01
 
 
 
 
 
耳をつんざく電子音に、夢の淵を泳いでいた意識がだんだん鮮明となった。まどろみの余韻を残しつつ、重たい四肢を使ってゆっくりと上体を起こし、発信源である少し離れたところに置いた携帯電話手に取った。音からして着信である事はわかっていた。自身の携帯のフリップを弾きながら今の時刻も確認すると、丑三つ時の三時を指していた。ふあ、小さな欠伸を噛み殺し、携帯を耳に当てる。
 
『…しゅう、すけ?』
 
聞こえてくるのは、か細いそれだった。「どうしたの?」と不二は電話越しの恋人へ柔らかな口調で問いかければ、の口から洩れたのは、小さな謝罪だった。気をつけていた様子だったが、先ほどの声質で寝ていた事はバレていたようだった。それに対しての謝罪だと気付き、不二はどうしたもんかと寝起きの頭で考えて「大丈夫だよ」と出てきた言葉は安易なそれだ。それからまた同じ質問を繰り返すのだ。ためらいがちのソプラノが震える。柔らかく澄んだ声が鼓膜を刺激する。勿論、悪い意味ではない。静かに相手の出方を待つと、の口からまた不二自身の名前が紡がれた。ごめん、とまた零れる謝罪に、不二は苦笑しながら耳を傾ける。
 
『ただ、声が聞きたくなっただけ、なの』
 
そっと、落とすように囁かれた戯れに不二のコバルトブルーが光を宿す。「」呼ぶ声は、先ほどよりも優しく甘さを含んでいた。今、触れられない距離に居る事が酷くモドカシイ。互いに想うのは同じ事。カチカチ、と壁に飾られた時計の秒針が一人きりの部屋にその存在を主張する。カーテンからは未だ光が差し込む様子はない。当たり前だ。まだ電話を初めて五分も経たない。
 
『周助、疲れてるのにごめんね。本当に、ただ声が聞きたくなっただけなの』
 
ごめん、最後に落とされるのはやはり小さな謝罪だった。耳を刺激する彼女の声が不安げに揺れている。大丈夫だよ。迷惑じゃない。本心のまま優しく諭すと、ようやく電話口から笑みがこぼれるのが解った。ほ、っと不二は安堵する。
 
普段のは明るく天真爛漫の言葉が似合う笑顔の可愛い女の子だった。そんな彼女の明るさに触れ、不二は彼女に恋をした。も同じ事。告白は不二からだった。慌てた、けれどもそれは一瞬の事で次の瞬間にはOの字を三日月の変え、イエスの文字を紡いだ。そうして始まった関係。
 
 
 
付き合ってみると解る事がある。例えばこうした、何でもない真夜中。時折彼女は不二に電話をかける。それは5回のコール。受話器を取ると聞こえる謝罪。本当に申し訳なさそうに、そして動揺に消え入ってしまいそうな声色で、言葉を落とす。『不安なの』と自身の負の感情に押しつぶされそうになりながらは呟く。その声は涙交じり。そのたびに、大丈夫だよ。迷惑じゃないから。僕もの声を聞きたかったと不二は言葉を並べるのだ。そうすると、浮上する彼女の感情。消え入りそうな先ほどまでの空気はからりと代わり、ふうわりと穏やかな午後の日差しのようなそれになる。
 
『ありがとう。おやすみ』
 
明るいいつもの、けれどいつもよりも少しトーンを落とし落ち着いた声が不二に届けられた。それに応えるかのように不二も笑んで言葉を返す。そこから二三言会話をつなげ、プツ、と切れる。ツーツー、と言う電子音と画面に表示される通話時間。相手との通信が終了したのを明確に知らせていた。時刻は電話が鳴ってから十分足らずの短い電話。
 
そのたった十分のやり取りが、不二の心を温かくさせる。こんな非常識な時間の電話をこうも嬉しくさせるのはきっと恋人の特権。携帯片手に少しぬるくなったベッドへダイブする。ところどころひやりと体躯を冷気が刺激したが、火照った身体にはそれが丁度良かった。
 
 
 
「大好きだよ」
 
 
 
通話最後に紡いだ言葉を自身の携帯に向かって囁くと、携帯からメールを受信する音が発せられた。送信者は手に取る様に解る。
 
『大好きだよ』
 
 
まるでテレパシーのようだ、と不二は笑った。
 
 
 
 
 
― Fin
 
 
 
 
 
後書>>てわけで、くっそ短いです。WaTの「5センチ。」をモチーフに最近書いてない(と思われる)甘を意識して書いてみました。午前三時なんて、普通寝てるでしょ…(笑)
2012.02.07