「あ、おかえりぃ〜」

自分の家に帰って、いざ自分の部屋に入ろうとドアを開けた瞬間、間の抜けるような声が、聞こえてきた。



メリクリ!






ドアの前で暫く放心してしまった。確かに自分の部屋に入ったはずだ。それなのに、何故先客が居るのか。ほんの少しだけ動揺してしまったけれども、何故先客が・・・なんて少し考えれば解る事。僕は軽いため息を一つ付くとようやく自分の部屋に足を踏み入れた。そうすれば、まるで我が部屋、と言った風にリラックスして雑誌―僕のテニス雑誌―をベッドの上で寝転んで読んでいるが「周ちゃん遅い!」と待ちくたびれたと言う風に言い放った。―――僕の事を周ちゃん、なんて呼ぶのは彼女くらいだ。

「・・・あのね、
「ん?」

僕はまた呆れたようにため息を付きながら言葉を選ぶ。

「前からいつも口を酸っぱくして言ってるけど、僕がいないときに勝手に部屋に入らないの」
「ええええ〜〜良いじゃああん。固いこといわないでよ。由美子姉も入って良いって言ってたし」
「姉さんは関係ないでしょ?ココは僕の部屋」
「ぶー。何よケチケチしちゃって〜。あたしと周ちゃんのふっかああい仲じゃ〜んっ」

言われて、ポカン。としてしまった。深い仲。一見すると誤解を与えてしまうような言葉。勿論、は単純にただ思いついただけの事を言ってるだろうと思う。また、僕の口からため息が零れた。

「深い仲って。ただの幼馴染でしょう。それに親しき仲にも礼儀あり。言うでしょ?」

そう、僕とは所謂、幼馴染と言う関係だった。小さい頃から気が付けば一緒にいる。それがとの関係だった。僕が淡々と言いのけるとが「まあ!」と声を高くした。オーバーリアクションもつける。「周ちゃんにとってあたしってそんなちっぽけな存在なの!」とか「冷たい!ちゃん悲しいよ!」とか言いながら、泣きまねをしだすから、僕はまたため息を付いてしまった。

「周ちゃん、ため息ばっかり付いてると幸せ逃げるよ」
「ため息付かせてるのは誰?」
「・・・え、もしかしてあたし?」

本当に全く、気が抜ける。彼女を目の前にするとどんなシリアスな場面もお笑いにしかならないんじゃないかと思う。
こういう態度を取っているけれど、僕は決してが嫌いなんかじゃない。疎ましく思っているわけでもない。寧ろ、反対だ。僕はを好いていた。勿論、一人の女の子として。この気持ちに気づいたのは、中学に上がってからだった。昔から、「幼馴染」として大切な女の子ではあったけど、今では「何よりも大切な女性」に変わっている事を、は知らない。
もう、と言いながらベッドから面倒くさそうに起き上がる。それからぽんぽんと自分の隣を主張する。「周ちゃんこっちきなよ。話したいことがあるから」と言われて、僕はあえてそれを無視してベッドの向かいに座った。

「なんで隣に来てくれないの」

ぶうたれた風に言うは、本当に残酷だと思う。けれどもまさか「押し倒したくなるから」なんていえるわけも無く。僕の口から出たのは「ベッドが壊れたら困るでしょ?」と言う冗談交じりの台詞だった。そうすれば顔を真っ赤にして怒る

「んな!あたしそんな重くないよ!」
「どうだか。昨日『ヤバイ!2キロ増えてる!』って騒いでたじゃない」
「えっ!なんで知ってるの!もしかしてお風呂覗いてた?」
「なわけないでしょ。リビングに居たら普通に聞こえたの。姉さんも母さんも聞いてたよ」
「ぎゃーーー!」

「恥ずかしい!」言いながら顔を隠すをクスリと笑うと、から「笑い事じゃない!」と即言葉が帰ってきた。
きっと、僕が「好きだ」と告白したら、こんな日常は壊れてしまうんだと思う。そう思うとどうしても、幼馴染の枠から抜け出せなくて。
考えていると、がはっと気づいて

「違う!そんな話がしたいわけじゃないんだって!」

と脱線した話を戻そうと口を開いた。それからじっと黙って僕を見下ろす。ベッドに座っていると机を挟んで正座している僕ではどうしても目線が下になるからだ。真剣に見つめられて(もしかしたら睨んでるかもしれない)僕は多少なりドキドキした。「話したいことがあるの」言われた台詞はさっきと同じはずなのに、さっきよりも重い気がして。僕は「うん?」と小首を傾げてみせる。

「なんで、部屋に入っちゃダメなの。小学校までは普通に入っても良かったじゃん。なのに中学に入ってから・・・急に」
「あのね、一応僕も思春期なの。色々あるんだよ」
「色々って?」
「それは色々だよ」

全く僕の気持ちに気づいてないんだろう。キョト、と目を丸くして問いかけてくるに僕は少なからず動揺した。それでも動揺したのは気づかれたくないから軽く流す作戦に出たのだが。「色々」の意味をどう解釈したのか、吃驚した様子を露にした後、ちょっと考え込んで二三度首を横にブルブル振って、ぴょん、とベッドから飛び降りて机の前に正座したは身を乗り出して僕に言った。

「良いよ!あたし気にしないもん!」
「何の話?」
「周ちゃんがエッチな本見ててそれがバレたくないから部屋に入るなって事でしょ?色々あるもんね!うん。でもあたし別にエッチな本見てても周ちゃんの事軽蔑しないよ!色々あるんだよね!あたし女だから良くわかんないけど!」

思わず、項垂れてしまった。目の前には自己完結させてしまっているの姿。その表情は「安心して!」と言った風な強い意志が感じられるのは多分僕の勘違いじゃない。また、ため息が漏れる。まさかそう解釈されるとは思わなかった。とりあえず「そんなもの無いよ」と否定しておく。

「そんな、隠さなくても良いのに」
「本当にないし。大体、部屋に入るなって言っても入って好き勝手僕の部屋物色してるならそんなのないことくらいわかるでしょ?」
「あ、そっか」

カマを駆けると、それはあっさりと肯定してしまった。本当に部屋の中を物色しているらしい。まあ別に探されて困るものなんて本当に無いから気にしないんだけど。でも流すほど僕は大人じゃなくて。こう、むくむくとある感情が膨らんでくる。「本当に探してたんだ?」今度は僕がじっと見つめる番。ちょっとからかってやろう。問いただされる側から一気に反転。問いただしてた側のは一瞬にして変わった僕の雰囲気と、今の状況に気づき、あたふたさせた。「あ、いや!違!」と慌てふためきながらじりじりと後ろに後退するけれど、すぐ後ろはベッドなわけで、ある程度後ろに下がったはそれ以上下がれなくなった。どうするのかな?と見ていると、

「あ!」

急に上がる声。それからスックと立ち上がると「そうだそうだ!」とわざとらしい声を上げた。

「はい!これ!」
「うん?」
「クリスマスプレゼント!と、ケーキ!」

一緒に食べようと思って待ってたんだよ!言いながらケーキと手ごろなサイズのプレゼントを僕の前に差し出した。どうやらこれで誤魔化そうという魂胆らしいことが解る。普通に気づいていたけど、嬉しいサプライズに笑みが零れる。仕方ないから誤魔化されてあげよう。

「有難う」

そう微笑むと、あからさまにほ、っと胸を撫で下ろすが視界に入った。その顔はありありと「上手く誤魔化せた」と書いてある。それでももう僕はからかうのは止めた。ずっと前から用意していたのか、ケーキのお皿に包丁を取り出して、箱に入ったブッシュ・ド・ノエルを取り出して。

「はい!周ちゃん切って!」
「え、僕が切るの?」

差し出された包丁。とりあえず包丁を受け取りながら言うと、自信たっぷりのの台詞が続く。

「だってあたし上手く2等分出来ないもん!」
「てゆうか半分も食べるの?」
「え、あたし4分の3くらい食べて良いの?」

キラキラと目を輝かせているはまるで幼稚園児みたいに幼い。そんな彼女を可愛いと思う。けれども僕の口から付いて出るのは

「だから2キロ太るんじゃない?」
「ぎゃーーーー!それ言わないでよ!!」

そんな意地悪を言ってしまうのも君だけ。キミが好きだから言ってしまう。思わずからかいたくなってしまうのは男の心理だってことで許してね。
機嫌を損ねてしまったお姫様には、後で渡しそびれたクリスマスプレゼントを渡そう。そうすれば笑って許してくれるんだろう、と目の前で騒いでいるを見て思った。

「周ちゃん、メリクリ!」





― Fin





あとがき>>とある人(笑)に触発されて頑張って書きました。更新しないって思ってたけど意地です(笑)こんなの不二じゃないけどちょっと子どもっぽい不二って事で許してください(笑)
2007/12/25