。○゜タイムリミットは二週間゜○。




年を明けた二〇〇六年。
お餅を食べて、親や親戚の人達からお年玉をもらって、また今年も一年良い年になりますようにと初詣をした、なんら変わりのない正月は、駆け足で過ぎ去った。Happy New Year!とどこを見てもどでかく書かれて、少し浮かれ気味だったのにいつの間にかそんなことあったようには感じさせないくらい、落ち着きを取り戻していた。けどもそれは一時(いっとき)だけの静けさに過ぎなかった。二月に入った今、新たなるイベントが、待ち受けているのだ。

それは…Valentine's day
恋人達のクリスマスに筆頭するくらいの冬の一大イベントだ。この行事で誕生するカップルは、およそクラスの半分。そしてバレンタインで高まった気持ちが冷め、日常に戻り始めるのが……約一週間後。その頃別れるカップルはその内、九割方を占めた(去年のクラスを基準)
だから私は、この行事はあんまり好きじゃない。妙に浮かれて大して好きじゃないのに、変な錯覚を起こしてチョコレートと一緒に告白。

「付き合って!」
「オゥイエス!!」


あまりにも単純すぎる。まぁ中には本気の人もいるんだけど。(そんな人には申し訳ないと思う)私だって頑なに否定しているわけじゃない。…まだ好きな人だけにあげるのならわかる(いわば本命チョコ)けれど最近は、義理チョコなんて言って好きでもない男子にチョコをあげたり。それでもいい!って喜ぶ男はいるけど…何だか嫌だ。前は、バレンタインと言えば恋人達の日とか、ずっと秘めていた想いをぶつける、片想いの女の子の日だった筈なのに。なんだかそれは此処数年で、大きく変化したように思うんだ。…「好き」の想いが、安っぽいもののような気がしてならない。それが嫌だから、このバレンタインと言う一日が苦手なのだ。

…私にだって、あげたい人くらいは、いる。だけど、そんな先入観からか、どうしてもこの日に告白やチョコを渡すという行動を、実行しようとは思えなかった。自分の彼への想いは、そんな簡単なものなんかじゃないから。ずっと、ずっと暖めてきた想い。だからこそ、こんな浮かれ立った日に、想いをぶつけるような真似をしたくないんだ。そんな思いから、私は長年バレンタインの日に彼にチョコを上げたことが今までのうち、たった一度しかない。しかもそれと言うのも、クラスの催しみたいなもので、クラスの女子達でお金を出し合って安っぽいチョコ(五十円くらい)を買って配っただけの話。なんのロマンもへったくれもあったものじゃなかった。勿論それでカップルが誕生するなどは一切なかったし、彼への想いなんか伝えることはなかったから、彼と私の距離は縮むことは無い。
それは、今も変わらない。同じクラスになって早八年。クラス数も多いというのにずっと一緒。それなのに私と彼の関係はただの知り合いレベル。一歩が踏み出せないまま。
はっきり言って彼はモテる。頭はいいし、運動は出来るし(何せあの強豪といわれたテニス部のレギュラーをやってるくらい)誰にだって優しいし、失敗しても笑って許してくれる寛大な心の持ち主で、大人の人。そんな人、周りの女の子が放っておくわけもなく。……聞いた話によれば告白なんか日常茶飯事。
そんな中バレンタインと言う行事。
はっきり言って絶好のチャンスなわけだ。日ごろ消極的だった女の子もこの日ばかりは、と気合を入れて告白をしている。そんな光景を長年見てきたわけで。その日になると、何度もクラスのドア際で彼を呼び出す女の子と、その人についていく彼の後姿を見てきているわけで。正直、彼の背中を見ていると哀しくなる。

私もチョコをあげたくないといったら嘘になる。私だって彼のことは本当に好きだと言えるし、彼にこの気持ちを知ってもらいたいとさえ思う。願わくばこの想いが叶えばいいとも思う。けれど、どうしても一歩が踏み出せない。

結局私は臆病者なんだ。チョコがどうとかくだらないとか、信じられないとか言いつつも、結局は羨ましいのだ。素直に想いを伝えることの出来る女の子達が。そして、見事結ばれた恋人達が。嬉しそうに顔を綻ばせている恋人達を見ていると、いいな…と思わずにはいられない。

「それだったらさっさと告白しちゃえば良いのに」

一人、物思いにふけっていると突如後ろから声をかけられた。慌てて振り返ると其処には友人のの姿。呆れたように目を細めて、右手を腰に当ててため息なんかつかれてしまった。

「…!な、え?」

でも、何故急にがそんなことを言うのか。その点が私には理解が出来なかった。頭の中ははてなマークで大渋滞だ。いくつものはてなマークが押し合いへし合いする中、が近くの席に腰掛けた。

「何でって?…アンタ思ってたこと、全部口に出てたわよ」

……ひぃ!

全て、解決した。

そう、考えていたと思っていたのに、無意識のうちに言葉になって口から出てしまっていたのだ。周りを見ればまだ残っている生徒が不思議そうにコチラを見ている。…放課後でよかった。本当にそう思う。もし、授業中にでもこんな発言していたらクラスの笑いものだ。何より、彼にバレてしまうのが嫌だ。

「…私、…誰かの名前…とか、言ってない…よ、ね…?」

恐る恐るに尋ねれば一瞬キョトン顔の。でもそれはすぐに直されて、ゆっくりと縦に肯いた。良かった…!心底思った。
何度もアレだが、彼はモテる。きっとこの残り組みチーム(チームではないだろうけど)の中にも彼を狙っている人はいる。クラス一美人(もしかしたら学校一?)で学力・運動・性格ともに二重丸で人気者のNさん何か良い例だ。そんな人たちに私の彼に対する気持ちを知られるわけにはいかない。

「で、誰なの?彼って」

ニヤリとほくそ笑む友人の顔が映った。思わずのけぞってしまい、椅子が後ろへと傾く。それから何とか引きつり笑いで誤魔化そうと試みた。秘密、と言えば素っ気無い返答が返ってきてちょっと切なくなる。けどもこれ以上つっこまれるのは正直勘弁願いたかったので、これで良いと言えば良い。そう一人完結させようとしたのだが。

「不二くん、でしょ?」

そうも行かないようだった。小声で周りに聞こえないように配慮され、そっと耳打ちさてた私はほっと安堵の息を漏らしかけた私は勢い良くむせてしまった。今牛乳なんか飲んでいたら間違いなくにぶっかけていただろう。大丈夫?なんて優しげな、でも悪びれた様子もない言葉が恨めしい。思いっきりむせ込んだため、私の瞳には涙が溜まっていた。それが一粒落ちて、人差し指で拭う。トントン、と私の背中を撫でるの手が嬉しいはずなのに、憎らしい。

「い、いき、なり…何!?」

ある程度咳をして、元の呼吸へと戻す。
苦し紛れに言った言葉はケロンとしたによって脆くも崩された。

「ビンゴ!」

ビンゴ!じゃない。
の顔を見れば嬉しそうに親指と中指を鳴らしている。その姿はまるで幼い子どもを見ているようで、自分が母親にでもなった気分になってくる。
けども、和んでいるわけにはいかないのだ。何でわかった?と、問いかける。

「見てればわかるよ」

一刀両断。そんなにバレバレな態度なのだろうか。少々不安になってくる。

「そんな分かりやすい?」

そりゃあ、彼と話が出来た日にはもうスペシャルラッキーデイ!宝くじ三億円が当たるよりも幸せな気分になるけれど。そんなに顔に出ているのだろうか?更に問いかければはふう、と小さく息をついた。

「そんなに好きならやっぱり告白すべきだと思うなあ。ほら、中学生活最後なんだしさ。今年くらい頑張ってみたら?」

微笑まれる笑顔が眩しい。
私はこんな風に笑えていないだろう。

「…もう少し、考えてみるよ…」

私は薄ら笑いを浮かべ、曖昧に返事を返した。



タイムリミットは二週間。
それでずっと変わらなかった関係全てが、変わる。





 ― Fin





2006/02/01