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バっと見上げると、そこには不二周助の姿があった。「不二君!」の声が少しだけ高くなる。目の前に突然想い人が立っていたら誰だって焦るだろう。「それが、この子転んで怪我しちゃったみたいで」座り込んでいるを一瞥し、二人の会話が進んでいく。そして、親友はの恋心を知っている。取る行動はありありと解り。
「あ、ねえ不二君!悪いんだけど、診ててくれないかな?あたし先生呼んでくるから」
「え、ちょ!」
「僕は構わないけど」
「ほんとっ?うわー助かる!ありがとう!じゃ待っててね!」
の制止も聞かず、は後はうまくやれよ★と言った風な表情でウインク一つ贈ると、颯爽と銀世界へと溶けて行った。
………ど、しよう。
困っているのはだけだったようである。ちょっと良い?と不二はの前に座りこむとの左足のスキー板をはずしにかかった。まるで、お姫様にでもなったかのような振る舞いに更には焦り、自分で外すよ!と言ったが、あっという間に外し終えてしまった。それから不二はに背中を向けると、「ほら。つかまって」と負ぶさるようにと促した。
それには勿論度肝もを抜かれ、良いよ!悪いよ!申し訳ないよ!と繰り返したがの言葉は全て拒否され、意を決して不二の背中に負ぶさった。
重いって思われたらどうしよう…!
好きな人におんぶされることなんて、なかなか体験できる事ではない。こんなことなら日ごろからちゃんと体系維持していればよかった・と後悔が押し寄せてくるも、そこは運動部、ひょいっと軽々と言った風に持ち上げると「じゃあちょっと揺れるよ」なんて言って歩き出した。揺れると言っても心地よい揺れだ。
「それにしても災難だったね」
不二の言葉にコクリと頷くと、「一生懸命やってたのにね」と言葉が続き、どうやら昨日から下手くそなところを見られていたのだとは知った。恥ずかしいやらなんやらでごにょごにょと曖昧に返事をする事しか出来ない。穴があったら入ってしまいたいと思うくらいの衝撃。不二に負ぶさられているため顔が見られていない事だけが、不幸中の幸いと言ったところだ。
「でもほら、わたし…運動神経ないから仕方ないよ」
「だけどあれは先生の教え方が悪いよ。だからさん見てて、僕ならもっと上手に教えてあげられるのにって思ってたんだ」
でも僕が教えてあげるなんて言ったら迷惑かなとか思ってたら、こんな事になっちゃったでしょう?ごめんね。
なんて、不二は全然悪くないのに、本当に申し訳ないと言った風に謝罪をしてくるので、は至極焦った。そんなことないよ!と背中越しにぶるぶると頭を横に振る。
「でも、さん怪我しちゃったじゃない。…もっと早く声かけてあげれば痛い想いしなくてすんだでしょう?」
「………」
今更ながら、自分が仮病をついてしまったことに酷く後悔した。折角一生懸命やってたのに。と褒めて貰って、こんな仮病を使うような女だなんて思われるのは嫌だったが、元はと言えば自業自得。嫌われても仕方ない。それよりも不二に辛い顔をさせたくなくて、意を決して「ごめんなさいっ」謝った。
「じ、実は…嘘なの!…怪我したって、本当はどこも痛くなんてないのっ」
ああ、嫌われちゃう。思ったが、そんなのの不安を余所に、次に聞こえたのは不二の笑い声だった。クス、と落とされた声に、目を開くと
「うん、知ってた」
「ええっ」
まさか、見抜いていたなんて、思いもよらず、は声を上げた。そうすれば不二は「ほら、僕さん見てたって言ってたでしょう?」コクリ、頷く。
転ぶ瞬間も見たけど、右側に思いっきり転んでいったよね?だからもし怪我するなら右足の筈なのに、さっき痛いって押さえてたのは左足だったから。おかしいなとは思ってたんだ。
失態である。こんな間抜けな失敗でばれてしまうとは。きっと完璧犯罪は狙えない。まあ狙う気もないのだが。嘘がバレていた事に羞恥心がぶわっと沸きあがるだったが、ふっと、我に返って「え、じゃあなんで…!」負ぶさられた状態に疑問を浮かべると、少しでもさんとお近づきになりたくてね。とさらりと発言された。驚くやら何やらで、は声を荒げた。降りる!と。
健康体だと言うのに、おんぶされるなんて申し訳なさ過ぎて、不二の背中で身じろぎしたが、ダーメ。と拒否があがった。
「なんで!」
「だって、どこも痛くなかったとしてもやっぱりちょっとは心配だし。先生に一応診てもらうまでは安静」
「でも、嘘だし」
「うん、でも僕が心配だから。だからお願い。大人しくしてて?」
決して強くはない語尾だったが何故か有無を言わせぬ物言いには背中で縮こまった。いや、好きな人にそんな風に言われたら、誰だって断れるわけがないのだ。「ありがとう」ぽつりと背中越しにお礼を言うと、綺麗な茶色の髪がふわりと揺れた。
「それで、もし大丈夫そうなら。…今度こそ僕と一緒に滑ってくれる?」
まさかの申し出に、の脳裏にはYESの文字しか浮かびはしなかった。
「わたしでよければ…」
― Fin
後書>>広瀬香美さんの「ゲレンデがとけるほど恋したい」。不二と愛のシュプール描きたい!と思ったけれど、どうせ運チ…なら教えてもらいたい!て思って書きました(笑)
2012.02.17