どうしよう、どうしよう、どうしよう。
考えても、考えても、考えても……答えなんて出ない。
でも、言わずにはいられない。
「どうしよう」
誕生日のキセキ
今、私は彼氏である不二周助(通称周くん)の家にお邪魔していた。特に何をするってわけじゃない。ただ、のんびりと二人で同じ空間を過ごすのだ。せっかくの休日なのに、勿体無いって親友には言われたけど、私はそうは思わない。そりゃあね、私だって、新しく出来た水族館とか、今流行りの映画とか、一緒に行きたくない、見たくないって言ったら嘘になるけど。でも、寧ろ今、この空間に二人だけで、周くんと同じ時間を共に過ごせるって言うのが、私にとっては凄い幸せ。いつもなら、そう思えるんだけど。
「……、何?」
「へっ!?」
「いや、さっきからじっとコッチ見てきて……」
どうやら、私は無意識のうちに周くんを凝視していたらしい。それについて周くんに言われて、慌てて視線をはずす。
だって、恥ずかしい。まさかそんなに見てたとは……。私が顔を伏せると、周くんの笑い声が聞こえた。くすくすって、いつものあの笑い声が。
「で、何考えてたの?」
「べっ……別に、?」
そう周くんに返せば、またくすくすって。私は周くんと目が合わせられなくて、視線を下に落とした。すると、ふっと周りが薄暗くなる。
そう感じたころには、周くんの笑い声がどんどんと近づいてきていた。それからはっと顔を上げれば、案の定周くんの端整な顔が間近にある。ドキっと胸が弾んだ。
「しゅ」
途中まで名前を呼んだところで、周くんは私に向かって微笑を浮かべると、優しく抱き寄せられた。抵抗なんてする暇も無い。気づけば周くんの胸の中にいて、耳をそこにやるように身体を預ければ、トクントクンと一定のリズムを奏でる周くんの心臓の音が聞こえる。自分はこんなにゆっくりとしていられないって言うのに、周くんはいっつもそうだ。私とは違って、冷静で、私よりも全然大人なんだ。そう考えると、悔しいような、悲しいような、複雑な気持ちになる。きっと、今の私の気持ち、周くんにはバレバレなんだ。だからこそ、こうやって抱き締めては落ち着かせてくれる。
「……」
ほらね、そうやって私の名前を呼んで。更に落ち着かせようとしてくれる。
無駄なことは何一つ言わず、余計な詮索なんてしないで、私を答えに導いてくれるんだ。
「周くん」
こんな状況で名前を呼ばれたら、言わないわけにはいかないって、わかってるから。私はぎゅっと周くんの服を握って、周くんの胸に顔を埋めた。周くんの香りが私の鼻腔をくすぐる。私はこの匂いが大好きだ。周くんならではの優しい香りがして、とっても落ち着く。
「周くん、あのね」
それから、決心したように一度顔を上げて周くんを見つめた。それから、また視線を落として、口を開く。ノドに突っかかったままの言葉を、無理やりに出そうとしたためなのか、声が少し掠れた。それでも、周くんは何も言わないから、私は言葉を続ける。周くんの心臓の音はやっぱり変わらない。私の心臓の音はこんなにも早く脈打ってるのに。それがまた、悔しくて。
「誕生日、プレゼント……」
「うん」
「今年、閏年、ないでしょ?」
そう、今年は閏年がないのだ。
つまり、周くんの正式な誕生日はやってこないわけで。
「それで、周くんの誕生日プレゼント……」
「用意できなかった?」
言い難くて、言葉を濁しながら言うと、周くんの声が険しいものになった気がした。
私はその声に慌てて首を振る。
「ち、違うの!用意はしてあるんだ、けど……」
声を荒げて、否定する。勿論、きちんと周くんの顔を見て。そしたら周くんは、いつも完璧な笑顔を崩し一瞬ポカンとした表情を作った。
私の急な大きな声に、少し驚いたみたいだった。私は慌てて口に手を添える。それから、また下を向いた。でもまたすぐに口を開いて、ゆっくりと声を出す。
「あの、ね」
ここからが、正念場。ドキドキドキって、心臓の音が煩いくらいに耳に響く。
開いた唇が微かに震えるのがわかる。一度落ち着かせるために、下唇を噛む。
「……周くん、えっとね、私……今日、」
その………泊まっちゃあ駄目かな?
言ったら、周くんがまた唖然とした顔をした。突然過ぎるから困るのも無理はないと思う。本当は私もこんな唐突に言うつもりはなかったのだ。でも、周くんの顔見たら言い辛くなってしまってそのまま……。周くんの顔は未だポカンとした顔だ。こんなに驚いた周くんを今までに私は見たことあるかな?そんなことを考えながら、周くんを見つめる。すると、周くんの表情が一変して困ったような顔に変わった。
「やっぱり、無理かな……」
「無理って、言うか」
困惑した表情で、頬を掻く周くんを見て、自分の発言を取り消したくなった。
誕生日(一日違うものの)にそんな顔はさせたくないのに。
「29日がないから、28日と1日の中間0時前後、周くんと一緒にいてプレゼント渡したかったんだ、けど……」
周くんの顔が困ったと言うか、迷惑そうな顔に変わったような気がして、だんだん私の声も小さくなっていった。最後には声が震えて、不安で言葉に詰まる。沈黙が出来てから暫くして、周くんのため息が聞こえた。ビクっと肩が上下するのがわかる。今の私には周くんの何気ない言動一つ一つが、爆弾みたいだ。
「ご、ごめん!無理に決まってるのにね!え、っと、私、あの、か、帰るよ!」
それに耐え切れなくてなって、にこっと笑った。何とか笑顔を作ったものの、上手く出来てるかは自信がない。
それからすぐさま横にあったバックを掴んで立ち上がった。
「!」
すると、周くんが私を呼んで、手首を掴む。ソレさえも吃驚して、私は瞬きも忘れて周くんの手を見た。それから恐る恐る周くんの顔を見下ろす。周くんの顔が少しだけど、焦ってるようだった。余裕がなさそうに見える。今日一日で周くんの色んな一面を知ったな、って頭の隅で思いながら、周くんの次の言葉を待った。ドキドキした。まるで、入試の合格発表を見る受験生みたいに。
「ごめん、違うんだ。がいてくれるのは凄く嬉しい。でもね」
柔らかい笑顔を向けて、周くんは言ってくれた。例え、彼の優しい嘘だったとしても、それでも嬉しかった。だけど、その言葉の続きが気になって、何も言えない。笑顔もまだ作れなかった。「きゃっ!」すると、急に手首を引っ張られて、重力のままに周くんの胸に倒れこんでしまった。行き成りのことにまた驚いて、周くんを見つめる。周くんの名前を呼べば、やっぱり周くんはいつもの笑顔を浮かべて、また口を開いた。
「でもね、いいの?」
「え?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げた。周くんの次の言葉の意味が理解できなかった。?と首を傾げれば、周くんはクスリと笑って、私を更に引き寄せる。
その行為にどぎまぎしながら、周くんの胸に手をやる。顔も見上げることが出来なくなってしまった。
「そんなこと言われると、期待しちゃうけど?」
今度は耳元で囁かれた。それでも私は意味がわからずに、また同じように疑問の声を出す。
そして周くんの手が私の頬を包むように触った。
「今日は寝かせないからね?」
「それってどうゆう―――」
意味?聞こうとしたけれど、顔を持ち上げられて、目が合った瞬間、周くんの顔のドアップが私の瞳に映った。
どんどんと近づいてくる周くんの綺麗な顔に言葉を失って、そのまま口付けられる。
「プレゼント、楽しみにしてるよ」
長いキスの後、周くんは今日一番の笑顔を向けた。
その笑顔の意味を、私は後で知ることになる。
― Fin
2005/03/02