愛と恋の副作用
「今日も佐藤君お休みね」
「…」
そう言われて、心臓がびくって跳ね上がるのがわかった。そっと見上げると、寿ちゃんの席を見つめるの姿。「何も聞いてないの?」そう言われて、あたしはふるふる頭を振る。だって、あれから全然連絡とれないんだもん。昨日おうちに行った事ももちろん報告した。結局出会えなかった事を言ったら、はふうってあからさまに大きなため息をついて
「副委員長が何日も休まれるとたまったもんじゃないなあ!」
って、怒ってるけど冗談っぽく、言った。「そ、だね」あたしが無理して相槌を打つと、がちらっとあたしをみるのがわかった。それから、デコピン。いった!って思わず声出しておでこを抑えると「それに、も元気ないしね!」って言うから、あたしは「そんなことないよ」って笑った。
「…だから、あんたに作り笑いは似合わないんだって」
でも、結局にはバレバレみたいだ。あたしは苦笑するしか出来なくて。そんなあたしを見てがまた大きなため息をついたけど、そのあと振ってきた掌があったかくて、ああ、なんて優しいんだろうって、泣きそうになってしまった。もちろん、泣かなかったけど。
算数の時間、考えてた事を思い出した。ずっと、ずっと。どこに寿ちゃんはいるんだろう、って。そしたら、監督のセリフを思い出す。しばらく、来れないって連絡があったこと。しばらくっていつなんだろう。2日?3日?1週間?…しばらくを意味するところがわからない。一体寿ちゃんは何日休む予定なの?…そう思ったらやっぱりあたしは待ってるなんて出来なくて。今日も先生からプリントを(自主的に)受け取ると、いつもの電車に乗って今度は寿ちゃんの家じゃなくって、リトルの練習場まで来てた。監督のところなら、もっと詳しい事聞いてるかもしれないって、思ったんだ。この前は知らなくっても、だって、寿ちゃんは野球が好きだから。きっと、連絡一番にするに決まってるもん。ただの、幼馴染としての勘だったけど。
通いなれた坂道から、練習場を見渡す。一気に下り坂を駆け降りると、あたしは寿ちゃんの姿をくまなく探した。けど、今日に限って、寿ちゃんの姿もなければ監督の姿もない。…いつもなら、ベンチの前に仁王立ちになって選手の一人一人の行動みてるハズ、なのに。でも監督が休みなわけはない。だって、監督いなかったら、練習自体出来ないはずだもん。だったらやっぱり監督はどこかにいるはずで。あたしはキョロキョロあたりを見渡す。そうすれば、「どうしたんスか」って、大河君の声。振り返ると、呆れた顔の大河君の顔とご対面して、あたしはいつもならお疲れ!とか言うのに、そんなこと言うのすっかり忘れて「寿ちゃんは!?」って聞いた。そしたら大河君があからさまにめんどーくさそうな顔して
「全く、さんは寿先輩のことばっかりですね」
「ちゃ、ちゃかさないでよ」
今、かなり真剣なんだ。そうすれば、大河君にも伝わったみたい。もう一回めんどくさそうにあたしをみた後、大きなため息をついて「さっき監督とあっち行きましたけど」って教えてくれた。あっち、と言われてそこをみれば、あたしのいるほうの真反対のちょっと日陰になってる隅の方に、二つの影を発見する事が出来た。…でも、様子が変だ。だって寿ちゃん私服だったから。普通ココのグラウンドにいるときは、ユニフォームに着替えているはずなのに。キャッチャーなんだから、着替えないことなんてまず、ないはず。でもどう目を凝らしても、寿ちゃんは私服だったんだ。
「まあ、とにかく今話し途中みたいなんで、邪魔しない方が良いんじゃないッスか?」
寿ちゃんの方をみていると、また急に話しかけられて、あたしは大河君を見つめた。その顔はどこか面白くなさそう。でも大河君の言ってる事は正しいことで。あたしは、う、ん。ってちっちゃな声で頷いて、寿ちゃん達の話が終わりそうなのを待った。
★★★
どうやらお話が終わったみたいだ。監督がこっちに帰ってくるのがわかる。でも帰ってくるのは監督だけだ。寿ちゃんは監督と反対の方向に向かって、歩き始める。あっち側のフェンスから帰るのかもしれない。…このままじゃ、また、すれ違っちゃう。もうまた何日も会えなくなるのイヤだよ。そう思ったらあたしは駆けだしていた。坂道を駆け上がって、なんとか寿ちゃんに追いつこうと大回り。でも、今回は寿ちゃんの足取りが遅かったせいか、あたしが頑張って走ったためか、なんとか寿ちゃんの後ろ姿をしっかり確認出来るところまでやってきて、
「寿ちゃん!!!」
あたしは、めいっぱい叫んだ。そしたら、寿ちゃんの肩がびくりと動いて。「…」ってあたしの名前を呼ぶ寿ちゃん。でもちょっと元気がない。だけどあたしは久しぶりに聞いた寿ちゃんの声になんだか舞い上がってしまって、その寿ちゃんの異変に気付く事が出来なかった。走ったせいで乱れた呼吸をそのままに、あたしはもっと寿ちゃんに近づいて、ペコンって頭を勢いよく下げた。
「あ、あの!ごめんね…修学旅行の時は…。でも、もう大丈夫だから!だから、また前みたいに戻ろ?」
きっとこういえばすぐ仲直りって、いつもの優しい笑顔をくれるんだ。ドクドクといまだに鳴りやまない心臓をそのままににこって寿ちゃんに向けて笑顔になる。「うん」その声が聞こえるはず。「やっと機嫌治ったんだね」って「しょうがないな」って、呆れながらも笑ってくれるに違いないんだ。…それなのに、あ、れ?どれくらい経ってもあたしの予想する声が全く聞こえてこなくって、代わりに聞こえてきたのは
「今更?」
寿ちゃんは笑ってるハズなのに、いつもの笑顔じゃなくって…なんか、ちょっと怖い感じの…何かを諦めたような、…表情で。
「は本当ムシが良い事ばっかり言うね」
言われたセリフはいつもの優しい寿ちゃんとはあまりにもかけ離れた声と言葉で。胸が、痛くなる。
「とし、ちゃん」
「何が前みたいに、だよ」
「…そ、んな…あの、寿ちゃん」
確かにあたしも自分勝手だなって思う。だけど、寿ちゃんと離れるなんて出来なかった。離れたくないって、強く思ってる。その想いが強くて、あたしはそのまま背を向けてスタスタ先を行こうとする寿ちゃんの腕をぎゅっとつかんだ。「ご、ごめんね!謝るから!だから、怒らないで!」ううん、すがりついた、って言っても良いと思う。そうすれば、寿ちゃんは振り向いて―――その顔に、息がつまる。
「…離して。今、と喋りたくないんだ」
そう言って、寿ちゃんの腕があたしの手からするりと離れてしまった。
こ れ は 、 拒 絶 、 だ 。
2009/08/26