HAPPY!ミレニアム!




運が良い事に人の波が多くなってきたおかげで、僕等はすぐに箕谷木達と距離を取る事が出来た。
良いころ合いかな、と思って僕は走っているスピードを落とす。そうして、ようやく余裕が出来た時に、はっと気づいた。後ろの方でものすごい息遣い。あ!と思って振り返れば今にも酸欠にでもなるんじゃないかってくらい顔を真っ赤にしたの姿があった。

「ご、ごめん!ごめんね、!」

思いっきり自分のペースで走ってしまって、僕は冷や汗を流す。そうすれば息も切れ切れに「だ、じょ、ぶ」っては全然大丈夫じゃない風な笑顔でそう言った。僕はそんなの背中をぽんぽんとさすると、もう一度謝って、とりあえずどこか座ろうと提案した。のだけれど、その提案には首を縦に振ってはくれなかった。

「そんな、こと、より」
「無理して喋らない方が良いよ」

僕の言い分にまた、は首を横に振った。はそれから僕をじっと見つめると、まだ少し辛そうに―――だけれど完璧にちゃんとした言葉で「なんで、逃げたの?」そう一言問いかけた。ドキリ、として、僕は黙りこむ。まるで僕まで酸欠になったみたいに口を数度開け閉めしたけれど、

「だって、今日は二人でって約束したろ?」

結局下手な言い訳なんてには通用しないって観念して、でも二人でいたかったからなんてドストレートには言えなくて、ちょっとだけひねった言い方になってしまった。そうすればは納得したらしく、確かに。って頷く。それでもその顔は全てを納得してないようだったけれど。

「でも、なんか悪い事しちゃった」

ぽつり、と呟かれた言葉に、それが誰に対してなのか否が応でもわかってしまう。それでもわざとらしく誰に?と聞くとは僕を大きな瞳で捉えた後、ごにょごにょと口の中で呟く程度に何かを言った。でもそんな小さな呟きこんな雑踏の中では無に等しい。結局全く聞こえないまま会話は終了してしまった。
と、言うのも。

「あ、もうすぐだよ!あと3分!」

いつの間にか、カウントダウンが始まっていたらしい。どこからともなく、時間を気にする声が聞こえてくる。その声に同調しても秒数を数えだす。そんなを見つめて、ぼんやりと空を見上げた。2000年に相応しいのかはわからないけれど、星がきらめいていて―――ちょっとだけロマンチックだなんて、莫迦な事を思う。
―――「寿ちゃん」そうすれば、ふっと名前を呼ばれて、僕は自分よりちょっとだけ背の低いの顔を見つめた。の顔は俯き加減で、良くは見えなかったけれど、そのままの体勢でが喋り出したのがわかったので、僕は周りの雑踏に消されないように懸命に耳を澄ます。

「あのね。…さっきね、寿ちゃんあたしが先約だからって誘い断ってくれたでしょう?」
「…うん」
「……悪い事、しちゃったなってほんとに思うんだけど」

ほんとに、と自分でも言っているように本当には悪いと思っているんだろう。それでもその言葉は続くから、僕は黙って聞く体制に入る。

「だけどね。…ほんとはちょっと……嬉しかった」
「……」
「寿ちゃんが、約束守ってくれて」

いつの間にか、カウントダウンは1分を切っていた。それでも、そんなカウントダウンも耳に入らない程、のセリフが、嬉しく思う。

「あたしね、この2000年初めの時を、寿ちゃんと過ごせること、ほんとにすっごく幸せに思うよ!」

3

2

1

「ハッピーミレニアム!今年もよろしくね!寿ちゃん」

周りの歓声に負けず劣らずの声が、僕の耳に届く。目の前にいるの顔がちょっとだけ赤く見えるのは僕の気の所為じゃないと良い。僕の方こそ、今年もよろしくね。一足遅くにそう呟くとは嬉しそうににこっと笑った。
…1000年に一度の奇蹟を、君と迎えられた事、僕も幸せに思うよ。―――そんなこと、恥ずかしくて直接は言えなかったけれど。











「でも、どうしで今年に限って一緒に大みそか過ごそうなんて提案したの?」

神社からの帰り道、寿ちゃんの素朴な疑問にあたしの心臓が大きく跳ねた。どうして。その理由は、先日聞いたママからの言葉が原因だ。

新年って言えば初めに喋った異性と、その年縁があるそうよ。

それがウソかほんとかわからないけれど、もしほんとにそうなるなら、寿ちゃんが良いな、って思ったんだ。

「ええっと……それは」

でも、だからってこの気持ちどういえば良いの?今年もずっとずっと寿ちゃんと一緒にいたいなんて、子どもみたいな独占欲。そんなの寿ちゃんが聞いたらきっと呆れちゃう。もしかしたらさすがにうっとおしいって思っちゃうかも!そう思ったら、素直には言えなくて。

「ほ、ら!もうあたし達あとちょっとで卒業でしょ?学年トップの寿ちゃんと大みそか神頼みしたら、なんか幸先良いかなって思ったんだ!」
「……プッ、卒業しても、中学一緒なんだから寂しがる事ないよ」

頑張って考えたセリフも、寿ちゃんにはバレバレのようだ。ぽんぽん、と頭を優しく撫でられて(これでも身長あんまり変わらないはずなんだけどな)恥ずかしさがこみ上げたけれども。ちらりと見つめた寿ちゃんの顔が、ほんとーに優しそうに笑っていたから、それがからかって言った言葉じゃないってわかったから。だからあたしは結局素直にこくりと頷く事しか出来なかった。

……神様、ほんとにほんとにお願いです。
今年も、寿ちゃんと一緒にいられますように。

神社で一生懸命願った祈り事を、また心の中で呟いた。





 





2010/01/10
はっぴーミレニアム!!…十年前の話です。…言葉にすると、もうあれから十年たったのか…と感慨深いです。