MOI et TOI

愛と恋の副作用




「…離して。今、と喋りたくないんだ」

そう言って、寿ちゃんの腕があたしの手からするりと離れてしまった。



こ れ は 、 拒 絶 、 だ 。





寿ちゃんに腕を振り払われた瞬間、今まで忘れていたあの出来事を思い出した。修学旅行中、どうしても思い出せなかったのに、そうして思い出すのを諦めたのに、忘れてたなんてウソみたいに、一気に思い出がよみがえってくる。…どうして今まで忘れてたのか不思議なくらい、だ。



―――昔、ケンカしたときの事。

いつもはあたしと寿ちゃんがケンカするときって言うのは、あたしが一方的に怒って、寿ちゃんが謝ってくれるって形だった。寿ちゃんは同い年のあたしよりもどこかお兄さん的なところがあって(あたしが子どもっぽ過ぎたと言うのもあるけど)、たいていあたしが怒っても寿ちゃんまで怒ることはなかったから、ケンカしてもあたしの怒りが収まれば、すぐに仲直り出来た。それは寿ちゃんが謝ってくれる形だったり(寿ちゃんは悪くないのに)あたしが、冷静になって反省してごめんなさいって謝るパターンだったり様々だけど。

でも、その日だけは、違ったんだ。

あれは、なんで怒ってたんだっけ。ああ、そうだ。確かあれは…あたし達がまだ、7歳か8歳の時のことだ。4月1日エイプリルフールの時。エイプリルフールと言えば、一年のうちで一日だけ嘘をついても許される日。そうお兄ちゃんに聞いてこれは寿ちゃんを騙してみようって思って、その日初めて寿ちゃんに
「もう友達やめた」って言ったんだ。凄く、傷ついた寿ちゃんの顔。でもあたしはちょっとした意地悪心で、すぐに嘘だよって言わなかった。

…自分でも性格が悪いって思うけど、寿ちゃんに
「そんなこと言わないで!」って言われた時、寿ちゃんの中であたしはちゃんと必要とされてるみたいで、すごくうれしかったんだ。あたしには寿ちゃんしかいないように、寿ちゃんもあたしが一番だったら良いって、変な独占欲が働いて。もっとあたしを必要としてほしくって。そのまま嘘だと言わずに別れた。次の日、エイプリルフールが終わったから、ネタばらしをしたとき、…初めて、寿ちゃんが凄く怒ったんだ。

「ふざけるな!!」

ちゃんはぼくのことなんだと思ってるんだよ!!」

って。初めて、怒鳴られて―――その日からしばらく、口をきいてくれなかった。
あたしはそれが凄く悲しくて、辛くて、あたしの世界の全部が壊れたみたいな感じがした。それくらい、あの時のあたしの世界は寿ちゃん中心で回ってたんだ。

だから毎日寿ちゃん家に行ったんだけど、会ってもらえなくって、学校でもムシされて一週間経ったある日ついにあたしは耐えられなくなって寿ちゃんの家の前でご近所さんなんて気にしないで謝り続けてた。

「ごめんなさーい!寿ちゃん許してー!」

ってわんわん泣きながら、泣き疲れてうずくまって、でも帰る気にはなれなくって(だって、今日帰ったら何も変わらないって、子どもながらに思ったんだ)家の前でしゃがみこんでたら、いつの間にか夕方になっちゃってて、外なのにウトウトし始めてたら、かちゃ、って小さな音がして、それから門が開いて
「…こんな時間まで、何してるの」って、寿ちゃんの声が聞こえたんだ。一週間ぶりに聞いた寿ちゃんの声。あたしは慌てて泣きはらした目も気にせずに見上げたら、冷たい、表情。まだ怒ってるんだって事が、すごく辛くて。それだけあたしは寿ちゃんの気持ちを傷つけたんだって思ったら、自分の心臓もすっごく痛くなって、ボロボロ泣きながら、あたしは必死に謝った。

「ご、ごめんなさい、寿ちゃん!あ、あたし寿ちゃんにひどいこと」
「うん。そうだね。ぼく、すごく傷ついたんだよ」
「ご、ごめん、ごめんね!ごめんね!友達やめるなんて嘘だよ!あたし、寿ちゃんのことだいすきだよ!」
「うん、ちゃんの気持ちはわかったから。ちゃんとしんけんにあやまってくれてるってわかったから…だから、もういーよ」


そう言って、ようやく笑ってくれたんだ。許してくれたのが凄くうれしくて、あたしは思わず寿ちゃんに飛びついて、寿ちゃんの肩に顔をうずめてまたわんわん泣いてしまった。

「しょうがないな、は」

寿ちゃんはそう言いながら、そっと頭を撫でてくれてたっけ。



…あのときの
「ふざけるな」よりも、すごく、心が痛い。



このときになって、ようやくわかったんだ。なんで、あの時、話しかけてなかったんだろうって。ううん、その前に、早紀ちゃんにも友達にもどう思われたって良いから、きちんと断れば良かったんだ。だって、こんなにも…苦しい。悲しい。寿ちゃんと、だれかを比べるなんて間違ってるけど…でも、きっと他の子に嫌われるよりも寿ちゃんに見放される方が、すごく辛いんだ。あの時、それを理解したはずだったのに。どんなことがあっても、寿ちゃんを傷つけないようにしなくっちゃって、あの時誓ったのに。

突然の喪失感に、視界がぼやける。
寿ちゃんの姿はもう目の前にはなくって。瞳からこぼれた涙が、口の中に入って、ちょっぴりしょっぱかった。

「あ、たし…バカ、だぁ…っ」



小学6年にもなったくせに、大人げなくわんわん泣いてしまった。
こんなに泣いたって、寿ちゃんが戻ってきてくれることなんて、ありはしないのに。それでもあたしは声が枯れるほど泣き叫んだ。





 





2009/08/26

By Music(Wherever she goes)ONE's /ゆんさま