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の最初の印象は、なんて"大人しい"んだろう。
男子テニス部のマネージャーを、志願した女子生徒の中で、彼女だけ異端だった。こういってはなんだけれども、うちの部活は、女子に人気が高かった。と言うのも部長の手塚を初め、何かと女生徒に恋慕を寄せられる事が多かったのは、きっと自惚れではないだろう。と言っても、"男子"テニス部に、女子の必要枠と言えば、一つしかない。それが"マネージャー"だった。だけれども、マネージャーは部員とは違い、多ければいいと言う訳でもない。必要人数は、絞られていた。募集中。と掲げた初日には、凄い人数の女子が群がったものだ。その中に居たのが、だった。
これから部活だと言うにも関わらず、募集にかかった女子は、全員が小洒落た格好でやってきて、部長である手塚の逆鱗に触れたのは、言うまでもない。――「此処は遊び場ではない!」青筋の通った表情に、女子生徒は慄きすぐさま退散していった。そして、残ったのが―――だった。
 
「…遊び場ではないと言った筈だが?」
 
手塚の厳しい口調に、あの子も逃げてしまうんじゃないか。と不二はラリーを続けながら、思った。けれどもは凛とした表情で「わかってます」とはっきりとした声で言った。彼女の風貌は決して派手ではなく、むしろ地味であったが、その中には清潔感があり、手塚の怒りのボルテージが、徐々に下がっていくのが解った。「……部室を案内しよう」数秒の後、手塚は一言呟くように言うと、はやはり凛とした表情のまま、一度頭を下げた。
こうして、彼女は男子テニス部の唯一のマネージャーに任命されたのだ。
 
 
 
手塚の集合の合図と共に、試合を行っていたものの手が止まる。不二と河村も例外ではなく、練習を中断することとなった。整列すると、手塚の横にはすでに体操服へと身を包んだ、の姿があった。皆思う事は一緒だ。
 
「新しいマネージャーを紹介する」
「はい、このたびマネージャーになる事になりましたです。学年は一年です。至らない点もあるかと思いますが宜しくお願いします」
 
透き通るような声で自己紹介をした後、ぺこりと(こうべ)を下げるに、一年と言う事は越前と同じ学年だと、不二はなんとなしに思った。
 
どうやらは越前と同じクラスらしい、と不二が知ったのは、彼女がマネージャーになって一か月が経ったある日、部室での事だった。たった一か月であったが、の仕事ぶりは感嘆に値するものだ。気配りは出来る。頼まれた仕事は、迅速に片づけられる。何より、募集でやってきた彼女らのように、ミーハー根性は一ミリも出さず、皆平等に接してくれた。竜崎スミレや手塚に気に入られるのは、時間の問題だった。信頼できそうな人物だな、とレギュラー陣も安堵していた。口から出るのは、彼女に対する褒め言葉。
けれども、不二には一つだけ不満があった。
がマネージャーになってから、彼女の笑顔を見たことがなかった。仕事は的確なのだから、文句いけないのかもしれないが、話しかけるといつも口を結っている彼女の姿が、印象に残っていた。すると、上機嫌の菊丸が顔をほころばせながら、まるで歌でも歌ったように言葉を紡ぐ。
 
「でもほんと良い子だよにゃ。優しいし、気配り上手だし、何より笑顔が可愛いし!」
 
その言葉に、不二は耳を疑った。え、笑った事ないよね?確認するように菊丸を見れば、
 
「教室でも部活でも普通に笑ってるじゃないッスか」
 
と、爆弾を落としたのは、期待の新人ルーキー。ガツン、と鈍器で殴られたような気がした。それほどの凄い衝撃を与えたのだ。え?と不二の視線が一気に越前へと注がれる。役目を終えたレギュラージャージを脱ぎ、適当に畳み終えた越前が、自分より少し背の高い不二を見上げて「いや、言葉の通りですけど」と重ねた。それに賛同するは、他の部員達ほぼ全員だ。
 
「僕…見たことないや…」
 
ロッカーを閉めながら、不二は呟くように落とした。にぎわいを見せた部室に発せられた小さな台詞は誰の耳に止まる事はなく、ただ不二の胸にしこりだけを残した。ツクン、と胸に針を刺されたような感覚だった。
 
 
朝練に向かう最中、見慣れた背中を発見した不二は、荷物を肩にかけなおすと、軽いステップでその人物のところまで、駆け足でやってきた。ぽん、と肩を叩くと同時に朝の挨拶をすれば、華奢な身体がビクリとはねた。見上げる双眸が不二の姿を認識すると、彼女は驚いた表情をきゅっと引き締めて、おはようございます。いつもの凛とした声が返ってくる。そして二人は同時に歩き出す。同じ方向へと向かっているのだから、その動作は至極当たり前な事だ。
けれども、にとっては大問題だった。騒ぎ出す心臓を悟られないように、ぎゅっと右手を胸にやる。大丈夫、落ち着け。と頭の中で、呪文のように繰り返す。そんなの心情など知らずな不二は、昨日の部活での出来事を思い出してみた。自分より、頭一個分小さい彼女を見下ろして、その横顔を確かめる。長いまつげがくるりとカールして、色素の薄い瞳を縁取っていた。頬は寒さの所為か、白い肌はピンク色を施していた。
 
「ねえ、一つ聞いても良いかな?」
「…なんでしょうか」
「なんで、僕の前では笑ってくれないのかな?」
 
ふとした疑問だった。自分にだけ、むけられない笑顔。きっと人見知りのようだから、皆にもそうなのだろうと勝手に思っていた当初は、気にもとめなかったと言うのに、昨日の出来事が引っ掛かって、つい不二は訪ねてしまった。びくり、またの肩が小さく震えて、恐る恐る不二を見上げる。瞳からは、戸惑いのような色が見て取れた。ごめんなさい。まるで子供が母親に謝る様に、バツの悪そうな表情をしては、目を伏せた。そんな顔が見たいわけじゃないのに。すっかり怯えきってしまったに、不二はうまくいかないなと右手で首の後ろをさすると
 
「ああ、違うよ。怒ってるんじゃないんだ。ただ、ちょっと淋しいなあと思って」
「……」
「もしかして、嫌われてるのかなって」
「ちがっ!嫌いなわけじゃないです!むしろすき―――!」
「え、好き?」
 
しまった!と思った時には、すでに相手に伝わってしまったらしいことには、気付いてしまった。言うつもり等無かった自身の恋心を、まさか口が滑ってうっかり告白してしまう事となろうとは。恥ずかしさのあまりは顔が上げられなくなってしまった。小さな体躯が、更に縮こまってしまった。
 
痛いほどの沈黙が流れる。もうこうなってしまえば、ごまかしはきかないだろうことは、安易に予想できた。
 
「すき、なんです。だから、うまく…笑えなく、て」

ぽつり・ぽつり、と紡がれる愛の告白に、不二は言葉を失った。「それに、こんな邪な気持ちでマネージャーを…なんて軽蔑されたく、なく、て…」最後の方は尻すぼみになってしまったが、何とか一文字一区聞き洩らすことなく、不二の鼓膜に届き、脳へと運びこまれた。ふ、と不二の顔の緊張が緩む。
 
「ふふ、じゃあ僕は特別だね?」
「…えっ?」
「だって、僕は皆の見た事のある君の笑顔は見たことないけど、君のそんな顔、きっと他の奴は見た事ないでしょう?僕だけの特権だよね?」
 
照れた顔があまりにも可愛くて、そしてそれがとてもいとおしく感じてしまった。これは、認めざるを得ないな。と不二は苦笑して。不安げに揺れる瞳をじっと見つめて
 
「いつか僕にも見せてね、だって僕も君の事好きだって気付いちゃったんだから」
 
 
 
 
 
― Fin
 
 
 
 
 
後書>>
Every Little Thingの「恋文」。歌詞の君の色々な仕草に恋をした。的なところを書きたかったんですけど…。
2012.02.07