私と光は友人以上、恋人未満。それ以上の関係になりたくて、好きだと告白したのは、一年も前の事。けれども、私の人生一代イベントである告白は奴の飄々とした態度と共にきれいさっぱり流された。それからはずっと、異性の友人。多分、光の周りの女の子達の中で一番親しい中にいる、とは思うけれども(だって今奴はフリーの筈、だ)
「もう付き合うか」
彼の恋人になれたら、とは思っていた。けれど、突然の台詞に、ウン。なんて頷ける筈もない。
表現方法
今年のバレンタインデーには、手作りのチョコを贈った。手作りじゃないと受け取らないなんて言われてしまったら、手作り以外のものを贈れる筈がない。批評は厳しいで?なんて渡した直後に言われて、冷や汗が背中を伝ったのはまだ真新しい出来事だ。やっぱり返してと切に願った私の言葉は光の笑顔で却下された。それでも諦められず伸ばした手は、リーチの違いで惜しくも奪い取れる筈もなく、光の口へと運ばれた。ドキドキが最高潮の中――「ん、食えんこともない」美味しいなんて言ってくれなかったけれど、それが褒め言葉だってわかってたから、すごくうれしかった。
それから一か月の後のホワイトデー。夜に突然呼び出されて、手渡された、ビンに詰まったキャンディー。お返し。と差し出されたそれは、明らかに安モンではあったけれど、そういうのちゃんと返してくれるのなんて思ってなかったからすごく、すごくうれしかったんだ。その時、思わず泣いてしまって、ホンマしょーもないわ。なんて言いながら、光が優しく抱きしめてくれた。
それから、何事も変わることなく逢瀬を交わし――今日も「ウチにこんか」と言うお誘いに言ったら、言われた台詞。
「は?」
思わず聞き返すと、光はまた先ほどの言葉を唇に乗せた。「だから、付き合うかって」……だから、なんで急に"だから"やの?また聞き返すと、ようやく光は読んでいた雑誌から顔をあげた。そうだ、雑誌を読みながら言う台詞ではないだろうに。じっと見つめると、光は小さく息を吐き出して、ぱたりと雑誌を閉じた。それから、ぐいっとあたしの手を引いて引き寄せる。それだけの仕草にあたしは顔に熱が集まると言うのに、光はやっぱりいつもと変わらぬ顔色だ。
「なんで、なん?」
「なんで?…せやかて今の関係付き合ってるのんとそう変わらへんやんか」
だから言うたまでなんやけどな。ぽり、と後ろ頭を掻く光の仕草を追いかけて、「だって、告白した時…流したやんか」ぽつりと呟けば、あの頃とはちゃうやろ。と当たり前のように返された。確かに、去年告白した時は出会って一週間だった。俗に言う一目ぼれ。好きだと自覚したその日から好きだ・だの何だと猛アタックを繰り返した。このモテ男からしてみれば、一目ぼれなんてありすぎて正直本気と思われなかったんだろう。友達でええやん。にっかりと言われた言葉。それでも諦めきれなくて何度も何度も連絡を取り、逢瀬を重ねて行った。それから月日は経ち、早いもので一年が経とうとしている、と言う訳だ。
「あの頃は、すぐ飽きるやろなと思っとったけど、今ならの言った言葉も信じられる気ィするしな」
それは、ずっと待ち望んでいた関係。早く光と彼氏彼女になりたかった。けれども、一年間、片想いをして。一年越しの答えがコレじゃああまりにもあっさりしすぎていて。つい、欲張りになってしまった。「やから、まあ…付き合うのんもええかな思て」当たり障りのない抑揚のない声があたしの耳を刺激したけれど、それにウンとは頷けなかった。黙り告ると光が?とあたしの名前を呼んで顔を覗きこむ。見つめる視線から逃れるようにふいっと顔を背け「そんなんじゃ…足らん」ぽつりと、小さな反撃。
何が足らんねん
光の気持ちが
あたしの言っとる意味が解らないと言った風に光の整った眉がくしゃりと歪んだ。一瞥して、そっと双眸の視線を下の掌に移すと、きゅっと下唇を噛んで――
「…………そんなんじゃ、理解でけへん」
「せやから、何が」
「なんで付き合うかってなるねん。あたしは、一年光に片想いしとったんよ?せやのに、もうええやんかってなんやねん。付き合うかって、つまりは光、あたしの事どう思ってそう言ったん?…あたしら、……友達なんやろ?」
勿論、早く彼氏彼女になりたかった。異性の友達から一番隣に居られるポジションである彼女は魅力的だった。付き合うかって言われた時、正直心臓は馬鹿みたいに騒いで、両手離しで大喜びして「こちらこそよろしく」と頭を下げたかった。けれども、一年待たされた、んだ。少しは、それらしい言葉がほしいと思うのは…恋する乙女ならば仕方のない事。
じっと手のひらを見つめていると、正面から重たいため息が鼓膜に届いた。びく、と小さく身を固くしたのは、怒らせてしまったかもしれないと少し後悔。謝るなら今?なんて早くも自分の言葉を取り消したくなり顔をあげたのと、あたしの身体が前に引き寄せられたのは同時だった。視界が黒一色になる。言わずともがな、光の来ていた服の色。「ひ、かる…?」彼の名前を紡ぐと、ぎゅっと更に強く抱きしめられた。力強い、けれども…心地よいと感じるそれ。
「はー…ほんま、面倒やわ」
耳元で聞こえたのは、本当に至極面倒そうな声。それなら付き合うて言わへん方がええんちゃう。あたしは相当天の邪鬼らしい。ついひねくれた言い方をしてしまった。本当は嬉しいくせに。「せやなあ」光の声が続いて、先程の自分の可愛げないそれに対する返答は、あたしの願った通りのもので。しっかりと覆された。
「けど、それ以上に一緒に居りたい」
「………」
「?」
だから、そんなんじゃあわからへん。ぎゅっと光の服を握ると、お前どんだけ俺に恥ずい事言わすんや。とぶっきら棒な声が返ってきた。それから続くのは沈黙。でも折れる気なんてさらさらない。じっと黙りこくって、ただただ光の身体に身を寄せていると、また重たいため息が耳朶を刺激した。次に聞こえるのは白旗の合図。
「………………………………好きや。付き合うて欲しい。に傍に居ってほしいんや」
言わすな、阿呆。同時にぺちん、とあたしの頭に小さな衝撃が走る。勿論加減してくれているから痛くなんて無い。初めての光からの愛の告白に、自分が願っていた事だったけれども、実際言われると正直、ウン。恥ずかしくて、俯いてしまった。「返事は」と鼓膜に入ってくる光の声にウンともスンとも言えず黙すと、自分ずるいわ。と無理やり顔をあげらされた。一瞬だけ光と目が合ったけれども、それが真剣なのだと理解すると阿呆みたいに顔に熱が集まってしまって、彼の顔が見れなくなった。またすぐ視線を下におろすが、そんなんで納得してくれるはずもない。何度目かの強要の後、小さくあたしも。と返すと、自分の顔に影が落ちて、唇にそれが重なった。短いキスが何度も繰り返され、だんだんと長くなる。ぺろ、と上唇を舐められて、ぎゅっと固く口を結うと、ほんの少し離れる距離。それでも吐息すらかかる至近距離。
「…なんで口噤むんや」
「だ、だって…」
それが何を意味するか、解らない程子どもではない。けれども未知数で怖かったし何より恥ずかしかった。そんなこと言ったら、何純情ぶってるんだと光は呆れるかもしれない。けれども言わなきゃきっと伝わらない。「恥ずかしい」ぽつりと呟くと光が呆れたように笑った。ああやっぱり。と心中で思った。
「別に恥ずいことあらへんと思うけど、まあ嫌ならしゃあないか」
「い、嫌なわけやな――」
い、の言葉と同時に、再度口づけられる。話し途中だったため薄く開いた唇からそれが侵入してきた。歯列をなぞり自身の舌をそっと突かれる。あっと言う間に絡め取られる。そうなったらもう駄目だ。否定も非難の言葉も何もかも呑みこまれて、ただただ重なる。先ほどよりもずっと深く。水音が鼓膜を刺激して、その行為をしていると実感する。お互いのそれが絡み合って、溶けてしまいそうだ。呼吸するのもままならなくて、ただ必死に光の服をぎゅうっと握ると、しばらく経って、ようやく解放された。離れた際に細く繋がったそれが目に映り、どうしようもない羞恥がこみ上げてくる。
「……ほんま、面倒臭いやつやな」
でもその声はとても柔らかく。頬に振ってくるキスが、何よりも優しかった。「だ、だからそんな面倒な奴と付き合わんでも」ええやないの。憎まれ口は途中で中断させられた。光の手によって。ぎゅっと手のひらを握られたと思ったら、何か固いそれが私の手の中に入り込んだ。目線を下に落として…
「ひ、光…これ…」
「餌付けや餌付け。せやないと、どっかの阿呆は一人で考えこんで一人で落ち込んで泣きよるからな。ほんま面倒な奴やから」
何かのおまけかでついてたらしいキーホルダーについてたのは、まっさらな一つの鍵。「ま、いつでも来いや」くしゃりと頭を乱暴に撫でられるのに、やっぱりその声は優しくて、あたしはぎゅっと光に抱きついた。
ちゃりん。
瞬間、小さくそれが鳴った。
― Fin
後書>>どっちもどっちな天の邪鬼
2012/03/14