今宵は聖夜。隣に居るのは、―――彼氏ではなく、男友達。



聖夜の奇蹟




「うひゃーーー!さっむーーーー」
「そりゃあ冬だからね」

くすくすと笑う周助に、あたしはちょっとだけ気恥かしくなって、顔を伏せた。目の前に広がるのは、素敵な夜景。本当なら、来るはずのなかった場所だ。

本来なら、あたしは12月24日と言う今日、女友達と過ごすハズだったのだった。今月の24日。つまりはイブの夜。その日がフリーの友達5.6人で集まる予定があった。
12月に入っても彼氏がいない。12月の一大イベントとしてのクリスマスイブの夜、一人で過ごすには悲しすぎると言う理由から、同志を募った。
そして、名乗りを上げ、何とか良い感じの人数になったな、うんうん。と思っていたのはつい先日の出来事だ。

けれども、予想外の出来事が起こってしまった。

同志の一人に土壇場で彼氏が出来てしまったのだ。
うきうきと恋人宣言をされてしまっては、それでも24日はあたし達と遊ぼうね!とは言えるはずもなく、「せっかく出来たんだから彼氏と過ごしなよ」と笑顔で勧めた。
まあ一人減ってしまったが、それでも楽しいパーティーは出来るハズ。そう意気込んでいた。
だが、それは幕明けだったのだ。
パーティー参加者のうちの一人は今回の趣旨とは少し違っていて、彼氏がいる子であった。
けれども彼氏の方が仕事で遅くなるから、だから結局イブは一人ぼっちなのだと参加を希望していた子だったのだ。
その子が、ほんの三日前に突然「実は彼氏が頑張って仕事を切り上げるから、どうしても会いたい」と言いだしたそうだ。と電話してきた。
それでも彼女は一度こちらのイブパーティーに参加する事を決めていたので、今年は諦めてくれと言ったらしい。
けれど、そんな事情を聞いてしまっては、先日の彼氏が出来てしまった子を許してしまった手前、「彼氏なんてほっときなよ」と言えるはずもない(また其処まで僻んでもない)
「せっかく会いたいって言ってくれる彼氏がいるんだから、二人で過ごしなよ」と彼女の背中を後押しした。

そして更にその、次の日。また参加者の一人に、不幸が訪れた。
今流行りの、インフルエンザである。高熱+咳・鼻声で電話をもらって、まさかそんな状態で来い!なんて言うほど鬼畜じゃない。
なんだかんだで、三人が来れなくなると言う事態に。結局、予定がフリーのままなのは親友とあたしの二人だけとなってしまっていた。
それでもまあ、二人でコンビニのケーキでもつついてさ、静かにパーティーしようよ。と言ったのは二日前。

そして、当日。最後の不幸があたしの身に降りかかる。

『ごめん!仕事先の上司に今日は残業してくれって頼まれて、断る事が出来なかった!』

とても大切な仕事らしい。彼女の仕事の事は話に何度か聞いたことがあった。なのでどのくらい大変なのかはなんとなくだけれど、わかる。
そして、申し訳なさそうに言う彼女の声は、電話越しに痛いほど伝わってきて

「うん、わかった」
、ほんとごめんね!』
「良いよ!今年はさ、家族で過ごすことにするよ。だから気にしないで。それよりも、こんな日に残業…お疲れ様。無理しないでね。また遊ぼう」

ほんとはすごくショックだったけれど、そんな様子を見せたら親友は気にしてしまうに決まっているから、出来る限り明るい声で何でもない風に装って言った。
それでも電話越しの空気は重い。そんな彼女に「ほんと気にしないで!」と笑って言うと、ようやく向こうの彼女がクスリと笑った。
そして『今度絶対埋め合わせするから!』と短い用件のみの電話が切れたのだった。

…急にポッカリ空いてしまった、24日の予定。
実は、今年のイブは妹はバイトで遅くなるし、親は親で友達と出かけてしまう予定であった。つまり、――― 一人。
考えて、気分が沈む。それでも、こうなってしまったのだから仕方ない。あたしは近くのコンビニに立ち寄ると、今日食べるご飯を適当に選んでいた。

♪〜

馴染みある、携帯の着うた。
こんな淋しい夜に、一体なんだろう。一般専用メロディーにもしかして仕事場からだったらどうしようなんて嫌に警戒しながら、携帯を開く。
すると、ディスプレイに映し出された名前。最近、連絡をとっていなかった―――数少ない、男友達からだった。
不思議に思いながらも電話を取ると、懐かしい声で『?』とあたしを呼んだ。そして、続いて―――今日、ヒマ?と。
多分、淋しかったんだ。周助の言葉にYESと頷くと、もう次にくる言葉はうっすらわかっていた。だからあたしは『じゃあ今から会おう』と言う周助の申し出に、また二つ返事でOKをしたのだ。





そして、―――今に至る。

「はい、コレ」

言いながら、周助があったかい缶コーヒーをあたしに手渡した。
それをありがとうとお礼を言って、頬に押し当てる。あったかいコーヒーのぬくもりに、ほっとする。

「それにしても、災難だったね」

そしてあたしは事の顛末を周助に話して聞かせていたから、周助は本当に同情するようにあたしの頭をポン、と叩く。
あたしはそれがちょっとむずがゆくて、ハハっと笑う。それから周助を見て

「でも良かったよ。周助の予定が空いてて。これで周助に誘ってもらえなかったらさ、ほんとにロンリークリスマス過ごすとこだったもん」

その点、突然の電話大歓迎だ。不幸中の幸いってやつ。
しかも律儀に周助は車でおうちまで迎えに来てくれて、そしてドライブをして―――この、夜景を見に来たのだ。
街を展望出来るここは、結構穴場、らしい。確かに素敵な景色だなぁと思う。寒くたって、見ていたくなる。

「でも、さすがにちょっと寒いね。…車戻る?」

気遣ってくれる周助は、いつも以上に優しい。
あたしはそんな気遣いに感謝しながらもふるふると頭を横に振ると、じっと夜景を見ながら、

「ちょっとおとめチックなこと語ってもいい?」

ぽつり、と呟くと、周助が横でくすりと笑ったのがわかる。
でもそれは嫌味がなくて―――そして、「どうぞ」と柔らかな声色が振ってきた。
それに促されるように、あたしはただじっと夜景を見つめる。ぬくもりがなくなりそうなコーヒーのプルタブを開けて、それから一口それを含んで

「あのね、実は…夢だったんだよね。…こうやって、クリスマスに、夜景見るの。…あたしイベントを彼氏と過ごしたことないから、こういう乙女チックなこと一切経験してこなかったし…だから、なんかちょっと憧れてたの。こうやってさ、さむいーー!って言いながらも、コーヒー飲んでさ、素敵な景色眺めるの」

まあ実際周助はあたしの彼氏じゃないし、こんな日の彼女役があたし、なんて嫌だろうけど。
苦笑したら、周助はふわりと笑って、そっとあたしの頭を撫でた。

「他には憧れないの?」

「希望があるなら、僕で良ければ叶えてあげる」そうして促されて、あたしはじっと周助を見つめる。
周助の瞳はただただ優しい。どうしてそこまで優しくしてくれるのだろう?そう思ったけれど、多分今日あまりにもあたしがみじめに見えたのかもしれない。
一個語ってしまったんだから、もうこのさいなんでも吐き出しちゃいなよ。とでも言うように周助の瞳は暖かい。
あたしはその瞳に吸い寄せられそうになるけれどそっと首を振った。
もう十分だ、と。ただもうちょっとココにいれたら良いだけだと。それだけでもう、素敵なプレゼントだ。すると周助は

「安上がりだね、って」

言いながら、やっぱり笑顔で。そして、隣に居たのに、そっとあたしの後ろに回ると、あたしを覆うように後ろに立った。
抱きしめられるわけでもないのに、くっついた背中と胸が…熱を持つ。妙に、緊張する。

「な、に…してんの」
「何って、風除け?」

寒そうにしてたから。でも、きっとコート貸してもは遠慮しちゃうでしょ?

まるで、あたしの気持ちを見透かしたように言うから、あたしは黙りこくってしまった。
「結構あったかいと思うんだけど」その声が、背中越しに伝わって―――ドキドキする。
外の冷たさの所為で、周助が息をするたびに、それが白く視界に映る。
…心臓の音が、本当に聞こえてしまうんじゃないかと、思った。

「あったかくない?」

黙りこくってしまったあたしを不思議そうに周助が問い掛けたので、あたしははっとして、でもドキドキしてるのを悟られないように「まあ…悪くは、ない」とだけ返した。
その返答も周助は予想していたんだろう。またくすくす笑う。あたしは顔に集まった熱を誤魔化すように、ぬるくなってきたコーヒーを一口飲む。
それから、小さく「ありがとう」って周助にお礼を言った。「何が?」わかってるくせに、そんな事を言うんだ。

「だから」

言葉とともに振り返ると、今まで以上に近い、距離。
―――また、ドキドキが再活動し始めて、あたしは固まってしまった。

視界に映るのは、今までと変わらない男友達のハズなのに。―――そこに立っていたのは、とても綺麗な、人。
今までだって、周助の事かっこいいなとか思わなかったわけじゃないのに。

…今日は、変だ。

きっとそれはクリスマスの、所為。ドキドキが最高潮に達していた時、不意に周助がとあたしの名前を呼んだ。
近すぎる距離に、吐息がかかるのがわかる。それがどんどん近付いて、でもそうすることが当たり前のように次の瞬間あたしは瞳を閉じてそれを受け入れた。

ゆっくりと、それは自然に重なり合った。冷えた唇に、やわらかな周助の唇が重なり合う。
多分、それは数秒の出来ごとだった。そっと離れた瞬間に、そっと瞳を開けば、そこにはいつもの笑顔は見受けられなくて。

「ごめん」

突如の謝罪。つい出来ごころ。とか、そんな感じでしてしまったことを後悔しているんだろうか。
ぼんやりとした頭で考えていると、周助がじっとあたしを見つめて

「…順番逆だけど…の事が、好きなんだ」

なんて言うから、あたしの頭の回転が、止まった。
黙りこんでしまったあたしに、それでも周助の唇がそっと動く。

はただ、ムードに流されてしまったのかもしれないけど。でも僕はずっと君が好きだった。…じゃなきゃ、24日にわざわざ電話なんてしないし、会いたいなんて言わないよ」
「…う、…だっていままでそんなそぶり」

それに、ずっと連絡くれなかったくせに。かじかむ唇を動かせば、周助が「、毎日連絡されるのとか苦手だって言ってたじゃない。だから、ウザイ男にならない程度に、我慢してたんだよ」って、苦笑いの周助の表情が見えた。
…ああ、全てはあたしの為だったの?そう思ったら、じんわりと心が温かくなる。

「でも、なんか…こんな日を利用して、こんな風にキスしてしまって、ごめん」

そう言って、周助があたしから離れる。背中に感じていたぬくもりがすっと消えて、あたしはとっさに「あっ」って声を出して―――瞬時に、周助のコートを掴んだ。
周助の動きが止まる。「?」不思議そうにあたしの名前を呼ぶ周助の顔が、真正面に見られなくて―――でも、言わなくっちゃ、後悔するって思って

「……別に、嫌じゃなかった。…だから、離れてかないでよ…」
「…ほんとに?流されてない?」
「な、流されてないよ!」

イブ、って素敵な日だから、なんて理由じゃない。そうなんだかわからない確信があって、じっと周助を見つめると、周助がようやく笑ってくれるのがわかった。
それから、「僕で良いの?」って言うから、むしろあたしで良いの?って聞き返す。

だって、周助は、あたしとは違って凄く、大人っぽいし、かっこいいし…理想の男の人のイメージがある、のに。

問い掛けたら、周助はくしゃりと笑って「全然大人っぽくないよ」と、言葉を紡いでから、そっとあたしを抱き寄せて、そして、耳元でそっと囁いた。

「本当の僕は、自分勝手で子どもだよ。だって、の予定がつぶれたって聞いた時の僕の気持ち、教えてあげようか?…ラッキー。そう心の中でガッツポーズしてたんだよ?」
「えっ?」
「そんな子どもなのに、全然かっこよくなんかないのに、本当に良いの?後悔しない?」

それがなんだか凄く可愛らしくて、あたしはくすっと笑ってしまった。―――それから、あたしが答える選択肢はただ一つ。

「良いよ。そんな周助も、どんな周助も見てみたいって、思ったから」





― Fin





後書>>メリークリスマス!素敵な一夜をお過ごしください…vv
2009/12/24