親しい友人はいなかったので、嫌々席に座ると、一言。

「そう厭そうな顔しないで仲良くしてよ」

ふわり、と微笑まれた。第一印象、『ああ、童話に出てくるような王子様』勿論、厭味だ。
その日を堺に、周助は何かと私に構ってきた。厭な態度を露骨に出してもそれは換わらなかった。寧ろその状況を楽しんでる、ような。
最低な奴だとか、物好きな奴だ、とか色々思っていた。皆が笑顔の素敵な人だよね、と噂していたが、絶対自分は好きにならないタイプだ、と思っていた。
それは絶対変わらない感情だと。

ある日の事だった。その感情が変わったのは。
放課後、周助に会った。部活中だとわかる服装で、少し息を切らして。私の姿を発見して、聞いてもいないのに「忘れ物しちゃって」と笑顔で言って。私は関心がなく、それに返事を返さずただ一人夕陽を眺めていた。
カタン、音がして。ああテニス部に帰るかな、と取り留めの無いことを思っていると「ねえ」とさっきよりも近くに聞こえる声に驚いて振り返ると、隣に座っている周助の姿があった。

「…部活、行かないの?」
「うん。今休憩中だし」
「そう」

休憩中と言われても、だからなんだといった感じ。わざわざ此処に居座らなくても良いじゃないかというのが本音。そうすれば「ねえ」とまた紡がれる周助の声。「何」厭そうに返せばさすがの彼も嫌気が差してコートに引き返すだろう。そう思った。

さんは、何を思っているの?」

問いかけられた質問は、そんな言葉。「は?」意図せず口にすると、いつもの笑顔は底になく、コバルトブルーの瞳が私を見ていた。初めて笑ってないところ見たかもしれない。その程度の認識だったけれど。

「…友達、作らなくて淋しくない?」
「別に。その場限りの友達なら要らないから」
「なんでそう思うの?」
「だって、そうじゃない。永遠なんて無いんだよ」

淡々と問いかけられた事に返事を返して、ああほんと早くテニスコート行ってくれないかな、と思っていた。そしたら、ポツリ、と。「淋しいね」って。声が振ってきた。その後、「辛かったね」って。その言葉に、どうしてか泣きそうになった。なんで、そんなことこの男に言われなくちゃならないんだろうって。キっと睨みつけると、でもそこには傷ついた風な顔があって。

「怖いんだね。無くなるのが」

なんで、知りもしないのに、私の心を読み取るような言葉を言うんだろうか。そして次にきたのが「でももう大丈夫だよ」って。…それは、私が言って欲しかった台詞。ずっとずっと、言って欲しかった言葉。

「な、んでアンタにそんなこと。…放っておいてよ」
「やだよ」
「なんで…っ」
「だって、さん本当は友達が欲しいって顔、してるもの」
「っ」

「永遠じゃないものが怖いなら、僕がなってあげる。裏切られるのを最も恐れてるなら、僕は絶対さんを裏切らないから」

そんな、言葉薄っぺらい。なんて、どうしてか思えなかった。
自分でも知りえなかった、気づかなかった心の闇に、目の前の男が気づいてくれてたのかもしれない。
自分の中にあった危険信号を、SOSを読み取っていてくれたのかもしれない。
気づけば差し出された掌をぎゅっと握って、私は嗚咽を押し殺して泣いた。

私が酷いことを言っても、決して怒ったりせず、全てを受け入れてくれる人。
不二周助と言う人物は同い年だというのに、器のでかい人間だった。
そして、私は青春学園二年目にして、初めて友達が出来た。それが、不二周助だった。

自分の心情が変わると、周りを見る目も変わってくる。
今まではウザイ奴とか失礼ながら思っていたが、声を掛けてくれることが嬉しく思うようになった。
それからはもう、学園生活が一変した。彼を含む男子テニス部と仲良くなるようになった。
そしたら世界が広がった。なんで、自分はこんなちっぽけな世界―自分の殻―から抜け出そうとしなかったんだろうと。
勿体無い人生を送ってたと気づいたのだ。

それから月日が流れ、二年の終わり。私は周助の彼女になった。
好きだと自覚したものの、自分から好きだといえなかった私に、彼はあっさりと『好きなんだけど付き合ってくれない?』と言ってくれたのだ。

そして、今、三年の二月。三年前には想像もしなかった自分がいる。

友達なんていらないと思ってたちっぽけな子どもだった自分。
さよならが怖くて始まることを恐れて、一人でも大丈夫だと強がっていた自分はもう此処には居ない。

全ては、周助が居てくれたからだ。

「良いじゃない。こんなにってば可愛くなったんだから」
「うーん…まあ、そうだけど。なんか納得いかないのはどうしてだろうか」

不二周助とは私に幸せと安らぎをくれる人。
もう、きっと貴方ナシではいられない。





― Fin





お題:Alphareaさま