9月9日は、寿ちゃんの誕生日である。
あたしは自室のカレンダーを見つめて、盛大にため息をついた。もう、日にちがない。
どうしよう、どうしよう。そればかりがあたしの頭の中にあって、そしてそのどうしようの答えは一向に見つからないまま、9日は明日に迫っていた。どうしようって言うのは、誕生日プレゼントの事だ。毎年、いつの頃(確か七歳の誕生日から、だ)からか寿ちゃんとはお互いの誕生日にはプレゼントを渡すようになっていた。中学三年になった今でもそれは変わっていない。でも、正直、九年も幼馴染をやっているのだ。そしてお互いの誕生日のプレゼントを渡すのは、もう九回目になる。そうなると、…渡したいものも尽きてくる。初めは何をあげただろうか。確か、がり勉な寿ちゃんの為に文房具セットだったと思う。でもこの年になって、文房具を渡されたって寿ちゃんだって困ると言うものだ。大体、文房具を渡すってどうよ。
去年は、何をあげただろうか。ああそうだ。確かほしい参考書があるだとかなんとかで、それを買った気がする。野球系統のものは大体何年か前に渡したりしてる。タオルとか、リストバンドとか、ね。我ながらしょっぼいプレゼントだと思う。年々。
「……はあ」
だからこそ、今年くらいは何か気の利いたものを送りたい。まだ、記憶に新しい先月の自分の誕生日の事を思い出す。…寿ちゃんからの誕生日プレゼントを、だ。そしておもむろに机の上に飾ってあるまだ箱から片手くらいしか明けていない小さな小箱を手にとって…また、ため息。今年の寿ちゃんからの誕生日プレゼント。あたしが前に「可愛い!ほしい!でもお金がない!」って言って断念していたアクセサリーがきらきらと光っている。…もちろんそのプレゼントが嫌でため息をついたわけじゃない。むしろその逆だ。もらったときは嬉しすぎて何度も何度もお礼を言ったくらいだ。その日は一日中そのネックレスを着けていたんだけれど。
だからこそ、今回の誕生日プレゼント、困る。あたしのほしいものを見事買ってくれた寿ちゃん。プレッシャーも大きい。去年まではヘアピンだとかそれこそ人気を集めた小説だとか、そんな類だったのに、今年に限って…。
「…うー!あー!思いつかないっ」
きっと寿ちゃんの事だ。どんなものでもありがとうとか言って喜んでくれるに違いない。例え本人が使わないであろう代物だったとしても「斬新だね」とかなんとか言って笑って許してくれるに違いない。だけど、それじゃああたしがイヤだ。満足できるわけがない。
だって、ほんとに嬉しかったのだ。
こんなに嬉しい気持ちになったのだ。それなら寿ちゃんにもそれくらいの気持ちを持ってもらいたい。まあ多分こんなに幸せな気持ちになったのは、あたしが寿ちゃんを好き、だからなんだろうけど。好きな人からのプレゼントなら例え道端の石ころでもダイアモンド級の宝石に変わる…いや、これはちょっとおとめチックな考えかもしれないけれど!でも、まあとにかくあたしだって寿ちゃんをそれくらい幸せな気持ちにさせてあげたいのだ。だけど、なんだか色々空回りしていると思う。うまく、行かない。
に付き合ってもらってこの前の休みにはプレゼントの下見にもいった。だけど、結局これ!って言ったものが見つけられなくて。むしろ、自己嫌悪になるだけだった。…だって、あたし…寿ちゃんの好きなものとか喜んでもらえるものとか、知らない。もちろん寿ちゃんが野球を好きだとかおじいちゃんやおばあちゃんを大好きだとかそういうことは、知ってる。だけど、それ以外の事を、知らないんだ。野球以外に熱中してるものだとか、これをされたら喜ぶだとか、そういうの一切、わかんない。あれ?確か去年の誕生日もそんなことを悩んでたと思う。で、結局サプライズでお祝いしたかったけど、このままじゃプレゼント用意出来ないって思って、…それで本人に聞いたんだ。そしたら、参考書がほしいって。それで、参考書プレゼントしたんだっけ。でも今年こそは、やっぱりサプライズで喜ばせたい。だって、あたしは寿ちゃんのサプライズでこんなに嬉しくなったんだもん。
寿ちゃんみたいに、リサーチ上手になれたらいいのに。むしろ観察眼をわけてもらいたい。このアクセサリーをくれたのだって、あたしと寿ちゃんの帰りが一緒になって、たまたまその足で買い物行くことになって、そこで偶然これを見つけて「ほしい!」ってポツリとこぼしたのだ。それを見事覚えていてくれて、今回プレゼントしてくれたわけだけれど。でも、人生そう上手くいかない。寿ちゃん、ボロ出さないんだ(あれ?ボロって言うのかな?)
ほんとは特大のケーキを作ってプレゼントする予定だった。けど、今日昼間作って、丸こげにしてしまいもう買いに行ってる時間も余裕もなかった。このままじゃあほんと何も用意できないまま今日が終わってしまう。そしたらもう寿ちゃんの誕生日が来てしまう。でも。
時計を見ると、もう夜の10時を指していて、こんな時間に空いてるお店なんてたかが知れてる。野球専門店だって、閉まっちゃってる。
「はあ…せめて、こげがもうちょっとまともだったら食べられたのに」
昼間作ったケーキを思い出す。あんなもの送りつけたら誕生日を祝ってるのか呪ってるのかわかりゃしない。お兄ちゃんにも渋い顔されたし妹にも苦笑されてしまった。でも二人揃ってのセリフは「まあ寿ちゃんなら許してくれるんじゃない」だ。…いやでもほんとに迷惑だろあれ。寿ちゃんは残飯処理係じゃないよ!って、わけででも捨てるのももったいなくて、とりあえずこげ部分だけをそり落として、今や冷蔵庫に眠っている。明日、どうにかしよう。こげ部分をそり落としたら、見事丸の形は消え失せてしまったし、絶対クリーム付けたら歪むだろ。って感じの出来だった。…家庭科の授業は得意ではないにしろ、とりあえずな成績をとっているにも関わらずあんな出来になってしまうから、自分でもビックリだ。そのせいで、プレゼントもパーだ。
はあ、どうしよう。さっきから堂々巡り、だ。これじゃあらちが明かない。そう思ってあたしは自分の部屋を後にした。そして、向かう先は
「はあい、どーぞ」
コンコン、と控えめなノックを二三度すると、ドアの向こうで声がして、あたしはかちゃりと部屋のドアを開けた。そしてひょっこり顔を覗かせると、勉強机に座ってこっちを振り向いた妹と目があって、おずおずと部屋に入り込んだ。「ね、ちょっと聞きたいんだけど」妹に相談と言うのも変な話ではあるけれど、寿ちゃんと付き合いが長いと言えば妹もしかり。ちょっと参考までにお話を伺おうと参上したところである。その旨を妹に伝えると、妹はワーク(今日の宿題なのかもしれない)をぱたりと閉じると
「お姉ちゃん、さっきも言ったけど、きっと寿也君ならなんでも喜んでくれると思うよ。あの…ちょっと形の崩れたケーキだって、お姉ちゃん一生懸命作ったんだし、あげれば良いのに」
ちょっと、って言うのはきっと妹の心づかいだろうことはすぐに分かった。傷つかないように最大のフォローをされている。
「それは、わかってるんだけど。…でもあんなの、寿ちゃんに渡せないよ」
「別にお姉ちゃんが器用じゃないことくらい寿也君も長年の経験からわかってるんじゃん?だったらあれを一生懸命作ってくれたんだって、きっと寿也君は喜んでくれると思うよ」
そんなに悩むことないのに。妹は凄く気楽に考えているようだった。ちなみに妹は寿ちゃんに何をあげるんだろう?そう尋ねたら、「私は消耗品で、今年もタオルだよ」って返された。ああ、確かに妹はいっつも寿ちゃんにタオルな気がする。タオルを渡された時の寿ちゃんの顔を思い出す。嫌そうなそぶりは全く見られない。「だから、きっとなんでも喜んでくれるんだよ。結局寿也君はお姉ちゃんの気持ちを一番に考えてくれてるんじゃん?」まるであたしの気持ちを取り組んだみたいに言っちゃうから、ビックリしてしまった。妹の言い分は、凄く良く分かる。…でも、だって。最終的にネックになってるのは、あのアクセサリー、だ。そんな気持ちが顔にあらわれていたんだと思う。妹は小さなため息を吐き出すと、人差し指をピンと立てて
「別に相手がアクセサリーだったからって、高価なものじゃなくって良いんじゃない?何度も言うけど気持ちだよ」
「でも、思いつかない」
「本当に?全然?ちっとも?」
「……うん」
しょぼくれてるあたしを見かねて「…しょうがないなぁ」ってそんな声が聞こえた。それから続くのは「妹の私からじゃあ、ひとつ」って言葉。ばっと顔をあげると、にんまりと笑っている妹の表情が目に映った。
「手芸、得意じゃん。それで何か作れば良いんじゃないの?って言ってもまあ…もう期限も限られてるんだけど」
手芸。確かに、料理よりは得意、だ。それを想い浮かべて「で、でも何を作れば良いの」って言ったら、妹に怪訝な顔されて「それくらい考えなよ!その方が寿也君喜ぶんだから!」って部屋から追い出されてしまった。…手芸、か。妹の閉めたドアの前でぽつりとつぶやく。…うん、でももう考えてるヒマなんて、ない。こうなったらそれでいくしかないのだ。
★★★
カバンの中には、昨日作ったプレゼントをきっかり用意して、学校へと向かった。変わらない日常生活の始まり。教室に入ったあたしは挨拶もそこそこに自分の席に着席した。そして、出るのは―――「大きな欠伸」突然の声に、あたしは大口を開けたまま止まってしまった。見上げれば、寿ちゃんの姿があって、顔が赤くなる。「と、寿ちゃん!」名前を呼ぶと「寝不足なの?」なんて、クスクス笑われてしまった。まさか寿ちゃんの誕生日プレゼント作ってて徹夜しちゃったんだよ!なんて言えるはずもなくって、あたしはアハハって誤魔化す事しか出来ない。そうしているうちに寿ちゃんは別の人に呼ばれて行ってしまった。…誕生日おめでとう、って言えなかった。その事に気付いた時にはもう寿ちゃんの姿は見えなくなっていた。―――いつ、渡そう。カバンの中に眠っているそれを想い浮かべて、あたしはまた小さく欠伸を漏らした。
2009/09/09
びみょー。続きます