HAPPY!ミレニアム!




『来年は2000年だね!』

突然の電話で、そして同じく突然言われたセリフに、僕は、しばし受話器の前で沈黙した。電話の主は幼馴染のだ。黙りこんだ僕を不審に思ったようで『寿ちゃん聞いてる!?』と、僕の返事を促すように問いかける。その問いかけに僕は肯定して、これは長話になりそうな予感がして、電話機を持ってしゃがみこむ。先日終業式を終えて、僕等は冬休み真っ只中だった。けれども、別に休みだからに会わないなんて事はなく、25日のクリスマス(終業式の次の日)には、普通に僕のうちでクリスマスパーティーをした。その記憶はまだ真新しい。にも拘わらず、今度は今度で年末に差し迫っているからか、のテンションは下がりはしなかった。しかも、来年はついに2000年だと言うから余計だろう(半年前までは地球最後の日が―――とか言ってたのに)

『反応薄いよー!今やみんなミレニアム!ってうきうきわくわくしてるのにぃ!』
「別に何も変わりはしないよ。ただ年が変わるだけじゃない」
『ブブーー!寿ちゃんわかってなぁぁぁい!千年に一度なんだよ!これを逃したら、もう次は千年後なの!千年後なんてあたし達生きてないんだよ!?』

ものすごく当たり前の事を、でも凄い事のように言うから、僕はの言葉に呑まれてしまいそうになった。『奇蹟なんだよ!』ときっとこぶしを熱く握ってそれはもう力説しているに違いない。電話越しの彼女の声を聞いてそんな想像をする。そしたら、思わずくすりと笑ってしまってでもは気付かなかったようだ。僕の名前を呼んで、―――ああ、これは何かお願いのときの声だ。なんてすぐわかってしまうのはそれだけ長い付き合いだからなんだろう。でもわからないふりをして、僕は「なに?」と問い掛ける。

『31日の夜は二人で一緒に過ごしませんか??』

まさかの、申し出。











PM8:00ちょっと前。僕は目の前のインターホンを押した。するとタッタッタと軽快な足音が聞こえて来て、それから元気よく玄関のドアが開いた。そしたら、多分新しく買ってもらったであろう白いコートにピンクのワンピースを着たの姿が僕の目に映る。「寿ちゃん!おまたせっ」言いながら、にこっと笑う。一瞬声を忘れそうになったけれど、そこはなんとか気合で「こんばんは」と挨拶出来た僕は自分をほめたいと思う。そうすればは家族に向けて「それじゃー行ってきまぁぁす!」と元気よく挨拶をして、外を出た。
…もう、何年ものことだけれど、の家族は、寛大だと思う。普通、まだ小学生(とりあえず最高学年になったからと言って)の子を夜遊びに行かせてもOKなんて。前ににぽつりと言ったら、「それだけ寿ちゃんが信用されてるんだよっ」って笑っていた。そうだったら、ちょっとだけ嬉しい。はいこっか!って言いながら僕の手をにぎった。…なんとなく、照れる。こういうのは何ともなく出来てしまうんだけど―――だからこそ、僕だけがドキドキしてる、みたいで…ちょっとだけ癪だ。きっと顔が赤くなるのも僕だけだ。ちらりとを見れば…ホラ。全く顔いろ変わらずで。変わらない声で僕の名前を呼ぶ。

「寿ちゃん家で年越しかー!ふふっ、誘って良かったっ!」

はそれはもう本当に嬉しそうに言うから、僕まで笑顔になってしまう。これから、一度僕の家まで言って、年越しそば食べたら初詣に行く予定だ。もちろん僕たちは小学生だから、保護者(この場合おばあちゃんとおじいちゃんだ)も一緒。本当はおじいちゃんたちに迷惑をかけたくなかったんだけど…。こういうとき、早く大人になれれば良いのにと強く思う。そしたらわざわざ夜遅くにおじいちゃんたちを引っ張りまわすこと、ないのに。「寿ちゃん?」突然、名前を呼ばれて、はっとした。

「何?」

すぐに平然を装ったけど、バレバレだったみたいだ。「眉間にしわ」そう言われたのと同時に、の冷たい手が僕の眉間に触れた。そっと、そのしわを撫でるように、数度撫でる。それから、にこって笑って。「今日は楽しもうね!」って、言うんだ。ああ、なんでかな。君といると、凄く胸が温かくなる。はそういう温かいものを、いつも僕にくれるから。「そうだね」自然と笑顔になれるんだ。





年越し蕎麦も食べて、僕等は近くの神社に来ていた。あと少しで、今年も終わる。近くの神社は小さいけれど、それでも結構人がいるみたいで、結構混み合っていた。はぐれないようにと手をつないで歩く。

「ふあー!予想はしてたけど、すっごい人だね!」

ぷはっなんて言いながら、はそれでも嬉しそうだった。ぎゅっと僕の手を離すまいと強く握るから、ちょっとでも頼りにされてるのかなとこそばゆくなる。おじいちゃんとおばあちゃんは余りの人の多さに驚いたようで、ちょっと休憩とばかりに少しばかり人の少ない場所で休んでいるから当たり前なのかもしれない。ぎゅっと、決して離さないように強く握った、時だった。

「あっれーに佐藤!?」

突然声がして、振り返れば箕谷木の姿があった。後ろの方には他にもたくさんの同級生達が見える。まあ今日みたいな日に会うだろうと予感しなかったわけじゃない。ぼんやりと考えていると、驚いた表情だった箕谷木の顔が呆然とした顔から、ニヤニヤの変な笑顔に変わる。これから言われる事が何となく、予想できた。

「手ぇなんか繋いじゃってーらっぶらぶ〜!」

やっぱり。余りにも予想通りの反応をやってくれるから、もう呆れるしかない。そしてそれに便乗して、他のクラスメイトも騒ぎ出す。どうしたもんか。そう思った時、僕の左手からそのぬくもりが消える。さっきまでぎゅっと繋いでいた掌が離れたのだと、理解した。?不思議に思っての名前を呼ぼうとした…けれどそれよりも先に「箕谷木君達はクラスで来たの?」と彼女の声。そうすれば、箕谷木が「そうそう」と肯定した。

本当はお前らも誘う予定だったんだけど急きょ決めたからさー電話してもつながんなくってよ!あ、ちょうど良いから一緒に参ろうぜ!ミレニアムなんだし!大勢の方が盛り上がるっしょ?

意気揚々に語り出す箕谷木に、僕とは互いの顔を見やった。それから、沈黙。箕谷木の後ろにいるクラスメイトの方にがそろりと視線を移したのがわかった。そして、一瞬だけ辛そうに目を伏せたのも。僕はその視線を追うと、―――先に映ったのは柏木さんの姿。それだけで、の考えている事がどんなことなのかなんとなくわかってしまった。きっと、彼女に申し訳なく思っている、んだと思う。…優しい子だから。何よりも他人の事を考えてしまう子だから。―――だから、きっとこれから言う言葉もなんとなく、想像できる。

「う、うん。じゃあ入れてもらう?」

それが、どれだけ僕にとって残酷か、知らないでしょ?言いづらそうに作り笑いで、僕を見つめるに心臓が痛い。は今僕に判断をゆだねてる状態だ。それを知っているから箕谷木は「ほら、もこういってるしさ!」なんてだいぶ乗り気だ。だけど、だけどは知らないだろう?僕が、この日を

どれほど、心待ちにしていたか。


『31日の夜は二人で一緒に過ごしませんか??』


からの誘いが、どれほど嬉しかったか。きっとは何気なしに誘ったに違いないけど。それを聞いた時から、僕の中でただの来年の一日が、何よりも楽しみな日になるんだって。…気付いてないだろ?

「……、ごめんね」
「…え?」

僕の呟きに、は不思議そうに僕を見つめる。でもそんなにどう反応して良いかわからず、僕はただ一度離れてしまったの手をぎゅっと握り、箕谷木の方を見やった。そうすれば箕谷木は?と首をかしげる仕草をして―――そんな彼らに、

「ごめんけど!こっちが先約なんだ!」

そう言って、相手の返事も聞かずに、駈け出した。後ろから僕との名前を呼ぶ声やら、ヤジの声が聞こえたけれど、決して僕は振り向かなかった。ついでにの困ったような事態を呑み込めていないような声が聞こえたけれどそれも無視してとにかく全速力で走った。





 





2010/01/10