02
 
 
 
 
 
シャー。
音とともに、変わりゆく景色にはきゅ、と掌に力を込めた。目の前に見えるは紺色の学生指定のコート。自分のよりサイズの大きいそれを抱きしめて、ピタリと頬を寄せる。シャー、シャー。自転車をこぐ不二の足は止まらない。
 
不二周助は元来、バス通学の生徒だった。かく言うは徒歩通学。本来なら自転車等お世話になる二人ではない。…これの所有者は二人の共通の友人である菊丸英二だった。不二とは同じ部活に所属していた。男子テニス部。不二はそのレギュラーとして部の力となり、はマネージャーとして不二達を支えていた。時は高校三年、二月。本来ならば追いだし会も済み、部活を引退している二人だ。現に引退はしたものの、実質のところ不二もも部活には愛着があり、週に二回は顔を出すほどであった。それは同じ苦労を分かち合った他同級生のメンバーも然り。必然的に引退する前とあまり変わらない日常を送っていた。
 
 
 
そんな、折。本日も変わらず部活へ参加しようと思い不二とは仲良く手をつないで廊下を歩いていた(不二とは同じクラスだ)すると、丁度隣のクラスの
HRも終わったらしく、ガラリと扉が開け放たれた。そして、聞こえる自分達を呼ぶ声。
 
「あ、不二!!」
 
それが、菊丸だった。菊丸は二人に歩み寄ると、ちょっと頼みがあるんだけどと、大きな身体に不釣り合いな可愛らしい表情――男にその表現もどうかと思うのだが――を浮かべ、言葉を続けた。
どうやら彼も二人と同様に本日部活へ参加する予定だったのだが、どうやら部活で必要なものを頼まれていた事をすっかり忘れ買い忘れてしまっていたらしい。ならば菊丸が行くのが道理だが、生憎菊丸は担任教師に呼び出されすぐすぐ買いに行ける状態ではないとのこと。どうしたもんか、と思っている間に、菊丸が宜しくなっ!と不二に自分の自転車の鍵を。そしてには買い物リストのメモを渡し、廊下を駆けて行った。その間
30秒未満。引き留める間もなく菊丸の身体は角へと曲がった。
 
そうして、不本意ながらのお買い物への旅が始まったのだった。
 
「それにしても英二の物忘れもなおらないものだね」
 
くすり、と思い返すのは出会った頃からの彼の忘れものの多さだった。
18にもなったと言うのにそこは未だ中学生の頃となんら変わりない。けれどもそれが菊丸らしくもあったからか、憤怒することもない。憎めないのだ。そうだね。とは相槌を打ち景色を見つめる。
 
「でも、ちょっぴり英二に感謝かも」
 
ぽつりと落とされた独り言に、不二は「どうして?」と問い掛ける。正直、この極寒の寒さの中での自転車は地獄だ。それなのに、先ほどのの声は言葉と同様嬉々していた。不二の言葉を拾うとはぎゅ、と更に不二の身体を抱きしめる。くっついた部分だけが、他の部位とは違い温かみを帯びていた。
 
「だって思えば二人乗りも初めてだし。後ろから周助を抱きしめるって新鮮」
 
いっつも抱きしめられる側だからさ。とははにかみながら言葉を重ねた。予想外の台詞に一瞬不二は呆気にとられたものの、すぐにいつもの笑顔を作ると、片手を離し、そっとの左手に重ねた。手袋越しなのが悔やまれるが、気にせずきゅ、と小さな掌を包み込む。
 
「うん、確かに英二に感謝、かもね」
「でしょう?」
 
二人の笑い声が重なった。
 
 
 
 
 
― Fin
 
 
 
 
 
後書>>川本真琴さんの「1/2」。歌詞は可愛らしいんですけど、そこまで書くのに断念(笑)
2012.02.07