一粒チョコレイト




この時期の女の子は、とっても大忙しだ。なんて言っても、その日で自分と好きな人がどうなるかが決まってしまう事もあるから。携帯のカレンダーをカチ、と開くと今日の日付がチカチカ光る。明日は、二月十四日、聖バレンタインデー。女の子が男の子にチョコレートに乗せて気持ちを伝える日。
そういう点で、うちの学校はかなり規律が厳しいから、堂々とチョコレートなんて持ってこれそうにないと思うけど。でもこの時期の女の子に不可能はない。むしろ、「バレンタインとは乙女の日、それこそ命がけだ!」と言う条例?みたいなのが出来てるらしい(一部では)





今は冬と言う事もあって体育はもっぱら室内だった。と言っても体育館の中は冷暖房付なわけじゃないからすごく寒い。今の時期はバスケをやっている。ピーーー!と先生のホイッスルと同時に2チームがバスケを開始する。他の班は出番待ちなので邪魔にならない隅っこで体育座りだ。あたしもその一人。同じクラスの子の隣にちょこんと座って、今対戦しているの応援中だ。ボールがの手にうまくパスされて、そのままドリブルで突っ込む。うまい!そのまま何人かの妨害を切り抜けて――軽やかな、ランニングシュート。「すごい!」言った瞬間、あたしの声と重なったそれ。

「すっごーい!佐藤君!」

え?ちょっと離れた横の方で、きゃーー!と声高らかにしていったのは隣のクラスの女子だ(クラスが多いから2クラス合同でやってる)「野球だけじゃなくってスポーツ全般うまいもの!」その声にあたしは隣のコートを見た。そこに居たのはまたシュートを決めた、寿ちゃんの姿。…確かに、すごい。「私、やっぱり佐藤君にチョコ渡す!」そんな声が聞こえてきて、えっ!?ってまたその集団を見やる。さっきはマジマジ見てなかったから気付かなかったけど、あ、の人…。

「えー、マジで?由良マジチョコ?」
「うんマジチョコ。大本命だよ」

やっぱり、朝日奈さん、だ。「競争率高いよー」なんて他の友達が言うけど朝日奈さんはそんなの関係ないって強気な笑顔。朝日奈由良さん。確か小学校のころ寿ちゃんのこと好きって噂になった子だ。やっぱり、綺麗な子。化粧をしている所為も多少はあるかもしれないけど、でもそれにしたってすっごく肌がきれい。思わず、見惚れてしまう。

「でも、佐藤君の心を落とすのは並大抵じゃないと思うけど?」
「んー…あ、さん!」

そしたら急に名前を呼ばれて、びくりと身体が反応した。な、何?首をかしげると朝日奈さんはあたしのところにやってきて、あたしの隣にしゃがみこんだ。それから耳打ち。あのね、あのね。って鈴のような声が耳に浸透する。そして同時に香る、香水のにおい(大人、っぽい…なあ)女のあたしでもドキドキする。

「佐藤君ってどんなチョコが好き?」
「えっ?」

聞かれて、驚いたのは言うまでもない。そ、そんな事言われても…答えられない。チョコ自体は、嫌いじゃないのは知ってる。だけど、何が好き?って言われても…わからない。「さ、あ…」言葉に困ると朝日奈さんは驚いて「えー幼馴染のさんでも知らないの?」なんて言われちゃう始末。ズキ、って胸が痛む。「う、ん…ごめんね」なんであたし謝らなくっちゃいけないんだろう。でもここは謝った方が得策だと、頭のどこかで思ってた。そしたら「ちぇー…しょうがない、じゃあとりあえず手作りでレシピ見てつーくろ」そう言って朝日奈さんは立ち上がると「じゃあね」って綺麗に笑ってさっきの集団のもとに帰ってしまった。
ふわりと香る残り香が、鼻孔から離れなくって…あたしは目をぎゅっと閉じて頭を振った。

「何、やってんの」

すると、頭上で聞こえる声。顔をあげるとちょっと汗をかいてるの姿。「…」あたしの口から出たの名前は頼りなげで、彼女はそんなあたしの表情と声に呆れた風にため息をついて、あたしの横に座り込んだ。「も、試合…終わったの?」問いかけると、とっくの昔にね。って鼻で笑われてしまった。良く見れば、次のチームが対戦を始めようとしている(あたしの番は、まだのようだった)「そ、か」小さな声で呟いて、あたしは膝にあごを乗っけると、「」ってあたしの名前が聞こえてきた。

「なんかあったの?」
「え?」
「朝日奈さんとしゃべってたみたいだったから」

、良く見てるね。苦笑したら、がまた呆れたようにため息をついて。まあね。って声が聞こえて。「…大体何をしゃべってたかはわかるけど」って続いて言われた。ほんと、良くわかってらっしゃる。笑い口調で言ったら「どれだけ友達やってると思ってるのよ」って、頭をくしゃってされた。…えーっと、4年です。はあたしの頭を何回かかき回した後、すっと手を離すと、ペチンとあたしのほっぺたを叩いた(もちろん、加減してるから痛くなんかない)それを合図に、あたしがしゃべりだす。

「…寿ちゃん、にね、チョコ…渡すんだって」
「……うん」
「義理チョコじゃないよ。…マジチョコ、大本命、なんだって」
「ふうん」
「で、何チョコが好き?って朝日奈さんに聞かれた、んだけど」

でも、あたし…答えられなかった。それは朝日奈さんに教えたくないから、じゃなくって…知らなかった、から。もちろん知ってたって教えたくなかったかもしれないけど。でも…実際あたしは知らなくって。そう思ったら…

「なんか、ね…あたし、寿ちゃんのこと、ほんとに何にも知らないんだって…思い知らされて」

ちょっと、気分が沈んでしまったんだ。膝と胸の間の空間に顔をうずめると、声がくぐもってしまったけれどにはちゃんと届いたみたいだ。「…そう」聞こえてきたの声はたった2文字だけだ。ぎゅ、自分の両足を腕に抱いて、目をぎゅっとつぶる。「それで?」何も言えないでいると、更に言葉を紡いだのは、他でもない隣に居るだった。「え?」顔をあげると、はまっすぐとコートを見つめている。

「何にも知らなくって、それで何?」
「な、何って…」
「好きなもんあげたからって佐藤君がなびくわけ?違うでしょ?」
「……でも、好きなものあげたほうが、嬉しい」
「違うわね」

あたしの言葉を途中で遮った声。きっぱりとした否定。更にあたしはを見つめるとがようやくあたしの方を見て、「私は思うんだけど」と今度はあたしが聞く番だ。

「確かに、好きなものをもらったら嬉しい。だけど、“好き”ってそんな単純なもんじゃないと思うよ。確かに好感は抱くでしょうけどでもだからって受け取るかは別。佐藤君の性格からして、好きなものくれたのと付き合うはイコールじゃないと思う」
「…」
「それはが一番よくわかってることだと思うけど」
「……そ、りゃ」
「…佐藤君は好きなチョコをくれるよりも、自分のことを考えたうえでくれたチョコのほうが何倍も嬉しいと思う」

だから。頑張んなさいよ。

バチン!とあたしの背中を叩いた。い、った!思わず声をあげてがにししと笑っている。その笑顔は憎らしいけど…でもやっぱり頼りになって。あたしの怒る気は失せる。無意識に笑顔になって、あたしはの肩に頭を預けた。「ありがと」呟いた言葉に、「どーいたしまして」ソプラノの声が耳を刺激して、あたしはまたクスリと笑った。
その日の夜、あたしは初めて手作りのチョコレートというものに挑戦することにした。



★★★



って、意気込んだは良いけど…。渡せない。そう気付いたのは登校してすぐだ。クラスに入るのもひと苦労だったのは出入り口を思いっきり塞いでいる別のクラスの女の子。ちょっと、通して!って何とかクラスに入ると、女の子に囲まれている幼馴染を発見してしまった。頭しか見えない幼馴染。でも何をされているのかは周りの女の子を見れば大体想像がつく。女の子の手には四角いプレゼント。きゃいきゃいとはしゃいでいる女の子達。…う、わ。唖然としていると、突然ドアの方から「ちょっと!!」って大きな声が聞こえて、女の子が一斉にそっちを向く。「やばい!先生来る!!」どうやら彼女は伝達係らしい。「えええ!私まだ渡してないのにぃ!」でもここで先生に没収されたら元も子もない。見事綺麗にチョコレートを隠した彼女達はそそくさと教室を後にした。…ううん、素早い。嵐が去ったような…という言葉が大いに当てはまるであろううちのクラス。担任が入ってきたのはすべてが終わった後、だ。寿ちゃんの机にはさっきまで置いてあったチョコレートの包みは綺麗に撤去されていた。多分、クラスの男子が気を利かせて袋にでも入れたんだと思う。証拠に、へにゃってなってた学生カバンが今ではパンパンになっている、から。
…あんなにいっぱいチョコもらってたら、寿ちゃん大変だろうな。
ツクン、と胸が痛む。こんな状況見ちゃったら、チョコを渡すことなんて出来ない。





 





2009/02/16

書きたいって言ってた中学生バージョンVDネタ。