自分の生まれた日ってさ年に一度の一大イベントだよね。
でも、あたしはその一日が一番憂鬱で、嫌いだったりするんだ。



君で良いじゃなくてあなたが良い




ちゃん、おたんじょーびおめでとう」
「わあー、ありがとおっ」


小さい頃は、とてもとても楽しみだった自分の誕生日。それが、いつの頃からだろう。多分、中学に入ってから。…凄く、凄く憂鬱なものになっていった。そう言ったら良い若者が何を言う、と母親に怒られたことがあるが、仕方ない。とても、嫌な1日なのだ。憂鬱になった理由、それは自分でも良くわかっている。いや、自分だから解っている。

あたしには、幼馴染が居た。その幼馴染とは本当に仲が良くて、ずっとずっと一緒だったのだ。あたし達はお互いに3人兄弟だったけれど、それでも、一番彼とあたしが仲が良かったように思う。それは、自惚れじゃないはずだ。良く、男女の幼馴染は、大きくなるにつれてあまり話さなくなるらしい。と言う話を聞いたことがあるけれど、でもあたしとその幼馴染は違った。小学校低学年の頃は勿論のこと、高学年になったって、中学にあがったって変わらず、仲が良いままだった。お互いの誕生日を祝うのも、毎年恒例の行事で欠かさなかった。彼は2月生まれ、そしてあたしは6月生まれ。夏と冬、対照的ね。なんて笑いあっていたのは、そう昔の事では無いはずなのに、今はとても遠い。

全てが変わったのは、中学2年の頃だったように思う。突然、彼との距離を遠く感じるようになった。今まではあんなに一緒に居たのに。…初めは、初めてクラスが別になったからなんだと自分に言い聞かせていた。でも、違ったのだ。彼の様子が変わったわけではない。彼は何も変わってないんだと思う。あたしを呼ぶ声も、小さい頃に比べると低くなったけれどそれでも優しい「」と呼ぶ声音はあたしを酷く安心させるものだったし、帰りが偶然一緒になれば帰ったりもしていた。でも、凄く凄く遠かったのだ。彼は、昔から何をやってもそつなくこなして、人気者だった。それは中学2年になってからも不変のことだったはずなのに、でも、中学になってからは、明らかに変わったのだ。あたしが、とか彼が、とかでなく、周りが。彼を取り巻く環境が、著しく変化したのだ。

小さい頃始めたテニス。あたしも彼も遊びとして始めたテニス。それなのにいつしか彼は趣味のテニスがいつの間にかすんごく強くなってて強豪と呼ばれるテニス部で見事レギュラーメンバーに選ばれる程になっていた。あたしはと言えば、才能がなかったのだろう。趣味から本気になることはなく、そこそこ出来る程度、と言うものだった。中学の頃には実力の差は明らかだったのだ。多分、それも一つの原因だ。

そして、彼は、中学に入ってから、モテ始めた。小学校の頃から優しくて人気者だったことは知っている。でも、その頃はまだ「恋」とか「愛」とか可愛らしいものだったのだと思う。でも、中学に入れば違う。「ちょっと良いな」が「すっごく良いな」「付き合いたい!」「彼を独り占めしたい!」と言う欲求に変わってくるのだ。「なんか可愛いよね」が「かっこよくない?」に変わって言って、凄く凄くモテ始めたのだ。誰もが彼の容姿に見惚れて、彼のテニスを「天才」だと褒めちぎるようになった。それから、彼が遠く感じたのだ。
気軽に、「周ちゃん」と呼べなくなってしまったのは、その頃だろう。同じように、お誕生会も開けなくなってしまった。

「どうして?」

そう言われたのは、あたしの14の誕生日の前日頃だったと思う。「明日はどうしようか?」なんて嬉しそうな顔が窓から覗いていたように思う。そんな優しい笑みに、「もうこういうのやめない?」と、自分から言ったのだ。それから続いたのは「どうして?」と言う彼の言葉だ。

「なんていうか…いつまでも子どもじゃいられないってゆうかさ。…ほら、中学生にもなって、幼馴染でお誕生会とかって、なんか…ちょっと」

それが、終止符だった。が嫌なら、仕方ないか」と窓がぴしゃりと閉められた。淋しかった。昔から、楽しみだった年に一度の自分の誕生日。彼に祝ってもらうことが凄く凄く嬉しかったのに。楽しみだったのに。何よりも、誰に言われるよりも幸せだと思っていたのに。
気づいてしまったんだ。あたしは、周ちゃんのことを好きになっちゃったんだと。きっと、この先お誕生会しようと言ったら彼ならしてくれてたと思う。多分、彼女が出来ても「大切な幼馴染だから」と言って祝ってくれただろう。でも、それは嫌だったんだ。…きっと、彼女が出来た頃にはこの気持ちは更に大きなものになっていて、止められなくなっていそうで…。怖くて、逃げ出したのだ。臆病者の考えだ。
それから、あたしはいつしか周ちゃんと本気で向き合うことが出来なくなってしまった。ずっと、ずっと平行線のまま。交わることの無い、気持ち。距離。辛いと言ったら嘘になるけど…。





あれから、いくつもの季節が巡って、あたし達は年を重ねた。中学もあっという間に卒業して、高校進学を果たしたあたし達はかける様に高校を終え、そして、今。大学部へと進学していた。もうあたしも今日で21になった。……あたしの想い…周ちゃんへの気持ちを隠したまま、閉ざしたまま十代は足早に過ぎ去ってしまったのだ。

自分の誕生日は、憎らしいほどの快晴だった。最近はこの時期でも30度をユウに越えてしまう。まさに温暖化独走中。今日の気温も、日中30度を越えるらしかった。朝、目覚めると何通かのメールが届いていた。全部内容は同じだ。女友達からの「誕生日おめでとう」メール。嬉しくないと言ったら嘘になる。いや、完璧に嘘だ。嬉しいに決まってる。自分の好きな友達に自分の生まれた日を祝われて、嫌な人なんているはずがない。…だけど、素直に喜べないのは。…幼馴染からのメールが無いから、だろう。ふう、とため息をついてベッドから這い出たあたしは、リビングで母親からの「おめでとう」を貰って、早々と家を出ることにした。自分の誕生日に、長居は無用なのである。ちんたらしていたら、絶対に「今年こそは周助くんとお祝いしないの?」が始まるからだ。「どうして、急にそういうの止めちゃったの?…周助君、テニスが忙しいのかしら」これもお決まりの台詞だ。…母親は、知らないのだ。あたしの恋心も、何もかも。普通の隣人だと思っているのだから。小言が始まらないうちに玄関から脱出すると、あたしはそそくさと歩いた。
ぺっかりと浮かぶ太陽が憎たらしくてたまらない。あたしは陽射しを一睨みすると、鞄を肩に掛けて歩き出す。毎日通る十字路や、街路樹が、今日ばかりは違う風景のように見える。キラキラと降り注ぐ太陽の光を一身に浴びた緑が綺麗に輝いている。…あたしもあんな風に、輝きたい。どれほど願っただろうか。
昔は、20歳って言えば、凄く大人のイメージがあった。だって、19と20は全然違う。未成年じゃなくなるし、全てにおいて責任が強くなるわけだ。いつまでも子どもじゃいられないんだろう。証拠に、20代らしき人たちを見れば、やっぱり自分とはどこか違って見えたものだ。だから、あたしもいつかあんなふうになるんだろう。そう思っていた。大学に行くにしても、就職するにしても、絶対輝いているに違いない。毎日をかっこよく生きたい。そう強く憧れていたはずなのに。実際あたしは、21になった今、何も変わっていない。身体だけ大きくなって、中身は子どものままだ。精神面では完全に幼いままなのだと思い知らされた。

「…はあ」

ため息が漏れる。あたしは、いつ、どこで道を間違えてしまったのだろう。周ちゃんと幼馴染になってしまったから?違う。周ちゃんに恋をしてしまったからだ。全ては、この…浅はかな気持ちが芽生えてしまったからなのだろう。そして、それを中学の時期に、諦めることが出来なかったからだ。…十代の気持ちは、十代のうちに消化しておかないといつまで経っても消えないのよ?そう、由美子姉さんに言われたことがある。そうなのかもしれない。
同じように、小さい頃に流さなかった汗は、年老いてから涙になる。と聞いたことがある。じゃあそれってあたしはがむしゃらにならなかったから、後悔ばかりの人生になってしまうんだろうか?…そう考えると、億劫になってくる。それも自業自得だから尚更だ。
じりじりと暑く焼けるような陽射しが、あたしの肌を焼いていくような気がする。そう言えば、今日日焼け止め塗ってなかったかもしれない。そんなことを考えて、あたしは足を速めた。色々考えるのは止めよう。こう暑い中色々考えていると脳味噌が溶けそうな感じがする。
覚束無い足でふらふらあと歩くのは、もう大分日に浴びている所為だろうか。はあ、ほんと。暑いのは勘弁だ。額に手を当てて、もう一度ため息をつく。学校までの道のりが、果てしなく遠い。

!」

すると、かかる声…と、腕に触れる感触。え、と思う間もない。次の瞬間にはあたしは掴まれた方向へと引っ張られるように倒れた。―――でも、痛みはやってこなくて、あ、この後ろに彼がいるんだ…と感じる。「大丈夫?」と聞こえる声に、ドキドキする。

「だ、いじょうぶだよ」
「無理しちゃ駄目だよ。は暑さに弱いんだから。今もまた倒れそうになってたでしょう?」

さすが、長年の幼馴染。と言う奴か。彼はあたしの今の状況を一寸の狂いもなく当てたのだ。後ろから覗き込まれるようにされて、周ちゃんと目が合う。もう一度「大丈夫?」と言う声がかかって、あたしはコクリと肯いたけれども、どうやらその意思は却下されてるらしい。重かった鞄が肩から抜かされ、あっという間に周ちゃんの肩にかかった。

「い、良いよ。自分で持つよ!」
「良いから。ちょっとは甘える。ね?」

そう言ってふわっと笑うのだ。ああ、やっぱり何年経ったって、彼は優しい。14のあのとき、突き放したつもりだった。それでも彼の態度は変わらなかった。学校で会ったら普通に挨拶くれるし、下校時間が一緒になったらそれとなく一緒に帰る。そして、今もそうだ。偶然一緒になったら登校も一緒にするのだ。何気なく、さりげなくあたしを気遣ってくれるその気持ちが嬉しいと同時に、辛い。だって、今でも仲良くしてくれるのは、手の掛かる幼馴染だからでしょう?…何年経ったって、あたしも変わってないんだと思い知らされて、胸がきゅう、と締まるのがわかった。

「それに、今日はの誕生日でしょ?」
「…う、ん」
「だから、久しぶりの僕からの誕生日プレゼントだと思って、甘えて」

ツクン、と胸が痛くなった。そう仕向けたのは紛れもなく自分自身なのに、自分のしたことで傷ついてるなんて莫迦だ。

「でも…あたし今年の周ちゃんの誕生日、お祝いしてないのに…悪いよ」

ぽそぽそと呟くように言うと、周ちゃんがキョトンとした。それから頭にポンポンって。あ、撫でられてる?と気づいて顔を上げれば、やっぱり周ちゃんの笑顔があって。「じゃあ、また前みたいに誕生会する?」と、かかった。ズキリ、ズキリ。胸が、軋む。多分、周ちゃんからすれば、冗談半分な台詞だろう。「もー周ちゃんは!」って笑って返せば良いじゃない。なのに、言葉が出なかった。
歩いていたはずの足が、止まる。あ、ヤバイ。泣きそう。なんで泣きそうになってるのか、わからない。色んなことがごっちゃになっててわからない。

「中学2年にもなってお誕生会なんて。…相手がおこちゃまだから合わせてあげなきゃ駄目なのよ。不二君、優しいから」
「ああ、お守りが大変ってことね?」
「こんなんじゃあ彼女、作れないわよね」

悔しかった。反論出来ない自分が。あたしが、周ちゃんの邪魔してるんだと思ったら、本当にそんな感じで。言い返せなかった。呼び出しはいくらかあったけれど、こんなに的を得た言葉は初めてで。そして、あたしは…周ちゃんを好きだから、距離を置くことに決めた。我が侭も言わないって。無理言わないって。

?」

歩くのを止めてしまったあたしを、不思議に思った周ちゃんが、あたしの顔を覗き込んだ。あ、瞬間に目が合って。我慢していたものが流れ出る。ポロポロと、アスファルトをぬらすそれは、紛れもなく自分の涙だ。?また周ちゃんがあたしを呼ぶ声が聞こえる。でも二回目のそれはちょっとだけ焦りを含んでるように見えた。だって、泣くなんてわけわからないよね。あたしはぐしぐしと手の甲で涙を拭いた。

「な、んでもない」

それから、笑顔だ。でもそんなの通用しない。

「…、なんでもなくないでしょう?」

射るような眼差しが、こちらを向く。その目を見たら、抗えないのだ。折角拭った涙が、加速してまた零れ落ちる。ボロボロと止め処ない涙が、あたしの頬を伝って落ちた。「ご、め」ひゃくりが上がってなかなか言葉にならない。嗚咽が邪魔して台詞を紡げなくて、もどかしい。そうすれば、周ちゃんがまたあたしの頭を撫でた。

「ゆっくりで良いから。が落ち着いたときにゆっくり話せばいいよ。…無理しなくて良いからね」

その言葉は、あたしの最後のたがを外してしまった。蓋をしてた想いが、よみがえる。本当、あたしは一体何処で道を間違えてしまったんだろう。なんで、周ちゃんの傍にいることを放棄してしまったんだろう。周ちゃんのために。そう思ってた。でも、実際は違うのだ。あたしは、ただ、逃げただけ。逃げる口実に周ちゃんを使ったんだ。綺麗事のようにして、自分を良く見せたかったんだ。本当は、本当の自分は、気持ちは、周ちゃんにあたしの気持ちがバレてフラれるのが怖くなったから、なのに。だから、フラれるなら、幼馴染じゃいられなくなるなら、って、自分から距離を置いたのだ。本当はアノ子達の言葉なんて、どうでも良かったのかもしれない。周ちゃんを失いたくないから、変な小細工をしてしまったんだ。



何処から話せば良いのか。考えて、ふっと思いついたのは、14歳になる前のあの日だ。ぽつり、ぽつりと話した。周ちゃんは黙って聞いてくれていた。あたしのあの時の気持ち。素直な、ありのままの言葉を。

「周ちゃんとの、関係を壊したくなかった」

だけど、だけどね。本当は、本当はね。あたし、周ちゃんのおめでとうって言うのも、周ちゃんにおめでとうって言われるのも凄く凄く楽しみだったんだよ。周ちゃんのことだけを考えて買うプレゼントも、周ちゃんがあたしにって選んでくれるプレゼントも、凄くすっごく好きだったんだよ。

乾いた頬は、ちょっとだけひっついた感じがした。そのままの顔で周ちゃんを見上げると、周ちゃんの表情は無だ。笑顔のないそれは正直怖い。自分勝手な考えすぎて、呆れてしまったんだろうか。
ぎゅっと抱きしめられたのは、それから直ぐだ。え、と小さな声があたしの口から漏れて、横目に映るのは周ちゃんのブラウン系の髪の毛だ。屈めるような体勢の抱擁。吃驚して、何も言えない。すると、今度は周ちゃんが喋る番だ。

「ずっと、一人で考えてたの?」
「う、ん」

途切れ途切れに返すと、周ちゃんがちょっとだけ力を弱めて、あたしの顔を覗く。それから続くのは「の莫迦」って言葉。かなりの至近距離にドキドキするところなのに、莫迦って言葉に驚いて、ドキドキするのも忘れたみたいだ。それからまたぎゅっと抱きしめられて。

「僕、に嫌われたかと思ったよ」
「あ、あたしが周ちゃん嫌うなんて有り得ない…!だって、あたし周ちゃんのこと、ずっとずっと大好きなんだもん」

はあ、と聞こえる安堵の息が、凄く近くで聞こえて、あたしは慌てて否定した。すると、クスっと言う笑い声。今、周ちゃんは笑ってるんだろう。こっちは、必死で必死に考えたのに。無い頭で、頑張って頑張って。そう言えば、周ちゃんの身体が今度こそ離れた―――と同時に、おでこに痛み。あ、デコピンだ。

は変に考えすぎなんだよ」
「…だ、って」
「大体、僕がの事、重荷だって言った?僕はのお守りしてるつもりないのに」

涙が、出そうだ。今度は嬉しくて。潤み始めて、顔を伏せる。

「僕はの我が侭を無理に聞いてたわけじゃない。だからかなえたいって思ってたんだよ。それに、嫌なことなら嫌だってはっきり言うよ。は僕の何を見て来たの?」
「え、えっと」

言葉に、詰まる。だって、いつもいつもいつもどんな瞬間も、周ちゃんは優しかったからだ。あたしの気持ちを尊重してくれていた。それは嘘じゃないはず。自惚れじゃないはずだ。確かに厳しいこと言われたけど、それはあたしを思っての言葉だ…と思う。
色々考えた末、あたしの口から出てきたのは「…優しい、ところ?」と言う安易な答えだった。すると、あたしの顔に陰が落ちて。見上げれば周ちゃんのドアップがあって。

「…ハズレ。…本当の僕って凄く貪欲なんだ」

耳元で囁かれる。

「欲しいと思ったら、絶対放さない。独占欲が強いって言うのかな」
「そ、そうなの?」
「そう。だから、絶対放さないよ。…放れるなんて許さないからね?」

だって、僕ものこと、大好きで。一番愛してるんだから。

甘い囁きが、あたしの耳に轟いた。





…貴方でなくちゃ嫌







あとがき>>わっけわかんね。病魔に冒されていたせいでしょう。いつもより痛い(笑)
2007/06/13