MOI et TOI
『幼馴染』って言う言い訳
「あはは!」
「あはは!じゃないよ!ほんと、寿ちゃんが来たとき幽霊が出たかと思ったんだからねっ?」
あれからすぐしてあたしの涙は止まった(そんな大泣きするようなことでもなかったしで)で、二人で並んで座って、次の人が来るのを待つ間、あたしはさっきの事を話したのだ。そしたら大爆笑。でもほんとに、ほんとに笑い事じゃなくって、泣くくらい怖いことだったのだ(結果的に泣いてしまったわけだし)
それもこれも全部パートナーと、先生のあの怖い話が上手すぎたせいだ!
「足音が聞こえたとき、丁度先生の言ってた怖い話思い出しちゃってたんだから!」
「どのへん?」
「あの…血まみれの男の子が『何でボクを置いてくのーーーーー!?』ってところ!」
あのときの先生の顔は、ほんと迫真の演技だった。先生の背中越しにいた子はブーイングしてたけど、むしろあたしはあっち側に座ってたかったって思ったくらい、ほんと怖かった。力説すると寿ちゃんがまたあははって笑う。…笑いのネタじゃないんだけど…ってブツブツ文句言ったら、ごめんって一回謝ったあと、ぽん、って背中に手がやられて「じゃあ本当僕が来て良かったね?」って笑顔で言われて(この笑顔は、意地悪じゃない感じの笑顔だ)素直に、うん、って頷いた。
「ん、ところで」
「なあに?」
「手、怪我したの?」
「え、…あ」
寿ちゃんが左手を指差すから、そういえば今日のカレーつくりのときに怪我したんだって思い出した。「痛む?」聞いてくる寿ちゃんにちょこっと切っただけだから大丈夫だよって笑って返す。実際ほんとにもう痛くなかったし。血もそんなに出てなかったし。ひらひらと手を振ったら、寿ちゃんが手出してって言うから素直に左手を出すと、その手を寿ちゃんが両手で包み込んで「いたいのいたいのとんでけー」って。
「…………プッやだ、寿ちゃん子どもみたいっ」
「そういうけど、一年前までやってたのはだよ?」
「え、あたしやってた?」
「やってたやってた。僕がリトル入団したころとか」
くすくす笑いながら、これ素直な子なら聞くらしいよって寿ちゃんが言ったので、それって素直って言うか単純ってことなんじゃ…って思ったけど、なんだかおかしくって、怒る気にはならなかった。それに確かに、寿ちゃんの触れた手が、あったかくて、ほんとに怪我がなおっちゃうみたいだったもん。手当てって言うもんね。
それからあたし達はたわいもない話をして笑いあってたけど、でもだからって、不安なことはあるわけで。来てくれた瞬間と泣いちゃったときはほんと寿ちゃん来てくれてよかったとか思ってたけど。時々頭をちらつくのは残された早紀ちゃんのこと。…つくんって胸が痛くなる。ありがとうって言ってくれた早紀ちゃんの顔が脳裏によぎって、胸が苦しい。だって、結果的にあたしがしたわけじゃないけど、寿ちゃんと一緒に回れなくなっちゃった、わけで。譲ったはずのあたしが、なぜか一緒に肝試しの脅かし役やっちゃってるわけで。でもそう思ってるのに、こうして寿ちゃんがあたしのところに来てくれたって事実がすっごく嬉しくって。
だって、なんか寿ちゃんと早紀ちゃんが楽しそうに話してるのかなって思ったときつくんって胸が痛かった。それは今早紀ちゃんのこと悪いなーって思ったときのズキズキに似てるようで、ちょっと違う。ぎゅうって胸が締め付けられるような、そんな苦しい感じ。さっきよりももっともっと痛い感じだったんだ。
「?」
「へっ!?」
「大丈夫?」
「え、…あ、うん!」
突然名前を呼ばれて、びっくりして声が裏返っちゃった。そしたら寿ちゃんの心配そうな顔が目の前にあって、慌てて返事をしたけど、寿ちゃんおかしい、って顔してた。なんか言われるかな…ってビクビクしてたら寿ちゃんがふうって小さく息を吐いて、ぽん、ってまたあたしの頭に手を置いて、わしゃって一回髪の毛を掻いた後、
「もうじき、次の奴ら来るから、集中してね」
って。聞かれるかもしれないと思ってた言葉じゃなくってほっとした。わ、わかった!って言ったら声も落としてね。って注意されたので今度は黙ってコクコクっと頷くだけにした。
★★★
それから二組の子を脅かした後(寿ちゃん脅かすの上手だ)ついに、最後の一組。本当なら寿ちゃんと早紀ちゃん(あと加護嶋君)だった組だけだ。ひっそりと息を潜めていると、「あ、もうじき中間地点じゃん」って男の子の声。加護嶋、君だ。ドキドキして、胸が弾む。寿ちゃんを見たら「しー」って無言で人差し指を唇にやってるので、あたしも真似て口に人差し指をやった。チカっと懐中電灯の光が視界に映る。
「楽勝じゃん。ここらで誰かいるかと思ってたけど、ほら、とっとと名前書いちまおうぜ」
「…うん」
「……まーその、気落とすなって」
言いながら加護嶋くんが早紀ちゃんの背中をバチンと叩いた。やっぱり元気の無い早紀ちゃんに、チクチクと胸が痛くなる。なんかもう、胸が痛いのか胃が痛いのかよくわかんないところらへんがもぞもぞ痛い。「ほら、行くよ」って寿ちゃんが小声で(ほんとあたしにしか聞こえないくらいの声で)言って飛び出そうとするから、あたしはとっさに寿ちゃんの服の袖をぎゅって引っ張ってしまった。なんで、そんなことしたのかわからない。突然引っ張ってしまったせいで、寿ちゃんの動きが止まる。「…、どうしたの?」優しい言葉でちょっと気持ちが落ち着いた。
「まあ、そのなんだ。…寿はすげーいい奴だから、が放っておけなかったんだよ」
「わかってる。優しい人だもん」
のに。それは一瞬の出来事で。聞こえてくる声にビクっと反応してしまった。紛れも無く今隣にいる寿ちゃんの話題。この言い方からして加護嶋君は早紀ちゃんの気持ち知ってるのかもしれないって思った。寿ちゃんを見れば、どこか気まずそう。本当なら名前書いてる瞬間にバって出て脅かす予定、だったのに。完璧に、出る機会を逃してしまったみたい。それもこれもあたしが寿ちゃんの袖引っ張ったせいなんだけど…(じゃま、しなきゃよかったって後悔してももう遅い)
「ほら、しょうがねえってあいつら、幼馴染だし。放って置けなかっただけなんだからいつまでもへこんでんなって!」
加護嶋君の顔は、もちろんあたしの方からは見えなかったけど、きっと声の音からして間違いなく笑ってるんだってわかった。それと同時に、バシンって早紀ちゃんの背中を大きくまた叩く。痛いよ、加護嶋君って早紀ちゃんが出した声は、さっきよりもちょっとだけ元気が出たみたいで、…嬉しいはずなのに、素直に喜べない。
「ほら行くぞ」
そうこうしてるうちに、加護嶋君と早紀ちゃんは祠から前に進んでいってしまった。「行っちゃった、ね」って寿ちゃんの困った声が聞こえたけど、それに反応できるわけもなく、今の加護嶋君の言葉であたしの脳みそはいっぱいだった。
何でだろう、頭の中でさっきの加護嶋君の言葉が繰り返しリピートされるんだ。『幼馴染だし』当たり前のことだ。あたしと寿ちゃんの関係は今加護嶋君が言ったとおりの関係で、それ以上でもそれ以下でもない。家族みたいなとか兄妹のようなとか思うけど、でも実際は違くて、普通に『幼馴染』だ。何にも間違っちゃいない。寿ちゃんほんと優しいから、放っておけなかったんだって事もちゃんと理解してるし、自分でちゃんとわかってるもん。
「?」
加護嶋君は、傷ついた早紀ちゃんを慰めようとフォローしてくれてるんだ。あたしが今出て行っていえないかわりに。すごく、すごく優しくて良い人なんだと思う。
それなのに、なんでなのかな。
ちくん、って胸の方が痛くなった。
そんなはじめての経験をした、小学校五年生の二泊三日の合宿。それでも、あたし達の関係は変わることはないって、信じて疑ってなかったの。だって、寿ちゃんはいつもと優しい笑顔であたしに笑いかけてくれるから。だから、たとえ寿ちゃんがモテてたって、人気者だったとしたって、何一つ変わる事は無いって思った。だって、幼馴染だもの。大丈夫に決まってるよね。そういう気持ちをこめてぎゅ、っと遠慮がちに寿ちゃんの手を握ったら「の手はいつだってあったかいね」って笑って握り返してくれた。
(でも、なんでかな。…いつもみたいに、安心できない)
2009/01/08