9・9事件簿




「―――、」

まどろみの中、何かが聞こえる。その声はどんどんクリアになっていって「!」は、っと目が、覚めた。見上げるとそこには親友の姿があって、(その顔は心なしか呆れている)まだ、眠気の覚めない頭を懸命に働かせて…あたしは、覚醒した。い、ま…何時!?
ガタン!盛大に椅子から立ち上がると、が「もうSHR随分前に終わってんだけど」って、冷ややかな声がかかった。ああ、やっぱり呆れてらっしゃる…!ご、めん。素直に謝ると、がしょうがないなって感じでため息をつかれて、それからじっと見つめられる。「すんごい爆睡してたけど、何?今日の日が関係してるんだよね?」って言われて、その問いにも素直に頷く。「ケーキ、上手く作れたの?」そうだ、はあたしがケーキを作る事を知っているけれど、昨日失敗した事を知らない。あたしは視線を泳がせた。それから、ぼそぼそと昨日の詳細を説明する。次第にの顔つきが歪んでいくのを見つめながら、何とか言い終えると、「別にケーキもつけりゃ良かったのに」とぼそりと呟かれてしまった。いや、だって!ほんとに酷い出来だったんだって!それが顔に出てたのか、がやっぱり呆れたようにため息を吐き出した。

「まあ、決めるのはだから私がどうこう言う訳にはいかないけど。でも、良いの?さっきも言ったけどSHR随分前に終わったけど」
「え!」
「まあ直接家に行くんならそれでいいんだけど」

言われてあたしは寿ちゃんの席を見つめた。そうすれば、あれ?でもカバンがある。それが意味するのはまだ家には帰ってないってことだ。じっと見つめていると「佐藤君呼び出されて行っちゃったよ」っての声。はっとの声に反応すると同時に思い浮かぶのは――寿ちゃんにあたしの知らない女の子がプレゼントを渡してる姿。

「知らない子だったら、嫌だな…」
「は」
「でも、知ってる子だったら、もっとやだな…」

結局誰だって、ヤなんだ。寿ちゃんの隣にあたしじゃない誰かがいる、なんて事が。どれだけ寿ちゃんを独占したいと思ってるのか。こんなこと、寿ちゃんが知っちゃったら、どんな反応するのかな。もしかしたら嫌われるかもしれない。そう思うと怖くなる。怖くなるからこそ、この気持ちは言えない。ほんと、弱虫だ。

「…そんなの、当たり前のことじゃないの」

まるであたしの心の中を見透かしたみたいに、は簡単に言ってしまうから、あたしは思わず声を呑み込んでしまった。見つめると、呆れた風な顔の親友の姿。

「好きな人には誰だって、傍に居てほしいものじゃない。その人の一番になりたいって思うものじゃないの」

もし、そうじゃないのなら、それは本気じゃない証拠なんじゃないの?言われた言葉で心臓がわしづかみされたような感覚に陥った。ただひたすら黙りこくってしまうと、が煮え切らないあたしにしびれを切らしたらしい。「ほら」って言いながら、あたしを椅子から立ち上がらせると、トン、っとあたしの背中を押した。吃驚してを見つめると「早く行きなさいよ」って呆れた、顔。

「いつまでうじうじしてるの?そんな情けない顔で行ったら、受け取ってもらえるもんも受け取ってもらえなくなるんだから」

のひと言が、凄く優しく感じられて、あたしは素直にお礼を言うと、プレゼントを手にして教室を飛び出した。



★★★



寿ちゃん、どこにいるんだろう。きょろきょろと寿ちゃん達がいそうなところを一人で探し歩いているけれど、姿は見えず。…でも良く良く考えたら、寿ちゃんは女の子に呼び出されちゃってるわけだ。それを横入りしに行くって…「かなり、性格悪くない?」と言うか、かなり空気の読めない子だと…思う。そこまで考えてあたしは人気のない裏庭の真ん中で立ち止まった。そうだ、…今もしかしたら告白の最中かもしれない。そうだった場合、どうするの?盗み聞き、なんてそんな悪いマネ出来ない。そう思ったらあたしの足はぷすりと糸が切れたように動かなくなって、あたしは中央でしゃがみこんだ。

…てゆうか、告白って…。

決まってはないけど、多分こんな日にわざわざ呼び出すのだ。告白に間違いはないんだろうけど。そうまで考えて、あたしの気分はまた落ち込む。さっきのとの会話を思い出して、出るのはため息。呼びだした女の子は、一体どんな顔で寿ちゃんにプレゼントを渡すんだろうか。きっと、あたしなんかのプレゼントよりももっともっと豪華なもの、プレゼントするんだろうな。じっと自分の手のひらに収まっているソレを見つめて―――やっぱり出るのはため息ばかり。ほんと、自分でも思うけど、ショボイ。いくら、プレゼントは気持ちだって言ったって、15歳の男の子が喜ぶようなものじゃない。いくら温和な寿ちゃんだって呆れるに決まってる。だって、あたしの誕生日にはあんな素敵なプレゼントをくれたんだもん。それのお返しが―――コレ、って。
やっぱり渡すのやめようか。今なら間に合う、し!うん、そうしよう!それで、今日の帰りにでも野球関連の何かを探して…ううん、市販のケーキでも良いじゃない!それを買って寿ちゃんに渡そう。そうしよう!当日に渡したかったけど、きっと後日だって寿ちゃんなら許してくれるハズだ。そう、こんなものを当日に渡されるよりは、全然喜んでもらえる確立の方が高い!

「うん、そうしよう」

ぽつりと呟いて、あたしは決意した。

「何が、"そうしよう"なの?」

そして、突然降ってきたセリフに、あたしの頭はぷすりと止まった。動けないまましゃがんでいると「?」って優しい声がさらに振ってくる。う、あ!声にならない声を出して顔をあげると、そこには―――探していた寿ちゃんの姿があって、「え、あ…とし、ちゃん?」って名前を呼ぶと、寿ちゃんがくしゃりと笑ったのが目に映った。それから両隣をきょろきょろ見つめる。…どうやら寿ちゃんは一人らしい。呼び出したって言う女の子は一人で帰っちゃったのだろうか?なんて頭の片隅で思ったけれど、今二人一緒じゃなくって良かったとも思う(ほんと…醜い、な自分)自己嫌悪に陥りそうになったあたしの頭をポン、と撫でるソレ。それが寿ちゃんの掌だと言う事はすぐに分かった。

「こんなところでどうしたの?」

その声は限りなく優しくて、あたしは更にみじめな思いになる。だって、寿ちゃんを探してたって、言ったらなんで?って聞かれるに決まってる。そしたら必然的にプレゼントの話になっちゃうじゃない。せっかく後日改めてプレゼントを渡すって決めたのに、今これを渡すわけにはいかない、よ。黙っていると、寿ちゃんがあたしを落ち着かせるようにまた優しげな笑みを浮かべて、ホラ、ってあたしに手を差し伸べた。「いくら人がいないからって、こんなところでしゃがんでないで」って言いながら。それもそう、だよなぁ…。寿ちゃんの言う事に頷いて、そっと寿ちゃんの掌に自分の手を乗せた。あたしとは違う…男の人の、手。ごつごつとまめだらけの、手。その手があたしの手を力強くでもそこには優しさもあって、あたしを地面から引き離す。

「あ、りが…」

そこまで言って、あたしは言葉を止めた。いや、勝手に止まってしまった。寿ちゃんの反対側の手には、可愛くラッピングされた、それがあったから。それを視界に入れてしまうと、またさっきの沈んだ気持ちがよみがえってくる。それなに?なんて愚問だ。噂の女の子からのモノだって、すぐに分かって。あたしはなんだか寿ちゃんと目が合わせられなくて、俯いた。「、どうしたの?」不思議そうな声が、振ってくる。はっと気付いて、あたしは顔をあげると、へらって笑って「ううん、なんでもない!」って言った。でもすぐに「うそつき」なんて寿ちゃんの声が間髪いれずに帰ってくる。…自分でも、完璧な笑顔だって思ったのに、やっぱり付き合いが長い寿ちゃんにはわかっちゃうみたいだ。それが、嬉しい半面、ちょっと悲しい。黙りこくっていると、寿ちゃんが「本当どうしたの?」と心配そうな声色で問いかけてくるから、やっぱりあたしはみじめな思いになるんだ。

ぎゅっと、唇を真一文字に結って沈黙を守っていると、先にそれを破ったのは寿ちゃんだ。「…それ」ぽつりとつぶやかれた言葉に顔を黙ってあげる。すると寿ちゃんはあたしの顔を見ずに、ただひたすらあたしの手を見つめていることに気付いた。そこで、何を見ているのかも、わかってしまって、あたしは今更だと思いながらも慌てて両手を後ろに回す。「な、なんでもないの!!」そんなの、なんでもあるって言ってるようなものだと思ったけど、口に出てしまったんだから、しょうがない。どうにかごまかせないだろうかとぐるぐるとパニックを起こしている頭で考えていると、また寿ちゃんがあたしの名前を呼んだ。それから

「ねえ…うぬぼれた事、言っても良い?」

言いながらも、あたしの返答は待っていない。次に聞こえる、セリフ。

「もしかしてそれ、僕への誕生日プレゼント?」





  





2009/11/09