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「………、大丈夫?」
「………」
「……
「い、今話しかけないで!」
 
集中してるの!とは恋人の声に、更なる大きな声で制止した。表情はいつになく厳しく、ただ前だけを見据えている。不二はふう、とため息をつくと、ぎゅっと強く握りしめすぎているハンドルを、くいっと左に動かした。「うわ!」の怯えきった顔が、強張る。
 
「あまり右に寄りすぎると危険だよ」
 
穏やかな声が注意する。
 
「……ごめん」
 
只今、二人がいるのは車内。助手席には不二、そして運転席にいるのがだった。茶色のまだ真新しい外観には、前後に黄と緑の色したマークのソレが貼ってある事から、運転手であるが運転初心者である事を物語っている。
50キロ走行の真っ直ぐな車道を走っているのだが、何せ、周りが早すぎる。三車線の一番右にいるは、とかく緊張していた。
――肩肘張ってると危険だよ。
数年前に車の免許を取った不二に言われるも、リラックスできるものなら勝手にしている。
――とりあえず、50メートル先のコンビニに入ろう。
合図出して、と指示通り右ウインカーを出し、減速。対向車が来ていない事を確認し、それから緊張した手つきで緩やかにハンドルを右に切って、コンビニの駐車場へと停止した。
 
「……はあっ」
 
走行していた距離はそう長いものではなかったが、慣れない運転で、しかも恋人を乗せているとなると緊張も半端ない。「あーんもう無理ぃ」ハンドルを握りしめていたの手は、尋常じゃない程湿り気を帯びていた。カシャン、ようやく自分の身体を締め付けていたシートベルトを外すと、少しの解放感。
 
お疲れ様。の声と共に優しい手のひらがの頭に振ってきた。今にも泣きだしそうな顔が不二を見つめ
 
「周助が運転してる時は簡単そうに見えたのになあ。こんな緊張するなんて思わなかった」
 
トン、とハンドルを弾くと、軽やかな笑い声が降ってきた。
 
「まあ、慣れだと思うんだけどね。でも今でも僕もを乗せて運転する時は緊張するよ?」
「嘘だあ」
「本当だよ。大事なが乗ってるのに事故れないからね」
 
さらりと照れるような事を言うのは、今に始まった事ではない。筈なのに、未だにそれに慣れずは頬を赤らませる。「……あたしが一緒にいなくても事故らないでよ?」おずおずと小さく返答すると「はあい」と笑い交じりの声が返ってくる。
 
「あー、でもこれでわかった。あたしきっと助手席の方が性に合ってる」
「確かにね。でも、僕は新鮮だったなあ」
「……まあ、確かにいつも周助に運転させるの悪いとは思ってるけど」
 
そうじゃなくて。の言葉を否定すると、ちょん、と不二の白い手がの赤みを帯びた頬を捉えた。そ、とまるで腫れものを扱うような仕草に、ほんの少しのくすぐったさを感じて、首をすくめる。悟られないようにどういうこと?と小首を傾げると、不二は嬉しそうに
 
「真剣に運転してるの横顔も可愛かったから」
「………!!」
 
の顔がトマトになった。熟れたトマトは「馬鹿ぁ」と気の抜けたサイダーのような声を絞り出すと、不二の手を振り払い、両手で顔を覆う。そんな完熟トマトの頭を引き寄せると、そのおでこにキスを落とす。びくりとの身体が反応を示すと、それに気を良くしたのか、「ちょっと待っててね」と車を降りた。
 
 
 
「はい、
「…あ」
「ココアで良いでしょ?」
 
数分経って返ってきた不二の手には温かなミニペットボトルが握られており、そっとそれをに差し出した。ありがとう。受け取ったペットボトルのフタを開ければ、湯気とともに甘い甘いココアの香り。一口飲んで、ほっと一息。そうすれば、緊張した身体の力が少しだけ和らいだように思った。こくん、こくん、続けて何口か含んで嚥下する。
 
「……さ!デートの続きしますか!」
「うん、もしギブアップなら言ってね?代わるから」
「だいじょーぶ!今日の運転手はあたしなんだから。周助は黙って横に座ってるのっ」
「……はいはい。お姫様の言う通りにいたします」
 
青い空が、微笑んでいる。きっと今日は絶好のドライブ日和。
 
 
 
 
 
― Fin
 
 
 
 
 
後書>>モーニング娘。の「真夏の光線」選曲がいちいち古いってツッコミスルー(笑)しかも季節も夏じゃないっていう。ただ、ドライブのところだけ意識して書いたっていう。不二に運転させるのはちょっと前に書いたので、反対も美味しいんじゃないか!(あたしが)って思って書きました(笑)
でも都会での運転って大変そう。車線多くてわけわかんないよ。まあきっと都会住む事になったら運転なんてしないんだろうけど(笑)
2012.02.12