あれから、肝試しが終わった後、お風呂に入ったあたし達の話題は肝試しの話で持ちきりだった。別のクラスの子達はレクリエーション部屋で大賑わいしたとか、外で星を見に行ったとかそういう話を聞いたけど、うちのクラスのほうが一番インパクトあったよね!とか言う話。あたしは肝試しの話をされると、とても気持ちが沈んでた。ていうのも、やっぱり気になるのは早紀ちゃんのことで。これは話をしたほうが、良いよね。って思うんだけどなかなか二人っきりになれる暇が無い。もんもんと考えてたらのぼせそうだったからみんなより先に上がらせてもらうことにした。
脱衣所に行くと、早い子はもう髪の毛を乾かしてる。その後ろを通り過ぎて自分のかごの前まで来ると、ちょっと離れたところに、早紀ちゃんの姿。あたしよりちょっと早くあがってたらしかった。ドライヤーで髪の毛を乾かしてる。でもさすがに今謝ることは出来なくって、気まずい中着替えを済ませると、あっちも髪の毛を乾かし終わったようで、一人で出て行こうとしていた。今、声をかけなかったら絶対後悔する!そう思って、本当はドライヤーした方がいいのはわかってたけど、そんなのしたら間に合わない!だって今を逃したら絶対二人っきりになんてなれない。急いで早紀ちゃんの後を追った。
「早紀ちゃんっ」
脱衣所から出た瞬間、あたしは早紀ちゃんを引き止めた。え、と振り向いた早紀ちゃんの前まで走って、勢いよく「ごめん!」って頭を下げる。そしたら、え?って声が聞こえて、あたしはちっちゃな声で肝試し、とポツリとつぶやいた。
「あ…良いんだよ、ちゃんが悪いわけじゃないんだから」
降ってきた台詞はすっごく優しい言葉。顔あげて、って言われて、ゆっくり頭を上げると、そこには笑ってる早紀ちゃんの姿があった。でも、それが無理してるって、誰が見ても明らか。しゅん、と気落ちしてしまう。そんなあたしを見かねて「ほんと、大丈夫だから。本当なら一緒になることはなかったんだもん。初めに戻ったって思えば良いの」ズルしようとしたからバチが当たったんだよ、なんて無理して笑う笑顔が痛い。ちくん、ってまた胸が針で刺されたみたいに痛い。
何か言わなくちゃいけない。そう思うのに言葉が出てこなくって、黙ってしまうと、早紀ちゃんが「ほんと気にしないでね」って言ってそのままお部屋に帰って行ってしまった。気を、遣わしちゃった。
そう思ったら謝ったはずなのに、スッキリしなくって。胸の方がもやもやした。
★★★
今、何時なんだろう。ぼんやりと合宿所の人気の無い階段で座り込んで、どれくらい経ったのか。あれからまっすぐお部屋に帰る気になれなくって、合宿所をうろうろしてたらここにたどり着いた。さっきの早紀ちゃんとのやり取りが頭から離れない。最悪、だ。ほんと。脅かし役のとき寿ちゃんが来てくれて嬉しかったなんて、思った自分も、さっき早紀ちゃんに何もいえなかった自分もほんと最悪みたいに思って、ジコケンオ。それでこんなところに一人でいる自分がすごくむなしい。ぎゅ、っと膝を抱えて、足に顔を伏せた。
そんなときタン、タンッ足音っぽいものが聞こえてきて、あ、もしかしてここ邪魔になっちゃうかな。
「っいた!」
思いのほか大きな声にびっくりして、えって顔をあげたら、ちょっと息を切らしてる寿ちゃんの姿が見えた。…え、なんで寿ちゃんが。下からあたしを見上げてる寿ちゃんをポカンと見下ろすと、寿ちゃんがゆっくりと階段を上ってきて、「の班の子達がずっと探してるよ」って、聞かされた。「え」
「お風呂から先に出たっきり部屋に帰ってこないって」
「え…あの」
「委員長、が僕のところに探しにきたんだ」
何やってんの、ってコツンとおでこを軽く握った手のひらで叩かれた。はあ、って息を大きく吐き出しながら寿ちゃんがあたしの目の前にしゃがみこむ。それで、わざわざ探してくれたんだろうか。ぎゅ、っと足を支える手に力が入った。「ほら、部屋戻ろう。先生にバレたら大変だから」
寿ちゃんの手が差し出される。でも、素直に受け取る気になれなくって(だってまだ胸がもやもやしたまんま)ふるふると無言で首を横に振ると「」ってあたしを呼ぶ優しい声。「まだ、帰りたく、ない」ポツリとつぶやくと寿ちゃんがまたあたしの名前を呼んで、あたしの頭にぽんって手をやって…「…わかった、」そう言って、頭から手を離してそのまま階段を下りてく。あ、って目で追っていくとそのまま寿ちゃんはあたしに振り向くことなく階段を曲がっていってしまった。もしかして、わがままに呆れちゃったのかな。不安が押し寄せたけど、でもそれでも動く気になれなくって、ぎゅ、って唇をかみ締めた。あたし、何やってるんだろ。そう思ったらなんだか無性に情けなくって、それで部屋のみんなのことを思ったら怒ってるんじゃないかなって、怖くなった。そしたらやっぱり余計にここから動きたくなくって、またあたしは膝を抱えて背を丸めて足に顔を伏せるんだ。
タン、タン、タン。そんな足音がまた聞こえてきて、ゆっくりと顔をあげると、そこにはさっき帰ったはずの寿ちゃんの姿があった。え、って思う間もなくあたしの横に腰掛けた寿ちゃんが、はい、ってあたしの前に何かを出す。見てみるとあたしの好きなココアで、えって寿ちゃんを見ると、「それ飲んだら帰ろう」って、寿ちゃんが優しく笑った。ポカンとしてるあたしの手を寿ちゃんが握って、今まで寿ちゃんが持っていたココアを手渡す。ぎゅっと握ったココアからはジン、とあったかさが伝わってきて、自分の手が冷えてたことに気づいた。
「こんなかっこして、なんでこんなところにいるんだか」
「う…だって」
「だってじゃないよ。お風呂から一時間も経ってる。それに、髪の毛乾かしてないでしょう。風邪引きたいの?」
ちょっと厳しい口調に、ふるふると頭を振って否定した。誰だって風邪なんて引きたくない。そしたらふうってため息をついたあと、寿ちゃんがやんわり笑って、持ってたタオルをあたしの頭にかぶせると、がしがしとこすりつける。「わ、わわ!」「はいじっとして、もう遅いかもしれないけどしないよりマシだから」って、頭を拭いてくれる。ココア、こぼれちゃうよ!って慌てて言ったけど「こぼさないように注意してね」服シミになっちゃったら困るのはだよって。
それからもうなすがまま。抵抗しなくなったら寿ちゃんの手つきが優しくなった。ガシガシ!って力いっぱいって感じだったのに、今は撫でるくらいに優しい。それが嬉しい反面、とっさに早紀ちゃんの顔が思い出されて、悲しくなった。ううん、違う苦しくなったんだ。なんでか、わからないけど。
「」
黙って俯いてたら寿ちゃんがまたあたしの名前を呼ぶから「う、ん?」ってちょっと歯切れの悪い風に返事を返してしまった。それでも寿ちゃんは気にすることなくって
「…何があったかわからないけど、一人で抱え込まないようにしなよ」
「……」
「みんな心配してるし、僕も心配だし」
「…」
「委員長、なんて僕の部屋に来たとき、すごく慌ててたよ。また気分が悪くなってるんじゃないかって」
バス酔いしたときのことを思い出す。あのときも怒ってた感じだったなぁ
「ね、え」
「ん?」
「…委員長、怒、って…た?」
おそるおそるたずねると、寿ちゃんがタオル越しに手を止めたのがわかった。それから「うーん…」って言ってから「怒ってたって言うよりも本当心配してたって感じ」「そ、う」ココアを見つめながら、怒られてなかったことにほっとして、それで、なんかすごく嬉しい気持ちになる。不謹慎、かもしれないけど。
「だから、ちゃんと委員長に謝るんだよ。心配かけてごめんなさいって」
「…子ども扱い、しないでよ」
「こんなに人に迷惑かけるんだから、子どもでしょ?」
そう言われちゃったら言い返す言葉は見当たらない。うぐって言葉に詰まると寿ちゃんがポンポンってあたしの頭を優しく叩いた。それが、何かのきっかけになって。なんだかわけがわからないうちに涙がこぼれ出た。なんか今日泣いてばっかりの気がする。タオルをかぶってる状態でよかった。下を向いてるとポタってココアの中に涙が入る。
「…それ、飲んで落ち着いたら、委員長に謝りに行こう。僕もついてくから」
頭を撫でていた手が背中をトントンって優しくさする。多分、泣いてること寿ちゃんにはバレたんだと思う。それでも泣いてるの?とか言う追求は無かった。あたしはコクリと無言で頷いて、寿ちゃんが買ってきてくれたココアを一口飲み込んだ。甘い香りが鼻をくすぐって、味も甘いはずなのに、どこか涙の味がした。
2009/01/08
『幼馴染』って言う言い訳その後のお話!なんで泣いてたのかはあえてきちんと書きませんでした。