これはあたしが野球の見学に行ってなかったときの出来事だった。いつもの変わらない野球の練習中、一人の男の子がやってきたそうだ。その男の子はどうやら寿ちゃんの幼馴染だと言う事を聞いた。寿ちゃんの幼馴染、と聞いたら思い浮かぶ男の子は一人しかいない。“ごろう”君だ。あたしはごろう君とは会った事がないけども、寿ちゃんと仲良くなってから何度か出てきた男の子の名前。自然と覚えるのは時間の問題だった。ごろう君、とは寿ちゃんに野球の楽しさを教えてくれた人。詳しくは知らないけど、お父さんは有名?な野球選手で…デッドボールが当たって残念ながら亡くなってしまったらしい、けど。
そのお父さんの死によって、ごろう君は遠くへとお引っ越ししてしまって離れ離れになってしまった、とも聞いた(寿ちゃんに)でも別れ際に、絶対野球続けて!って言う寿ちゃんの言葉と、ごろう君の野球センスから、寿ちゃんは絶対どこかで野球をしてるに違いないって思ってたって。そして、この前久しぶりに見たごろう君の野球の上手さは誰もが驚いたって。あの厳しい監督さえ何球か見ただけで横浜リトル入団をOKしたって、聞いた。でもそれに対してごろう君の答えはいまいちだった、らしい。
そして、数日後、寿ちゃんは直接ごろう君は直々に断りに来たってことを寿ちゃん本人から聞いた。その話をした時寿ちゃんはどこかさびしげで(だって、ずっと待ってた、のに)なんだかあたしまでさびしくなってしまった。「しょうがないよね」って寿ちゃんは笑ってたけど、その顔はまるで、泣いてるみたい、だった。
★★★
て、ことで…誰にも頼まれてないくせに、あたしは三船リトルの練習場に来てます。他のリトルチームの個人練習を見ることなんてなかなか無い。なんかスパイみたいだなーなんて自分に苦笑い。じっとグラウンドを見渡して、まず驚いたのは人数の少なさ、だ。1、2、3…え、9人!?確か野球は九人から、だ。てことはぎりぎりの人数で回ってる…!?「仲間達を裏切れない」ってごろう君は寿ちゃんに言ってたけど、こういう事が理由になるのかな。
あと、もう一つ驚いたのは、女の子がいたこと。背番号9番、一体どこを守ってるんだろうって思っていたらライトらしい。
実力的には……多分あたしと似たり寄ったりな感じだと、思う。
じっと見ていたら、一人の男の子がこっちを見た。「入部希望者か!?」って声が聞こえて、きた気がする。なんか凄い誤解を受けるような言葉だ。や、ヤバイ!って思ってたらそこの監督さんらしいおじさんがあたしの方に来て、「どうしたんだい?」とあたしの身長に合わせて背をかがめてくれた。まだ心の準備中だったから、なんて言えば良いかわからなくて…でも上手い言い方なんてあたしには不似合いだって事に気付いた。「ご、ごろーくん、呼んでもらえませんか!」勢いで言ったら、監督さんは「吾郎君の友達かい?」ってちょっと笑って、あたしはどうしようか困って、
「友達…ではないんですけど話したい事があるんです、大事な話なんです!」
嘘はついてない。横浜リトルへの入団って、すっごく“大事な話”なんだから。寿ちゃんとごろう君のバッテリーが見れる見れないの問題なんだ。あたしの高ぶった気持ちは声と一緒で大きなものになった。グラウンドから離れたところに居たにも関わらず、グラウンドの方にも声は丸聞こえだったらしい。「本田ぁ!お前もやるなあ!」なんて声が遠くの方から聞こえる。ヒューヒューとか。…なんかあたし変なこといった?自分の言ったセリフを思い返すけどそんなおかしなことは言ってない、ハズ。黙っていると監督さんが「ちょっと待ってね」と言って“ごろう”君を呼んでくれた。
「…何?」
ごろう君はあたしの前まで来るとちょっと怒った様子。心当たり、ならある。突然練習中に呼び出されちゃ怒るのも無理ない。寿ちゃんの幼馴染って言うからちょっと親近感みたいなのが沸いてたけど、あっちからしてみれば全く知らない女子になるわけだもん、なあ…でも寿ちゃんならこんなことで怒らないのに。不機嫌なごろう君におずおずと「ごめんね」ってとりあえず謝る。い、いやとりあえずって言うか、悪いとはほんとに思ってるんだけど!
そしたらごろう君は「てゆうかアンタ誰?俺、会った事ないよね」ってぶっきらぼうな声にあたしは慌てて自己紹介。
「あ、あたしって言うの!え、えっと…寿ちゃん…佐藤寿也くんの幼馴染、で」
「…とし君の?」
「う、うん。…そ、それで…えっと…横浜リトルにこの前ごろう君が来たって、聞いて…でも断られちゃったって、寿ちゃん言っててね…それで、えっと…、あの…」
しどろもどろになりながら、手ぶり身振りで説明する。
「あの、寿ちゃんすっごく悲しんでるの!しょうがないって言ってたけど、その…寿ちゃんずっとごろう君と野球するの、すっごく楽しみにしててね?ちっちゃいころから、またバッテリー組みたいって言ってたの!だから、その……どうしても、こっちには来てくれない、のかな、って…」
寿ちゃんがずっとごろう君とバッテリーを組みたがってた事、あたしは良く知ってる。あたしに野球を教えてくれた寿ちゃんが、何かあるごとにごろう君のことを楽しそうに話してたこと、今でもしっかり覚えてる。『ぼくの球はゴロー君なんかにはかなわない』って、『でもキャッチャーとしてなら、ぼくはゴロー君の球をちゃんと受け止めてあげられる』って。『あの球を受け止められるのはぼくしかいない』って、嬉しそうに言ってたんだもん。そんなごろう君との再会、すっごく喜んでたのに。
ちら、ってごろう君を見ると、ごろう君は眉を寄せて…あんまり、良い顔じゃない。「としに言われてきたの?」なんて言われてしまって「ち、違うよ!あたしが、勝手にしたことなの!」って慌てて言い返した。ごろう君ははあ…ってため息をつく。それから、グラウンドに目を向けて
「…としくんとのバッテリー組みたくないって言ったらウソになるよ。でも、俺はこのチームで頑張っていきたい。…だからそっちには行かない」
「……」
「ライバルとして、会えんだろ?」
「そ、だけど…」
「とにかく、このチームで俺はぜってートーナメント勝ちあがって横浜リトルとあたるから、だから覚悟しとけって言っとけ」
絶対ライバル宣言。その目はマジだった。“じしんかじょう”とも取れる言葉なのに、なんかほんとになりそうな予感。…わりーけどそっちにはいけねーわ。ってばっさりと言われてしまった。…そりゃ、そうだ。あの幼馴染の寿ちゃんでさえ、駄目だったのに、まったく無関係のあたしが何か言ったところで、ごろう君の気持ちが変わるわけない。のに。でも、それでも…何かせずにはいられなかったんだ。しゅん、としてしまうと、「で?」って声が聞こえて、あたしは顔をあげた。そしたらごろう君がにやりと笑って、いて。
「わざわざそれ言うためにアンタここまで来たの?」
「え、…う、うん…。それに!あたしも寿ちゃんとごろー君のバッテリー見たかったし!」
「へーふーん、ほー」
「ほ、ほんとだよ!寿ちゃん、ごろー君の野球褒めてたもん!だからあたしも見てみたいなって思ってたし」
「へーふーん。てかさっきからずっと寿ちゃん寿ちゃんって………なんだよお前。寿也のコレか?」
そう言ってごろう君は自分の右手の小指をピンと立ててあたしの前に突きつけた。小指だけたったままのそれをじっと見つめる、けど…「え?」その意味が、わからない。「コレってドレ?なんのこと?」きょとんとしてごろう君を見るけどごろう君の顔はさっきと変わらない。…なんか、横浜リトルの六年生を思い出すなー、この顔。寿ちゃんをからかってるときの顔にそっくり。
「としも野球ばっかやってたわけじゃないってわけね、ハイハイ」
「え?そりゃ寿ちゃん勉強も頑張ってるけど、でも一番は野球だよ?」
あたしの質問の答えも聞いてくれず、ごろう君は一人納得したみたいだった。「熱いことで」なんて声が続いたけれど、それが気温の事を現しているとは考えにくかった。「え、ごろー君ちょっと、なんのことっ??」慌てて詰め寄ると、ごろう君はまたため息をついて、
「ほーんと、こっちは真剣に野球の練習してたっつーのに、こんなメロドラ見させられちゃやってらんないっての」
「え、え?だから、どうゆうこと?」
「ん」そう言ってごろうくんがあたしの後ろを指さした。え?って振り返ると、そこには寿ちゃんがいて、「、かえろ?」って。え、なんでここにいるのわかったの!?突然の寿ちゃんの出現に驚いて、言葉も出てこない。だって寿ちゃんには秘密で来たって言うのに。そしたら「監督に聞いたんだ」ってあたしの考えはお見通しみたいに答えてくれた。寿ちゃんはあたしの後ろに視線をやると、「…この前ぶり、吾郎君」ってちょっとだけ、ほほ笑んだ。ごろうくんは「おー」なんて言った後、ボスってあたしの背中を叩いて「野放しにすんなよ」って言いながらあたしの背中を更に押した。その振動で何歩か自動的に歩いて、寿ちゃんの前までやってくる。くるりとごろうくんの方を向くと、グランドに帰ろうとしてるごろう君の姿。「また、試合で会おうぜ」後ろ姿のまま振り向きもせずごろう君はそう言ってひらひらと手を振った。「うん」って寿ちゃんの決して大きくない声が聞こえて来てはっとあたしも何か言わなくっちゃって、考えて
「ま、またねごろーくん!今度、絶対野球見せてね!」
言ったら、ごろう君がちょっと振り返って「今度もなにも、トーナメントでは嫌って程見れるっての」ってニっと笑った。
2009/02/22
てことで、ごろー君と絡みのシーン。