『ごめんけど、本命なら受け取れない。…好きな子がいるから』
寿ちゃんに、好きな子がいるのは小学校六年の時に知っていたハズなのに、胸が張り裂けそうなくらい、痛かった。本命なら受け取れない。寿ちゃんははっきりと拒絶してた。じゃあ、あたしのチョコも受け取ってもらえるはず、ないじゃない。絶望的、だ。
初めて寿ちゃんにチョコレートをあげたのは、出会って初めて迎えたバレンタインデーだ。初めてチョコをあげたとき、ほっぺにチューして寿ちゃんを困らせたっけ。八年も前のことなのに、最近の事のように思い出される。あの時寿ちゃんは家族以外から貰うのは初めてだって言ってた。あたしも、パパやお兄ちゃん以外の男の子にあげるの、初めてだったんだよ。あの年から毎年バレンタインになるとチョコレートを渡して、ちゅーしてた。それをしなくなったのはいつだろう。パパやお兄ちゃんにちゅーしなくなった年だ。さすがにもうパパやお兄ちゃんにキスするなんてアメリカじゃないんだからって照れくさくなった所為もある。それから自然に寿ちゃんにもキスをしなくなった(寿ちゃんもあたしにキスするのを渋っていたから何も言ってこなかった)
そうだ、よくよく考えれば寿ちゃんは、毎年バレンタインの時キスをするのを嫌がっていた。あの時のあたしはそれがすごく不満だった。「嫌いなの?」って聞いたことも何度もある。でも、それは違うって寿ちゃんが一生懸命否定して…最終的にはなんだかんだ言いながらキスしてくれるから、気にならなかった。でも、今思えば、本当は嫌だったのかもしれない。あたしのこと“嫌いじゃない”って寿ちゃんは言った。それは多分嘘じゃない。でもそれは裏を返せば“好きでもない”ってことになるんじゃないか?だから、あんなにキスするの、渋ってたんじゃない?
キスは愛情表現だってママに小さいころに聞いたことがある。だから、あたしは大好きな人にはキスするのが好きだった(さすがに今はない、けど)スキンシップをされるのが好きだったしするのも好きだった。全身で好きだよって伝えたかったのかもしれない(言葉を知らなかったからも大きいと思う)
でもだからこそ、寿ちゃんは渋っていた、んじゃないかな。「愛情」がなければ、キスなんて出来ない。だから、あんな態度…。
……絶望的、じゃん。
小さいころの寿ちゃんの言動を思い返して、あたしは更に項垂れた。知らなくても良い事はこの世に存在する。確かにその通りだと思う。知らない方が良かった。知らなかったら、義理チョコででも渡せたかもしれないのに。カバンの中から昨日遅くまでかかって作ったチョコレートを取り出した。初めての手作りチョコ。初めての、本命を意識した、チョコ。…それが好きな相手にも渡せない結末になるなんて、なんて可哀想なチョコなんだろう。
チョコレートに罪はないのにね。
じわり、涙がにじんでくる。あーもう。すごく、情けない。こんな姿じゃ午後の授業なんて出られるはずもなくて、あたしは教室に戻る事も出来ず、人気のない自転車置き場の隅っこに座り込んだ。二月の冷たい風が容赦なく吹き付けて来て、更にみじめだ。そういえば、お弁当箱そのままにしてきちゃった。気付いたけれどそれでも教室に戻る気にはなれない。午後の授業は始ってしまったけれど、動けるはずもなかった。…多分、が片してくれる、と思う。そう願って、あたしは少しでも寒さから逃れるように体育座りをして、両腕で冷たい風から足を守る様に抱きしめた。
★★★
しばらくたって、五限目を終了させるベルが鳴って、あたしは五十分間そうしていたことに気付いて顔をあげた。六限目にももちろん出られる気力はなく、座り込んだまま動けない。…黙って視線を移すと五時間目の時にカバンから取り出したチョコレートをそのままにしていたのが目に映った。…簡単にラッピングしたチョコレート。それを手にとって、上で結んでいたリボンをシュルリとほどく。袋型のそれはリボンをほどくとすぐに口が開けられるタイプだったから、あたしはそこに自分の手を突っ込んだ。丸っこいそれが手に当たる感触がして、ひとつつまむ。指と一緒に挟んで出てきたのは紛れもなく昨日自分で作ったチョコレートだ。ちょっといびつなトリュフ。…丸めるだけで良いはずなのに、うまく丸く出来なかったっけ。柔らかくしすぎたことが原因だって妹に指摘されて、でもチョコを余分に買ってなかったから何とか頑張って形にして…。昨日の努力を寿ちゃんに言って聞かせるはずだったのになぁ。自嘲的に微笑んで、あたしはそれを口に放り込んだ。甘いミルクチョコの味。口の中でコロコロとチョコレートを転がすと、少しずつ溶けていくのがわかった。
…うん、形はいびつだけど、おいしいじゃん。
やれば出来るじゃんあたし。自画自賛して、口の中のチョコがなくなってまた一つ口の中に運んだ。うん、美味しい。こんなに上手に出来たのに、ほめてくれる人がいないって、淋しいなぁ。そう思って真っ先に頭に浮かんでくるのはやっぱり寿ちゃんで。切なくなった。…涙が零れ落ちそうになって、あたしは慌てて上を向く。でも、手遅れだ。目にたまった涙がそのまま重力にのっとって、目じりを通って流れ落ちる。上を向いている所為で、耳の中に流れ込んだ涙は、目から零れたときにはあったかかったのに、外気にさらされた所為か冷たくなってしまっていた。
零れる涙をそのままに、また一粒チョコレートを口に運ぶ。やっぱり甘くて美味しい。
ぐす、ひっく。一粒食べるごとに、どんどん涙の量が増えていくのはなんでかな。そんなの、決まってる。悲しいからだ。ほんとは、寿ちゃんに食べてもらいたかったからだ。こんな風になることを予想してチョコレートを作ったわけじゃないんだもん。作ってる時、寿ちゃんの事を考えて、どうやったら喜んでくれるかなって思いながら作ったチョコだから。あたしの寿ちゃんへの気持ちがいっぱいつまったチョコだから。だから、こんなにも涙が出るんだ。
「……せつ、ないな、あ」
空は二月の割に青く澄んでいるのに、あたしの心はちっとも晴れない。涙が視界を悪くしてるせいもあるかもしれない。それを覆い隠すようにまた、チョコレートを口の中に入れた。「っく」嗚咽がこぼれる。どうやらこのトリュフはおっきくしすぎたみたい。失敗、失敗。ああ、でも寿ちゃんなら意外に大きな口してるから一口でいけちゃうのかな?
結局、寿ちゃんのことばっかり考えてる。寿ちゃんには本命がいるのにね。
やっぱりあたしには幼馴染ってポジションが一番しっくりくるのかな。分相応ってのを考えなくっちゃ、いい加減。じわり、また涙がこぼれおちる。今度は綺麗に頬を伝ってあたしのスカートを濡らした。
だって、寿ちゃんは今じゃあ友中のプリンスで、野球部期待の新キャプテンで、頭もよくって器量もあって、すべてにおいて完璧な人。だから、あたしなんかじゃ合わないんだ。小学校高学年のころからちょっとずつ感じていた気持ち。あんなに素敵な人だもん。あたしがずっとそばにいちゃ、駄目なのかもしれない。そろそろ、寿ちゃん離れしなくっちゃ。そう、思うのに。思う、けど。でも
「…かな、しいよぉ」
そう、思ってしまうんだ。例え、寿ちゃんに好きな子がいたとしても、あたし離れていたくない。そう思っちゃうんだよ。だって、あたし寿ちゃんと一緒に居たい。寿ちゃんのそばが良い。
「とし、ちゃぁん」
「なに?」
呼んだ名前に、まさか返事が返ってくるとは思わなかった。さっきまでひっきりなしに流れていた涙がぷつりと止まる。え、顔をあげると驚いた表情の寿ちゃん。「ってどうしたの、そんなに泣いて!」慌ててあたしの前にしゃがみこんだ寿ちゃんはポケットからハンカチを取り出してあたしの顔を拭いた。「うぐっ」思わず変な声が漏れたけど、寿ちゃんはそれについては何もコメントしなかった。
「五限目帰ってこないから心配して、保健室に行ったらいないし、探したよ!」
良く見たらカバンもないし!寿ちゃんが少し怒った風な声で口早に言葉を乗せる。あたしは何も言えなくてただ、寿ちゃんが顔を拭いてくれるのをだまってされるがままになっていた。「一体、なんだって…」そうまで言って、寿ちゃんの声と手が止まった。それから静かに顔からハンカチが離れて―――
「…これ」
「え?」
「……もしかしなくても、チョコ?」
問いかけられて何のことやら?と思ったのは一瞬で、寿ちゃんの視線を追いかけたら、あたしの膝の上に置いてある開けかけのそれが目に入った。そう、もしかしなくてもチョコだ。羞恥に、顔が赤くなる。いや、見つかってしまったことに青くなってるかもしれない。「う、あ、いや!」うまい具合の言いわけが思いつかない。おろおろと手をむやみにぶんぶんと振り回していたけど、肝心な言葉は出てこなかった。でもそんなの気にも留めてない様子で寿ちゃんはあたしの前に膝をつくと、あたしの手をそっと掴んだ。
「……ね、僕も食べて良い?」
それから、一言。確かに寿ちゃんはそう言った。え。無意識に出た言葉は間の抜けた声。ぱちくり、といまだ涙で濡れた目を瞬かせて、寿ちゃんを見ると、ふわりと寿ちゃんがほほ笑んだ。「てゆうか、頂戴?」そう続けて。
「え、…だって、あの」
「駄目?」
「う、ううん!だ、駄目、じゃない、けど…でも、なんで?」
だって、寿ちゃん好きな子いるのに。良いの?そう聞きたかったけど言葉に出来なくって、口を閉ざすと、寿ちゃんが優しく笑んだのがわかった。
「だって、これ、の手作りだろ?」
「う、ん」
「バレンタインでは初めての手作りチョコなのに食べるのが本人って、チョコが可哀想じゃない」
「…う」
「だから、僕に頂戴?…初めてのの手作りチョコ、食べてみたいんだ」
にっこりと、たおやかに微笑まれて好きな人にそんな殺し文句言われたら、誰だって断れるわけ、ない。むしろ、あげたいと思ってた本人に渡せるなんて、チャンス…断ることなんて出来るわけ、ないんだ。こくん、頷くだけの返事をすると、寿ちゃんはさっきよりも笑みを深くして、「じゃあいただきます」って包みの中からチョコレートを取り出して「あ、最後の一個みたいだね」って言った後「じゃあいただきます」―――口の中に入れた。それから、口を数度動かして
「うっ」
胸を押さえてうずくまる。え!ま、まずかった!?うそ!?もしかして失敗作!?不安がよぎって「寿ちゃん!?」って声をあげたら、寿ちゃんが顔をあげて、「うまい!」にこって笑った。………「し、心臓に、悪いよっ」本気で、本気で心配した。さっきとは別の意味で泣きそうになると「そうなきべそにならないの」って寿ちゃんがあたしの眉間を人差し指ではじいた。
「だ、だって…本気で失敗しちゃった、かと」
「プッ、だってさっきまで自分で食べてたんだろ?」
「そ、そうだけど、でも!」
「大丈夫、ほんとうまいよ。それに、もしまずくてもの作ったものなら絶対全部食べるから」
それってかなり失礼な言葉じゃない?言おうと口を開いた
「だから、今度は…ちゃんと僕のために作ってきてよ」
なんて、寿ちゃんが言うから、あたしはその文句を言う事は出来なかった。それから、ふわり、と頭を撫でられてぽそり。「―――食べるから」と寿ちゃんが呟いた。最初の方がうまく聞き取れなくって「え?」って聞き返したけど、教えてもらえなかった。
「ほら、もうそろそろチャイム鳴るから顔洗って教室戻ろう」
そう言って差し出された手をじっと見つめると「?」と訝しげな顔をされて、あたしは慌てて手を乗せた。その手は昔と変わらないのに、でも今までより数倍ドキドキした。
「だから、今度は…ちゃんと僕のために作ってきてよ
を泣かせる奴のためなんかに作らないでさ。僕なら絶対喜んで食べるから」
2009/02/16
てことでバレンタインネタ終了。時期的に中二の14歳のバレンタイン設定。これみると気付くだろうけど、そうです、中二になってもまだ二人はくっつかないんです。本当は中一、中二の小連載を書いた後VD夢をupっていうのが理想でしたがそんなのかいてたら二月終わるどころか今年終わるちゅーねん(笑)書けるときに書いとこうという魂胆です(笑)