サクラサク
最初はこんなこと、考えたことなかったのに。それなのに、全てが狂った。最初は、彼を1日でも見ることが出来ればそれで満足だった。それだけでラッキーだと思えた。偶然でも彼と目が合った時は涙が出そうなくらい……もうわたしは今日死んでも良いくらいに、幸せだと思った。友達と楽しそうにオシャベリしているとき、部活で楽しそうにテニスをしているとき、彼の笑顔を見たとき、それだけでドキドキして、ワクワクして、あったかい気持ちになれた。これが恋なんだと、思った。その頃はまだ、恋は綺麗で穢れが無い純粋なモノなんだと信じてた。
―――それなのに、どうして
キッカケはきっとクラス替えのアノ日。クラス発表がされてある掲示板に友達と一緒に見に行ったとき、わたしの瞳に彼が映った。彼の目線はじっと掲示板の方へと向けられていた。その姿が凄く格好良く見えて、見惚れてしまったのを覚えている。そして、願ってしまったんだ。決して、望んではいけないことだったのに。
―――彼と、同じクラスになりたいな。
そんな淡い期待を胸に見上げた掲示板には沢山の生徒の名前。ズラーっと並んで少し目がチカチカして。それでも初めに探したのは自分の名前じゃなくて、彼の名前。は行の彼の名前は結構下の方にあるから見落としがちになったりする。だからわたしは1組1組念入りに調べて。そして発見した。
不二 周助
早々滅多にいる名前なんかじゃない。わたしの心が躍った。その組の女子の部分を見る。順番に見ていって。違う、違うって心の中で呟きながら。どんどんと鼓動が早くなっていって。
「!良かったじゃん!彼と同じクラス!!」
そうして、発見した自分の名前。隣で友達がまるで自分のことのように喜んでくれた。そんな、新学期。嬉しくて、涙が出そうになった。……でも、これが間違いだったんだ。同じクラスになって、席替えをするたびに、今度は彼と隣の席になりたい。そんな風に思うようになった。うちのクラスの担任は、1ヶ月ごとに席替えをする。少しでも多くの人と仲良くなって欲しいから、とそう言う願いからだと言っていた。わたしはそんな先生の願いはどうとも思わなかったけど、その意見には賛成だった。だって、彼と隣になる可能性が増えるわけで。わたしにとっては願ってもいないチャンスだった。席替えは主に月初めに行われたから、わたしはその日がとても、とても楽しみだった。
「あ、隣ってさん?宜しくね」
そうして、何度目かの席替えをして、ようやく彼の隣を陣取ることが出来た。わたしは嬉しくて、でも初めて近くで見る彼にどきどきして、声を掛けられたにも関わらず、上手い具合に声が出なかった。コクコク、と何度も頷くだけ頷いたら彼に笑われた。恥ずかしかったけど、嬉しかった。初めてわたしに向けられた彼の笑顔だったから。
それからわたしは彼と良く話すようになった。
彼はそれなりに社交的な性格で、見た目と同様に優しい人だったため、緊張していたわたしに合わせて話してくれたりした。だからわたしも何とか少しずつではあるけれども話せるようになった。毎日朝会うたびに「おはよう」と言われ、帰るときには「また明日ね」って、そんな他愛も無い挨拶から、テスト前になると苦手教科を一緒に勉強したりした(彼に不得意教科なんて多分無かっただろうけれど)
次第に彼のわたしを呼ぶ名前も「さん」と言う苗字呼びから「」と言う名前呼びに変わっていった。それが嬉しくて、何だか彼に近づけたみたいで。
仲良くなってから、部活の見学にも行くようになった。一生懸命練習をしている彼の姿は、1年前はずっと遠目でしか見たことがなかったが、今では休憩時間の度に駆け寄ってきたり、ふとした瞬間笑顔を向けてくれたり、手を振ってくれたりする。そんな時間が幸せだった。
―――それなのに、何故?
こんなに仲良くなれて、こんなにも幸せだと思っていたのに。それなのに、人は、一つのことが叶うとその次を欲しくなってしまう。その次が手に入るとまたその上を願ってしまう。初めは、1日に出会うことが出来るだけで満足していたのに。今は、彼の特別になりたいと思ってしまう。彼の笑顔を独り占めしたくて。わたし以外の女の子と話さないように、他の女の子に笑顔を向けないように、閉じ込めることが出来たら。最近ではそんな風に思ってしまう自分がいる。そんなこと思いたくないのに。
「そんなこと思うのは、駄目なことかなあ……?」
「……」
友達になれたら、それじゃあ満足できなくなっちゃったんだ。彼の特別になりたくなっちゃったんだ。そう言えば、友達は眉毛をハの字にさせて、わたしを見た。そんな目で見ないでよ。哀れんだような目で見ないで。同情なんかしないで。余計に虚しくなるじゃない。
「不二くんのこと、こんなに好きになってたなんて、自分でもわからなかったんだ」
淡い恋心だったはずなのに。いつの間にか本気になってた。好きなんて可愛いものじゃなくて、愛しいともちょっと違ってて。初恋なんて初々しいものとはかけ離れたようなこの感情。彼のことを思うと、胸が苦しくなって、時々呼吸困難に陥ったりする。切なくて、悲しくて、苦しくて、辛くて。彼に恋して色んなことを学んだ。
「告白したら?」
そんな友人の言葉が耳に入った。彼女を見れば、とても真剣な眼差し。本気で考えてくれてるんだと思うと正直くすぐったかった。わたしはそんな友人に笑顔を向ける。それからゆっくりと左右に首を振った。
「本当なら、好き、って不二くんに言いたい。だけどね、きっとそれを言ったら駄目になる。もし不二くんの答えがイエスだったとしても、ノーだったとしても、わたしはそれだけじゃ満足できなくなっちゃうと思う。束縛して、不二くんを苦しめる……」
だから、告白は出来ない。彼の可能性を潰すような真似、したくないのだ。いや、それはただの奇麗事。……ただ、怖いんだ、わたしは。フラれて、気まずくなったり、自分の気持ちを押し付けると言うことが。ただの臆病者の考えなのだ。
「……でも、それほど、好きなんでしょ?」
すると、彼女が口を開いた。また、真剣な声色。泣きそうになった。
「は、それくらい不二周助のことが大好きなんでしょ!」
ガタン、と机が動く音がした。わたしはその音とともに友達に抱きつく。それから弾かれたように涙がポロポロとこぼれる。涙が押さえきれなかった。同様にこんなにも好きになってたんだと気付かされて。
「好き、だよ……大好きだよ……!」
嗚咽と共に吐き出した。
サクラサク、そうしてわたしたちは今年3年生になります。
貴方への想いを募らせたまま―――
― Fin
2005/04/05