07
「ほら、」
繋いだ手がまるで、全てを預けてくれるんじゃないかと錯覚するほど、きつくしっかりと縋りついてくるから、その時僕はこの子を守ってあげなくっちゃ。って幼ながらに思ったんだ。
コンコン。
ブラインド越しの窓を何かで叩く音が不二の耳に伝わり、サボテンに落としていた視線を窓に移した。何の音か。不二はその正体に気付いている。真っ直ぐそちらに向かって手を伸ばしブラインドを引き上げると、見慣れた笑顔に出会った。「っ」名前を呼ぶと同時に窓を開けると、幼馴染はほんのり赤く染まった手を窓にかけると慣れた手つきで部屋へと上がりこんだ。まるで、此処が玄関かのように当たり前の動作で入り込んできて、不二は呆れたようにため息をつく。「危ないでしょ」本気で心配している声色だが、そんな不二の心配をよそに幼馴染はケロンとした顔で
「大丈夫だよう。落ちた事ないでしょ?」
年よりも若く見える笑顔を、不二へ向けた。
――そう言う問題じゃないよ。
――そう?でもじゃあ落ちそうになったら周ちゃんが助けてくれれば良いよ。
また当たり前のように会話は続けられる。二人にとっては聞きなれた会話文だった。
「もう中三になったんだから、あんまりにもヤンチャがすぎるよ」
「でも、吃驚して心配ごと吹き飛んだでしょうっ?」
にっと、八重歯を見せる笑顔のままは不二の頬に両手を寄せた。ひんやりと、冷たくなった手のひらにびくりと小さく反応するがは一向に離す様子はないようだ。そっと自身の両手で冷たい彼女の手を優しく包むと、体温が半分こになる。
「反対に心配事が降って来たよ」
「減らず口なんだから」
「だって心配事なんて別にないんだから」
言った不二の言葉に、の表情に笑顔が消えた。それから、唇を尖らすと「うそつき」ぽつりと呟く。それに対し不二は苦笑を浮かべる。いつの間にか二人の手は暖かくなっていた。不二の表情を訝しげに見つめる両目が、あまりにも真っ直ぐすぎて不二は目を背けたくなったが、頬を固定されている状態では敵わなかった。いや、男と女の力だ。本気で嫌がれば振りほどく事等、大差ないはずだ。けれど、不二はそうしようとは思わなかったのだ。必然的に見つめ合う形となる。沈黙が続くかと思われたが、それを打ち破ったのはだった。その顔は、拗ねていると言うよりも哀しみを含んでいる。
「うそつき。知ってるもん…周ちゃん、ずっとここでサボテン見つめてたじゃない」
「……それで、なんで心配事?」
「だって周ちゃん不安な事があるとサボテンに話しかけてるじゃない」
「……」
サボテンは話しかけてあげると綺麗な花が咲くんだよ。嬉しそうに聞かせた記憶はもう随分前の事だ。けれども不安な事も話しかけるなんて、には言った事がなかった。そんな弱みを見せたくなかったのだ。理由は簡単。好きな娘には弱いところなど見せたくないものだ。男ってやつは。不二も例外ではなかった。けれども、どうやらは気付いていたらしい。揺れる瞳が、哀しげに伏せられる。カールしたまつげが白い肌に映えた。
「…そりゃあ、私は周ちゃんより子どもで、頼りなくていつも周ちゃんに守ってもらってばかりだったかもしれないけれど」
それは昔昔の話。親同士が親友同士と言う事で不二家と家は昔から交流があった。不二家は由美子、周助、裕太の三人兄弟。家はの一人っ子で、中でも不二周助とは同い年だった為、仲良くなるのは必然だった。ある日、二人で夜抜け出して散歩をしようとが言った。子ども心に悪戯心がくすぐられ不二はそれに賛同する。そして、昔恒例だった(両家族の)お泊り会の日、夜抜け出した。時刻は8時と言う世間的にはまだまだ早い時間ではあったが、当時の二人からしたら遅い時間だ。呆気なく外に出られた二人のテンションは異様なほど高ぶっていた。二人だけの密会はまるで甘い甘い誘惑。
普段一人で通るとするなら怖い道も二人なら怖くなかった。楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づいた時には道に迷っていた。「ここ、どこお…?」不安げな声を上げたのは話を持ちかけただ。そんなの不二にもわからない。中々帰れない事に気付いて「もしかして、たちみちみまよっちゃったの?」涙声が耳を通る。こくり、頷くと、ついには大声で泣き出した。
「やだよお。帰りたいよお」
「大丈夫」
「だいじょうぶって、だって道わかんないんでしょお?こわいよう、パパ、ママぁ」
「大丈夫だよ」
本当は不二も不安だっただろうに。それでも自分よりも先に号泣してしまったに不二は泣く機会を失ってしまった。変わらない背丈のの頭をぽんぽん、と不器用に撫でて、その手での手を掴んだ。「だいじょうぶだよ」なんど呟いたかわからない台詞。繋いだ瞬間、の濡れた大きな瞳が「ほんとう?」と不二を捉える。「うん、僕を信じて」と頷いて同時にきつく、しっかりと手をにぎると、ようやく小さな手が握り返した。
その時、不二は思ったのだ。この子を守ってあげなくっちゃって。それがいつしか恋心にかわった。そして同時ににとって不二は絶対的な信頼を寄せられる相手となったのだ。
一度きゅ、と口を噤んだ後、しっかりと不二を見据えたにはある決意が浮かんでいた。真摯な瞳に不二の顔が強張る。
「だけど、だけどね。…周ちゃんに今まで守ってきてもらった分、私だって周ちゃんの支えになりたいって、思ってるんだよ」
「…」
「だから、少しは頼ってよ。寄りかかっていいんだよ。…決勝の不安な気持ち、吐き出してくれて良いんだよ。一人で、抱え込まないで?」
その瞳があまりにも純粋で、不二は柄にもなく泣きそうになった。そっと触れていたの両手を自身の頬から引き離すと、その両手を絡める。が嫌がっていない事は明らかだった。されるがままの幼馴染に、苦笑を一つして、トン、と自身の額をの左肩に預けた。少し強張る小さな身体。それでも不二は寄りかかるのを辞めず、瞼を閉じた。
「まいったなあ」
「…周ちゃん?」
「僕が、守ってると思ったのに。…いつの間にか、僕がに守られてたんだね?」
くすり、と笑みをこぼすと、不二の左手が力を失った。のためらいがちの右手が、そっと不二の頭を撫でた。さらりとクリーム色の髪は痛みを知らず、そっとの指が滑っていく。数度上下させると、昔不二がにしたようにぽんぽん、と優しく叩いた。そして紡がれるのは「大丈夫、大丈夫」
「周ちゃんなら、絶対大丈夫。大丈夫だから。ね?」
心地よい声が不二の耳を通る。
先ほどまでの不安な気持ちが一切消えて、支配されるのは穏やかな気持ちと、溢れんばかりの君への恋情。
「ありがとう、」
― Fin
後書>>青山テルマさんの「何度も」恋する気持ちが素敵です。話のネタは『 最終決戦! ... Genius 194 赤目の恐怖』「不二←サボテン目に刺さる」に、一体どんな状況だよ…!そんな目に刺さるのに気付かない程不安にかられサボテンに話しかけてたのかよ…!あたしに頼れよ…!!(←)と涙した記憶がよみがえり(笑)書きあげてみました。ほんとうっかり刺さるわけないでしょ!天才の行動は時として予測不可能です(笑)でもそんなばかわいい(褒め言葉)不二さえも愛してる…!←末期
2012.02.08