08
 
 
 
 
 
不二周助とが付き合い始めたのは、今からおよそ一か月前の事だった。告白は不二からであったが、告白される以前からは不二へ密かな恋心を寄せていた為、二つ返事で
OKした。付き合う事になった当初は、夢見心地だった。いや、実はいまでも自分の都合の良い夢なのではないかと、は時々不安に駆られる。
 
趣味も好みも、違う。けれども二人は惹かれ合った。
 
付き合い始めてからと言うもの、不二はの事を下の名前で呼ぶようになった、自身の名前を不二に呼ばれた時、初めて自分の名前が愛おしく思えたものだ。そして自身も不二の事を「周助君」と呼ぶように心がけた。とても照れ屋な性格故、今でも「不二君」と呼んでしまう事もあるが、それでも周助君と言い直した後、はにかみ笑いを浮かべると、不二はそれに応えるように優しく頬笑みかえしてくれた。
そんな、幸せ絶頂期。
お互い部活を引退した身。必然的に一緒下校するのが当たり前になった。
そして、それが今の苦悩の種なのである。
 
今日もいつもと変わらず下校する二人。歩幅は男女で違う筈なのに、さりげなく不二はのペースに合わせて歩いているため、彼女にとって一緒に歩くことが苦ではない。同じクラスの二人の共通の話と言えば、共通の友人である菊丸英二の事、今日あった授業でのネタ、担任教師のノロケ(最近、娘が出来デレデレなのだ)話等。
それを振るのはいつも不二だった。不二の話に相槌を打つのが
不二の表情はいつも明るげで話の内容もが退屈しないようにと工夫されている。そんな不二の心づかいに、は感謝しつつも、同時に心の中を占めるのは申し訳なさだった。
 
付き合い始めて一か月経つと言うのに、未だ不二との距離にドキドキしてしまう。むしろ、付き合う前よりも更に強くなったのではないかと、思うほど。本当ならば、不二の言葉に「そうそう、それで」等と会話を膨らませ一緒に笑い合いたいと思っている。けれども、いざ不二を見つめて視線が合うと、どうしていいかわからなくなり顔を伏せてしまうのだ。
 
こんなんじゃあ、不二君に悪い。
 
そう思うのに、心とは裏腹まともに顔が見れないのは、ドキドキの所為。
必然的に、は地面とにらめっこするか不二の横顔を見ることしかできなかった。
こんな自分ではそのうち飽きられてしまうんじゃないか。そう不安になる。けれどもそれを打破する術を知らなかった。
曲がり道を差しかかった頃、二人の前に一組のカップルの姿が見えた。二人は自身の指を絡ませ合い寄り添い、仲良く歩いている。絶え間なく聞こえるのは笑い声。
 
…いい、なあ。
 
ああ、自分もあんな風にナチュラルに不二に接することができたら。羨望の眼差しで先行く恋人達を見つめながら、ぼんやり思う。
 
「―――」
「……」
「―――っ」
 
突如、名前と共に不二がの肩に触れた。びくりと身体が強張り、不二を見つめると心配そうな不二の表情がの瞳に映る。「え、あ…」自分がぼうっとしていた事にようやく気付いた。ごめんなさい。謝るよりも先に「…つまらなかった?」と苦笑が返ってきて、の胸が痛む。
 
「ご、ごめんなさいっ、ち、違うのっ!」
 
けれども、照れ屋の彼女がまさか目の前のカップルが羨ましくて、自分達も手を繋ぎたい等と言える筈もない。ただただ違うと否定と謝罪を繰り返すと、不二に困惑の色が浮かぶ。
 
「ほんとう、違う、の…」
「でも……」
 
泣きそうになっているに、不二は一度言葉を切ると、ずっと心のうちに秘めていた不安を口にした。
 
「もしかして、付き合ってる事、後悔してる?」
 
どくり、と全身の血管が波打つのが解った。の瞳が大きく見開かれる。それをどう捉えたのか、不二は初めて哀しげな笑顔を浮かべる。
 
…だって、いつも俯いてるし、僕と目も合わせてくれないし…それに、…こうして、距離を置いてるよね?
 
ちょん、と指さした先は、不二との間。人一人分の距離が合った。
 
「もし、苦痛でしかないのなら、………」
 
最悪な結末がの脳裏をよぎったとほぼ同時に、彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ出た。ち、がう。一度崩壊したら、後は滝のように流れるだけだ。次々に生温かい涙が、の頬を伝う。
不二の言動に、自分の事しか考えていなかったのだと、ようやく理解したのだ。自分は不二に嫌われるんじゃないか。不安に思っていたと同時に、不二にもに嫌われてるんじゃないかと不安を作らせていたのだと。
 
「ど、して…いいか、わからない、の」
 
ぽつりと呟きに近い声がの唇から零れ落ち、不二の耳へと届く。向き合う形になるものの、やはりは不二の顔を見ることはできずただただ顔を伏せていた。人一人分空いた状態も変わらないままだ。え?疑問の声が、にかかる。本当は言うのが恥ずかしくい。けれども、言わなければ不二を不安にさせたままだ。最悪、別れる事になるかもしれない。そう思ったら、自分の恥じらい等、不二と別れる事に比べればちっぽけな事なのだと、気づいた。
 
「………ドキドキ、する、の」
 
震える声が、空気に溶ける。不安には両脇に拳を作り、恥ずかしさから耐えた。ぎゅっと、口を結んで。それから一度目をつぶって、深呼吸。ふう。と息を吐き終え、不二の顔を見つめた。
 
「不二君の事、好き、過ぎて…ドキドキしすぎて顔が、見れない、の…っ。ドキドキに押しつぶされそうになっちゃうの…ほん、とうに。大好き、で嫌なんかじゃない、よ…っ」
 
こんなに不二と見つめ合う事等、今までのには無かった。その本気が不二にも伝わったようだった。揺れる瞳が、けれども確りと不二自身を映し出している。「だい、すき、なの…」か細い声は空気に消える。
 
「だから、別れるなんて、言わない――っ」
「…っ」
 
心痛な叫びに、気付いたら不二は言葉の途中でを引き寄せ、自分よりも華奢な身体を両手で離さないように、抱きしめる。突然の行動にの涙は止まってしまった。「しゅう、すけくん…?」呆気にとられたような、状況についていけないと言った風な声色が、不二の耳元で聞こえて来て、鼓膜をくすぐる。
 
「……ごめんね、ごめん」
 
ずっと不安だった気持ち、気づいてあげられなくて、ごめん。言いながら、不二の右手がの後頭部に周り更に引き寄せた。心臓までもくっついてしまうんじゃないかと錯覚するほどに近い距離。人一人分の距離は、今や瞬く間にゼロになっている。
 
「ずっと、こうしたかったんだ」
 
優しくの髪を撫でながら、不二は髪に顔を埋めると、瞳を閉じた。本当ならば、恥ずかしすぎてこんな状態耐えられない筈なのに。それでも、不二の手が軽く震えている事に気付いてしまったから、はゆっくりと自身の両手を不二の背に回した。
 
「ほ、…ほんとうは、ね…っ、私も、近くにいきたかったの…」
 
見つめた横顔が赤くほてっており、ようやくは不二の心に触れられたような気がした。
 
 
 
 
 
― Fin
 
 
 
 
 
後書>>
aikoさんの「横顔」の一番を意識して書きました。軽く実話だと言うのは内緒の話…(笑)そういう甘酸っぱい恋もありました。好きすぎて顔見れないとかね!ほんと、子どもよね!(笑)
2012.02.09