「そう言えば…昨日TV見たんだけどさ」



眼鏡通の常識

―貴方の眼鏡は何産ですか?―



そんな話をしたのは、朝練の休憩時間のときだった。「ー!ドリンクとって!」と岳人にそういわれて、何気ない会話をしていた時だった。あっちーと自分の汗を拭きながらの男友達に、ふっと思いついたTVの話題。そうすれば、何々?と興味津々で私を見上げる岳人(今岳人はベンチに座り込んでドリンクを飲んでいる。私は立ってスコア付け、必然的に私のほうが視線が高くなるわけだ)ふいーと一息ついた岳人が、「んで?」と聞き返したのをこの耳で聞いて、うんとね、と話し始めた。

「何の番組だったか忘れたんだけどさ、昨日眼鏡の聖地って言うのが特集でやってたわけよ」

そう言えば、岳人の興味が一気に引いたようだ。さっきとは打って変わってへー、なんて素っ気無い返事を返してくる。でも私の話はそれで終わりではなかったし、もっと聞いて欲しいことはこの後のことなのだ。ちゃんと聞いてよ、なんて言ったら、岳人がドリンクを飲みながら「わーってるって」とやっぱり素っ気無く答える。…まあ、無視されるよりは幾分も良いのかも知れない。そうポジティブに考えて、更に話を進めた。話題の中心は自分の彼氏について、だ。

「…で、それ聞いて真っ先に思い浮かんだのが侑士だったのよね」
「ぶほっ」

淡々と喋ると、岳人が思いっきりむせた。ちょっと大丈夫?と背中を叩いてやると、ゴホゴホ言いながら、!と咎めるように言ってくる。けど、顔を真っ赤にむせこんでいる為、怖いと言うより心配だった。ちょっとちょっと、と言いながら背中をさすってやると、何とか器官に入ったそれが落ち着いたらしい。

「何言い出すんだよ、お前は。は侑士のこと眼鏡オタクとでも思ってんのか?」

それはいくらなんでもあんまりだぜ?と真っ赤な髪をゆらゆらさせて、大きな瞳が私を覗く。別に、自分の彼氏を眼鏡オタクだとは思っていない。ただ、以前「目が悪いとテニスに支障出るんじゃない?」と言う話をしたときに「あ、これ伊達やねん」と笑って言っていた恋人のことを思うと、どうしても、そんなに眼鏡が好き何だなと納得せざるを得ないのだ。それ以来、眼鏡=忍足侑士+私の彼氏。みたいな公式が私の中には出来てしまったのだ。

「それくらい愛してるってことだよ」

自分で言って『愛してる』なんてハズイけど、そう言えば岳人が何だかなーって顔を歪めた。俺には理解できねえ、とちゅーちゅースポーツドリンクを吸っている彼を見て、そう?と首を傾げてみせる。
すると、噂をすれば影。って言葉があるように、「!」なんて呼ばれた。目を向ければテニスを終えた恋人の姿があって、慌ててハイとタオルとドリンクを渡すと「おーきに」とそれを受け取った。ふう、と岳人ほどではないにしろ、汗をかいている肌にタオルを押し付けドリンクを飲んでいる彼氏を見ていると、絶対に外そうとしない眼鏡。…確か、素顔は見せられないんだっけ?ぼんやりと思っていると、侑士が私の視線に気づいたらしかった。ふわっと笑った顔はどこか色っぽささえもある。

「どうしてん?」
「いや、…眼鏡外さないのかなーと思って」
「…は何を今更。俺が外したことあったか?」

そう問いかけられ、私は「ない」と即答した。ようわかっとるやんと頭をぽんぽんと撫でられて、んーと生返事をする。そんな彼氏を見て、さっきの岳人に言った話題を侑士にもしてみることにした。

「そう言えばさー、TVでやってたんだけど」
「おう」
「眼鏡の聖地って呼ばれてる県があるらしいよ?」

そう言えば、侑士の目の色が一気に変わったのが解った。「知ってる?」と何の気なしに言うと、侑士の低い声が…いつもは無口なそれが、ネジが取れたように喋りだしたのだ。

、お前!それは俺を試しとるんか?」

別に試したわけじゃない、そうツッコミたかったけれど、有無を言わさず喋りだす口に何も言えなくて。侑士の更に続く言葉は「福井県に決まっとるやろ!」―――タオルを肩に掛けた侑士は声を張り上げた。…突然熱くなる男、忍足侑士。何度も言うが、私の彼氏である。いつもはクールな彼だけれど、眼鏡のことにはとことん熱い。一つ、解った。

!ゆうとくけどなあ、眼鏡の聖地が福井県!なんてそんなん眼鏡通なら常識なんやぞ?眼鏡を舐めたらアカンのや」

そう強く語りだす侑士を、多分、私は初めて見た。今までテニスで本気になったときでもきっと、こんなに熱くなってないんじゃないか。…侑士にとって眼鏡とはナンなんだろう。私という恋人よりも更に深いところにあるのかもしれない。そう思うと眼鏡にすら嫉妬してしまう。…一瞬でもヤキモチを妬いてしまった自分が情けない。

「眼鏡はな、眼鏡はな、母親であり、恋人であり、生涯のベストパートナーなんや!そんな眼鏡愛好家が聖地を知らん?有り得へん、有り得るわけがあらへん!」
「…そ、そう」
、お前もな、覚えとき。眼鏡はな、眼鏡はな、心のオアシスやねん。解るか?眼鏡はな、眼鏡所持者の心の壁やねん」
「そ、そうなんだ?」
「そうや、眼鏡装着者はな、心がデリケートやねん。ちょっとしたことでも傷ついてまう。そんなとき、眼鏡をするとな、ちょっとだけ強くなんねん。解るか?眼鏡とはな、眼鏡を使うものにとって、心強いボディーガードやねん。それをな。そんじょそこらの眼鏡で済ましたらアカン!」

でも、侑士のそれって伊達眼鏡でしょう?そういいたくなったけれど、口なんてはさめる隙を与えないのが、忍足侑士だ。「そしてな、俺の眼鏡も勿論福井産や。そこいらの眼鏡とはワケが違うねん」とどこか誇らしげに聞かせる侑士の目は、何故か、幼い少年のようで。…見た目はどう見たって年相応には見えないほど大人びているのに、今は別の意味で年相応には見えない。岳人を見れば、もう自分は関係ないとドリンクを飲んでいる。俺は何も見て無い、後はお前がどうにかしろよ、と視線で言われたようで、私はゴクッと唾を飲み込んだ。
侑士の「眼鏡論」は止まらない。そんな話を聞いていると、何故か今までは何とも思わなかった侑士の眼鏡が一層輝いているように見える。どこか高級感さえ漂ってくる。たかが眼鏡、近眼の人にとっては必要かもしれないが、目のいい私にとっては取るに足らない存在だ。そう思っていたのだけれど、何故か、侑士の話を聞いていると、そう思っていた自分が酷く滑稽にすら思えてくる。…今、まさに頭を下げなければならないんじゃないかってくらい。

そこまで思ったところで、はっと侑士に流されそうになっている自分に気づいた。そんな私に自分自身で!騙されちゃダメ!流されちゃダメ!と言い聞かせて、侑士を見つめる。侑士の論弁は、5分はくだらなく続いた。…こんなに喋る侑士を見たのは、きっと「足フェチ」だと知ったとき以来だと思う。

ふう、と一息入れたのは、休憩から8分立ったころ。「俺としたことが喋りすぎたわ」となにやら一仕事終えました的な様子な侑士。真っ白いタオルで新しく出来た汗をさわやかに拭い去ると、顔を上げた瞬間、眼鏡がキラリ、と太陽の光により煌めいた。

「んではなんで急にそんなことを?」
「あー…いや、ウン。なんでもない」

それから岳人と私は見つめあうと、もう一度侑士のほうを見て。

「…私は、どんな侑士でも大好きよ」

そう答えると、侑士はけらけら笑って、何や急に。ホンマどうしたん?と私の頭をカシカシ掻いた。…まさか、その眼鏡が福井県産だったとは。新たな一面を知ってしまい、「眼鏡オタクなのかも」そう思ってしまったことは侑士には内緒。

…眼鏡型チョコでも作ればよかったかな、と今はまだ鞄の其処で眠る今日のイベントに必要不可欠なお菓子のことを思った。





―Fin





あとがき>>エセ関西弁なのは承知の上。でも、眼鏡の聖地「福井県」と言うのをTVで見て、これはいけるかもしれないと書いてみた。多分、今までで一番早く書けた気がする。SSよりちょっと長い小説は。…なんか、キャラ変わっててごめんなさい。でも、きっと忍足なら福井県が聖地なことくらい知ってそう。あたしにとって忍足とは、そんな存在。…久しぶりの忍足夢がこんなんでごめん、侑士。
2007/02/08