「……もう駄目、終わった、私の人生」

 まるで死刑を言い渡された囚人もような気持ちに陥った。
 (囚人になったことないから実際にはわかんないけど)



魔王に気に入られた少女




 「〜……出来た〜?」
 「……出来るわけ、ないじゃん」

 後ろからやってきた女子に今までやっていたそれを渡すと、斜め後ろから声が聞こえた。その声に私は面倒極まりないと言った風に答える。……そんな質問、愚問中の愚問だ。はあ、ってため息交じりで言えば、俺も、なんて元気の無い声が聞こえる。

 「はあ、30点行けば良いほうだよ」
 「勝った、俺自己採点20点」

 それはあんまりなのでは?と笑ったら、彼、英二はむっとした顔になった。それでも私は笑いつづける。……これで答案が返ってきたとき、英二に負けてたら馬鹿みたいだけど。そう考えながら、笑っていたら隣から声がかかった。

 「?笑ってる場合じゃないんじゃない?英二も、それは勝ったって言わないよ」

 その声は妙に落ち着いていて、それでいて私の今の気分をどん底まで落としてくれた。がっくりとうな垂れるように隣を見れば、憎らしいほど笑顔の不二。とっても不本意だけど、今の私の隣人だ。

 「あーー!もうっ!信じられない!抜き打ちなんて卑怯よ!!教えといてくれてもいいじゃん!!」

 私は不二の言葉を敢えて無視して叫んだ。
 それから机に突っ伏す。

 「そうだよにゃ!前日くらいにでも教えといてくれたら、ちょこっとは勉強すんのに!」

 そうすれば、すぐに上の方から聞こえる、英二の賛成意見。やっぱり英二は私の気持ちをわかってくれる。最高の男友達だ。良く男女の友情なんて無いって言うけど英二となら有り得ると思う。
 英二の一言で、また私の気持ちが上昇していこうとした瞬間

 「それじゃあ抜き打ちにならないでしょ?」

 当たり前のことを、当たり前の如く、当たり前な笑顔で言い放ったのは不二。言ったら抜き打ちにならないことくらい私にだって解かってる。だけど一言言ってやりたいんだ。言わなくきゃ気がすまないから言ったまで。だけどこうもアッサリと言われてしまうと返す言葉も無いわけで。不二の何気ない一言に、私の気持ちが上昇しだすことは無かった。

 「煩いなー、わかってるよー」

 私はこの男が苦手だ。何でもそつなくこなして、なおかつ頭も良くて顔も良くて性格もいいと女子の間から絶大なる支持を受けている。
テニスではちゃっかりとレギュラーの座を取って、家もお金持ち。正に無敗の三冠馬。そりゃあ、顔がいいことは認めよう。悔しいけど、多分家系。確か一度お姉さんを見たことがあるけれど、本当に綺麗な方だった。モデルかと思ったほど。嘘じゃなくて本当に。
 頭がいいことも認めよう。得意教科は確か今やった古典。でも、得意教科以外も勿論かなりの好成績。彼の悪かった、って言う点なんて私からしてみれば全然よくて、反対に腹が立ってしまうほどだ。
 一度最低点を取ったときに(その日のテストはいつもよりも難関問題ばかりで、平均点は至極低いものだった)不二が少し苦笑交じりでテストを見せてくれた。「今回は僕も悪かった」とか言って。見たら78点。平均が確か……50前後だった気がする。それだけ取れれば十分だろ!って怒ってしまったことを覚えてる。
 まあ、そんなことはどうでもいい。納得がいかないのは、次だ。
 性格が、いい?性格がいいって、どこを見て言ってるのだろうか。確かに、私が初めて不二と出会って、隣の席をゲットしたときは、凄くラッキーなんじゃないかと思った。前に消しゴムが何故か突然なくなって困ってたとき


 「消しゴムないの?はい、あげるよそれ。僕もう一つ持ってるから。消しゴムないと不便でしょ?」


 そう言って不二は笑顔で消しゴムをくれた。いい人だ……と思った。しかし、それが今はどうだろう。ふっつーに人を陥れるようなことを平気でいうし、人が困っているとそれを面白がって見てたりするし、人が真剣に言ってるのにからかったり。そう、完璧の二重人格者なのだ。俗に言う腹黒と呼ばれる人間なのだ。

 「絶対騙されてる」

 セツに思う。クラスの、いや校内の女生徒諸君の目は節穴だ。
 (一時期の私も節穴だったんだ)

 「何が騙されてるの?」

 ポツリと呟いてしまった独り言。返事が返ってきてギクリとした。見れば整った顔立ちを私の方へ向けている不二。そんな不二の顔を見て、一人ドキドキしていた自分は一体いつの話だろう。今はその笑顔さえも胡散臭く思える。

 「別に。独り言」

 素っ気無く返せば、不二はふーんと笑った。そんな小さな動作さえも癪だ。不二の言葉が癇に障る。私は今にも不機嫌な顔になるのを必死で押さえて平然を装った。……我ながら、とんだ役者である。今ならハリウッド進出も夢じゃないかもしれない。

 「テスト返し、地獄だにゃ……」

 すると、前の方で今にも死にそうな表情をしている英二に気付いた。そんな英二に思わず苦笑。といっても自分も決して他人事じゃない。きっとこのテスト返しは今までで一番の苦痛なものになることは決まっている。日頃まめにコツコツやるタイプじゃなかったのがいけなかったのか。だけれども、今さらそんなことをいつまでもグチグチと愚痴ってもしょうがない。終わってしまったものはもうどうしようも出来ないのだ。

 「もういいわよ、中学生のうちは留年なんてないもん」
 「留年はないけど、僕ら今年は受験生だよ?いくらエスカレータ式だからって、あまりにも成績悪いと補習があるんだし…もうちょっと危機感もったほうがいいよ」

 苦し紛れにいった言葉はやっぱり不二の返事によって消えうせる。誰も頼んではいないのに、返事をくれる不二(しかもグサリとくる一言を)……確かに不二の言うことはもっともだ。ちゃんとした正論だと、思う。でももっともだけどもっともっとなんかこう、違う言い方ってないものだろうか。もうちょっとオブラートに包めないものだろうか。それが優しい男じゃないのか。言いたいことは山ほどあるのに、一言も返せない自分が嫌だ。

 「不二はいいよね、何でも出来て」

 ふん、と思わず言ってしまった。こんなの八つ当たりだってわかってる。自分がやらないから出来ないのに、他人の所為にするのは最低だ。だけど、こうも完璧な人物を見ると、嫌味の一つも言いたくなる。今の私はそれほどにも追い詰められているんだ。

 「別に、何でもってわけじゃないけど」

 謙遜する不二が憎い。
 私の事を馬鹿にしているわけじゃないだろうが、何だか見下されてる気分になる。

 「出来るじゃん。どうせさっきのテストだってきっといいとこまで行ったんでしょ?」

 不貞腐れた風に言ったら、不二は苦笑した。きっと私の言ったとおり、いい出来だったんだろう。少し気を利かせて控えめに主張した、とそう言ったところか。優しいんだか酷いんだかわからない。いや、優しいんだろうけどさ。でも、何かその優しさは間違ってるような気がする(他の人だったら間違いなく優しい人だなーと感じるはずなのに)

 「これだから天才って嫌いだよ」

 けっと、可愛げない仕種をすれば不二の顔から笑顔が消えた。それからかわりに現れたのはきょとんとした顔。呆気に取られた、と言った風な感じか。そんな顔も綺麗だ。ほんとに神様は間違ってると思う。というか不公平すぎる。なんでこうも違うのか。

 「僕はのこと、好きだけど?」

 そして、極普通に言われた言葉。

 「………は?」

 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。今度はきっと私が呆気にとられた顔をしているんだろう。
 目の前には、先ほどのきょとん顔から笑顔に戻った不二の顔。

 「今、何ていった?」

 あまりにも簡単に言うから、自分の耳が変な風に変換してしまったかもしれない。私は怪訝そうに不二を見ると、不二は同じ笑顔でまた繰り返す。横を見れば、英二が自分は知らない、自分には関係ないといった風な表情で顔を背けている。

 「あのー……不二君?」
 「は僕のこと天才って呼ばれてるから嫌いなの?」

 人の話、聞いてくれますか。
 ……呼んでるのに、無視しないでいただきたい。

 「いや、だから」
 「ねえ、?」

 有無を言わさぬ行動。遠かった距離が少しだけ詰まる。
 ……はっきりいって、逃げるって不可能なんじゃないかってくらい。

 「?僕のこと好き?」

 次に名前を呼ばれた瞬間、私は何かに取り付かれたように、頷いてしまっていた。

 「……もう駄目、終わった、私の人生」

 ボソリと先ほど呟いた言葉を、別の意味で私は呟いた。
 今度は、囚人達の気持ちが、わかったような気がした。



 余談だが数日後、テスト返しで見事最低点を記録した私は英二と一緒に補習となり、放課後補習じゃないはずの不二が必死こいてプリントをやっている私達をにこやかに見ていた。
 くそう…やっぱり天才って嫌いだ!





 ― Fin





あとがき>>苗字呼びって学生ならではでいいと思います(笑)そのためだけに苗字呼びにしました

2005/07/06