カチ、カチ、カチ、カチ……

一定のリズムを奏でるそれに目をやると、時刻は夜の11時前を指していた。



受験生とクリスマスと
 
甘い甘い林檎味のキス




「んーっ」

ずっと同じ体勢のまま居た所為か、ずいぶんと体中が痛くなった。は目標であったページの最後の空欄を埋めるとずっと握り締めていたペンをノートにぽとりと落として大きく伸びをする。冬休みが始まって二日目。受験生にとっては、そうそう遊んでもいられない休みだ。去年とは比べ物にならないほどの冬休みの課題にため息しか出てこなかったが、これも受験合格の為だと思えば我慢しなければならない。

新しく買った参考書と課題を交互にやりながら、は数分前に母が入れてくれたコーヒーをコクリと飲んだ。少し温くなってしまったが、猫舌なにとってはちょうど良いくらいの温度だ。コク、コクと何度かコーヒーを嚥下すると、は今しがたまで取り掛かっていたテキストをパタリと閉じた。それから勉強中は放置していた携帯に手を伸ばす。パカリと開けてもいつものように何も映さない携帯。電池を切っていたからだ。

本来ならばいつも充電が切れない限りはつけっぱなしの携帯だが、勉強中は切る事にしていた。と言うのも、は元来まじめだが集中力が続かないと言う欠点があった。携帯に電源をいれてしまっていては、鳴るたびに気になってしまう。また鳴らなくても構ってしまう事は今年の夏休みに痛いほど経験しているので、自分を戒めるためにも携帯を勉強中は封印していた。今回の受験は、にとって大きなものだ。絶対落ちるわけにはいかなかったからだ。

その成果があったのか、変なものに気をとられずにずいぶんと勉強は進んだように思う。少し休憩。そうは心の中でつぶやくと、三時間振りに電源を入れた。そして、暫くして着信とメール受信を知らせる音楽が鳴って、は目を見開いた。



見覚えのある文字が四つ。自分の彼氏の名前を目で追って、着信履歴の時間を確認する。どうやら電話は夜の九時に掛けられてきたものらしかった。の表情が心なしか青ざめる。震える手でメールボックスを開けば、やっぱりいとしい人からのメール。一言、『勉強中にごめんね』と記されており、更には申し訳なく思った。急いで電話を掛けなおそうかと思っただったが、時計に記された針を見て戸惑ってしまう。時刻は11時を指しており、さすがに携帯にかけるとしても気が引ける。どうしようかと考えていると、ブーブーとタイミングよく電話がかかってきた。相手は、今まさにかけようとしていた相手だと気づいて、は思いっきり受話器をとると、慌てながら「ごめんっ」と謝罪をした。もしもし、では無く突然謝ってしまったのは、一回目の電話に出られなかった事を強く悔いているからだ。けれども受話器の向こうの彼は指して気にしてはいなかったのか、柔らかな声での名前を呼んだ。その声で今彼は電話越しに笑っているのだろうと予測して。けれどももう一度「電話出られなくてごめんね」と申し訳なさそうに謝った。勿論二度目の謝罪も彼の「良いよ」の一言で終わってしまうのだが。

『僕こそ、勉強中だったのにごめんね。…どうしても声聞きたくなっちゃって』

心地よく耳に響く彼の声を聞きながら、は瞳を閉じた。普段は電話が苦手な彼女であったが彼との電話は別だ。
耳にダイレクトに届く彼の声はの気持ちを落ち着かせる材料だ。

「あたしも周くんの声、聞きたかった」

直接は恥ずかしくて言えない台詞だけれど、電話越しでならそこまで緊張しなくて言える。素直な言葉が返ってきたことに満足したようで、電話の相手――不二はクスリと小さな笑みをこぼした。そして、かすかに聞こえてくる雑音。

「…?今、周くん外?」
『なんで?』
「ん、なんか…車の音がしたから」

の聞き間違いではなければ先ほど車の走る音が聞こえた。そりゃあ部屋からでも時折聞こえては来るだろうが、電話越しにそこまではっきり聞こえてくると言う事は外なのではないだろうか、となりに推測した。そして多分その予測は正解だろう。電話越しで、不二が苦笑いをもらす声を耳に受けた。

「どこにいるの?」

問いかけると、不二は少し困ったように『うーん』と声を滑らす。
誤魔化しきれない迷いに、は一つの結論を己の中に導き出した。

「もしかして、近くまで来てくれてるの?」

その問いかけに、不二の即答は得られなかったがそれが答えのようなものだ。はそれを肯定ととると、ハンガーにかけてあったPコートを羽織る。
忙しくしていたのが不二に伝わったのだろう。『?』と彼女を呼ぶ声がした。けれどもの行動は決まっている。

「今からそっち行く。どこ?」

携帯電話を肩で支えながら両手でコートのボタンを留めていく。急いでいる所為かもどかしくてうまく留まらない。
慌てたように不二に現居場所を尋ねると、不二は「言うと思った」とため息交じりで言葉をつむいだ後。

『ダーメ』
「なんで!」
『こんな夜更けに、を連れ出すわけにはいかないよ』

咎める声が耳に伝わりはぐっと唇をかみ締めた。でも、外にいるのはわかっているのだ。それならば会いたいと思う。
――電話も良いけれど、

「ヤダッ、だってあたし周くんに会いたいもん。周くんはあたしに会いたくない?」

言い終わったあと、ぎゅっと唇を強く結ぶと不二の返答を待つ。付き合っていると言っても、こうワガママを言ったとき、断られたらどうしようかと言う不安はいつまでたっても拭えない。しばしの沈黙の後、不二は小さく『僕だって会いたい気持ちは一緒だよ』とつぶやいた。
そうとなれば、決まっている。まだ起きている親に、シャーペンの芯が無くなったからコンビニで買ってくる!と一言言って家を飛び出した。





「周くんっ!」

不二が居たのは近くの公園だった。が不二の名前を呼んだことで、不二はゆっくりとベンチから立ち上がると駆け足での元にやってきて、の身体を優しく抱きしめる。その身体が冷えている事には気づいた。

「ごめんね、こんなに夜遅くに」
「ううん、良いよ。それより、ヤダ、周くん凄く冷えちゃってる!ごめんね、もしかして電話くれたときからずっと外で待っててくれたの?ごめんね、ごめんね?」

まるで自分のことのように今にも泣き出しそうになるの表情。
両手で不二の頬を優しく包み込むと不二は苦笑して、またふわりとの身体を抱きしめる。

「僕こそごめん。、湯冷めしちゃうね?」

せっかくお風呂に入ったのに。と紡がれて、どうしてお風呂に入ったのがわかったのだろうと目をパチクリさせると不二が、シャンプーの香りがするとの髪に顔をうずめた。

「な、なんか周くんえっちだ」
「なんで?」

急激には自身の顔が赤くなるのに気づいた。誤魔化すように不二の胸に顔を摺り寄せると不二は嬉しそうに微笑んでから、とりあえずベンチ座らない?と促す。ベンチの方に視線を向けると小さなビニール袋があることに気づいた。?と顔を上げると「、勉強頑張ったしご褒美」と優しい笑みとかち合った。ベンチに腰掛けると、不二は先ほど買ったばかりの肉まんとカフェオレをに差し出した。はそれを笑顔で受け取ると、まだ暖かさの残る肉まんにカプリと噛り付いた。ちょうど勉強した後で小腹が空いていたのだろう。そんな恋人に満足して、不二は自分も紅茶を飲み始めた。

「でも、本当にごめんね、こんな時間に」
「ん。…確かに11時以降は深夜徘徊であたしたち捕まっちゃうね?」
「ごめん」
「あはっ、さっきから周くん謝ってばっかり」
の謝り癖が移ったんだよ」

「でも謝らないで?あたしも、あ、いたかったし」

頬を染めながらなのはきっと照れもあるのだろう。誤魔化すようにカフェオレをコクリと一口。
今日は十二月二十四日。クリスマスイブだ。まさか恋人同士の一大イベントであるイブに勉強する羽目になったのはとて不本意だったのだ。

「あたしこそ、もうちょっと勉強に余裕があったら、今日会えたのに。ごめんね?」

たった一日、されど一日。その一日が命取りになると友達や先生に脅されて、今日予定していた遊びはキャンセルとなったのだ。の通う学校は都立の小さな中学校だった。そして、が受験するのは今不二が通っていて、これから通う事になるであろう青春学園高等部。それなりに学力が必要とされる場所を第一志望にしてしまったからにとっては今の時間が非常に苦痛であった。それでも、頑張って受験勉強しているのは、今隣に居てくれる恋人がいるからだ。同じ高校を受験すると言うのがの最大の目標だったのだ。それを応援してくれたのは他でない不二。クリスマス遊べそうにもないと消沈気味のに笑顔で「頑張って」と応援したのは不二だった。

も謝らないで。結局会っちゃったし。これなら僕の家で勉強すれば良かったね?」
「うっ…周くん家で勉強なんて緊張してムリだよ。それに、バカなのが露呈されて嫌」
「でも、対策とかそれなりに教えてあげられると思うけど?」

余程成績が著しくなかったのだろう。苦虫を噛んだような表情をしたに不二は苦笑を一つこぼすとぐっとの肩を抱きよせた。

「辛いと思うけど、頑張ってね。此処が正念場だから」
「……うん」
「絶対なら受かる。…が同じ学校通えるの、楽しみにしてるから」

それからの額の髪をサイドに分けてちゅっと小さな口付けを一つ。

「う、凄くプレッシャーなのですが」

ぼやいた声に不二は可笑しさを抑えきれないようにクスクスと笑うと、ポケットからあるものを取り出した。それをに手渡すと、はポカン、と不二を見つめる。「クリスマスプレゼント」とつけ加えられて、ようやくそれの意味がわかり、喜びに顔を綻ばせたが、一瞬にしての顔から笑顔が消えた。

「ご、め!あたし、家だ…」

わざわざ不二はこれを渡しに来てくれたんだろうとようやく彼の意図する行動がわかったと同時にダメダメな自分に嫌気がさして素直にプレゼントを喜べないで居る。すると、不二はクスリと笑った。

「来てくれただけで十分」
「だ、ダメだよ!せっかく周くん来てくれたのに」
。そんな顔しないで?プレゼント、嬉しくない?」
「そんなわけないよ!ただ、申し訳なくて」
「だったら、笑って?」

プレゼントは後日でいいよ。とどこまでも優しい不二に自分の不出来さに泣きそうになりながら、言われた笑顔をようやく表情に浮かべると、不二も釣られて笑った。うん、最高のプレゼント。

「えっ」
「メリークリスマス、

その一言を合図に紅茶の匂いがの鼻腔をかすめ、暖かなキスが振ってきた。
甘い甘い林檎味のキスに、は答えるように自身の腕を不二の首に回した。






― Fin





あとがき>>リョーマ書き終えて、これで不二書かなきゃまた不二そこまで好きじゃない疑惑を持ちかけられるので頑張って書きました(笑)二時間弱と言うあたしとしてはまずまず早い時間なので多分凄くグダグダ。……だけど、僕、今凄く眠いんだ……。見直しできそうにありません(笑)
グレイ不二を書こうかと思ったんですがクリスマスだし、甘い方が良いよなーと白不二に。めりーめりーくりすまーっす!
サンタさんへ今年こそ、しゅうすけをください(笑)
2008/12/24